レッド・メモリアル Episode11 第5章



 その頃、兵器開発部門の地下にて、『キル・ボマー』はこれから自分達が起こそうとしている
出来事に、思わず震えを隠すことができないでいた。
 手が震え、冷や汗をかいている。明らかに動揺している自分を感じている。
「予定より少し遅れているが、起爆する事はできそうだ」
 『キル・ボマー』は、ジョンソンのその言葉を聞いていたが、
「ああ」
 と、適当にあしらう事しかできなかった。
 『キル・ボマー』は、動揺する自分に心配さえ感じていた。もしや、このままでは自分は鉄槌を
振り下ろす事が出来ないのではないかとさえ思った。
 こんな事は、今までに無かった。今までに自分が起こしてきた、さまざまな破壊活動において
も、動揺さえ起こす事はなかった。
 自分が起こす破壊活動、仕掛けた爆弾により、大勢の命を奪う事に対して、何もためらいさ
え抱かなかった。しかしながら、今は違う。
 胸を締め付けられるかのような感覚に襲われる。これは今までに感じた事がないようなもの
だった。
 自分の背後では、素早い手つきで、ジョンソンが起爆装置の作動を続けている。彼はこの動
揺を何も感じていないのだろうか。
 鉄槌を振り下ろすのは『キル・ボマー』だったが、その鉄槌を動かすのは、ジョンソンだ。
「ジョンソン。順調か?」
 『キル・ボマー』はそのようにジョンソンに尋ねる。幸いな事に、声の方は震えていない。
「ああ、順調だ。あと、2、3分で終わる」
 ジョンソンはそのように答えてきた。
 2、3分。それは非常に曖昧な言葉かもしれないが、今の『キル・ボマー』達にとっては非常に
重要な意味を持っていた。
 2、3分で全てが決まる。それは今までの『キル・ボマー』が起こしていた爆発の中でも事実
上、最大の規模を持っているものであり、世界的にも最も大きな影響力を持つものだった。
 その時、『キル・ボマー』の携帯電話が鳴った。
 何しろ、緊張の真っただ中にいる中で、突然鳴り出した携帯電話の音なのだ。『キル・ボマ
ー』はその突然の音に、とにかく驚かされた。
 それに、携帯電話による連絡はもう誰とも取らない予定でいたのだ。
 『キル・ボマー』は携帯電話を懐から手に取った。呼び出してきたのは、“SUR”つまり“あの
方”だ。
 “あの方”とは、もう連絡を取らない予定でいたはず。しかし、そこに連絡を入れてきた。
 もしや、何かあったのではないだろうか。その非常事態の連絡ではないのか。
 “あの方”からの連絡だ。出ざるを得ない。
「はい」
 『キル・ボマー』は電話に出た。
(『キル・ボマー』よ。どうした?予定よりも時刻が遅れているぞ)
 電話先に出てきたのは、“あの方”だった。前よりも声が大分しわがれている。
 しかしそうであっても、“あの方”の持つ声の独特の存在感は失われていない。
「はい。実は予定より若干遅れていますが、全て順調に事が運んでおります」
 『キル・ボマー』は電話先に向かってそのように言った。これから起こそうとしている出来事、
そして、“あの方”の威圧感に対する畏怖によって声が震え出した。
(よもや、恐れを抱いているのではあるまいな?)
 案の定、“あの方”はそう言って来た。
 それは事実だった。唐突にやって来た“あの方”の電話を前にして、声が震えてしまっている
のだ。
「いえ、そのような事は全くありません」
 軍の将校を前にしても、全く動じる事も無く、逆に相手を見下してさえいた『キル・ボマー』だと
言うのに、“あの方”を前にするとどうしても駄目だった。
 緊張感に襲われ、まるで神でも前にしているかのような感覚に襲われてしまう。
(隠す事は無いぞ、『キル・ボマー』。お前は恐れを抱いている。これからお前が起こそうとして
いる出来ごとに対して、恐怖を感じている)
 『キル・ボマー』の心の中を見透かしているかのような、“あの方”の声。
「恐怖を感じていないといったら、それは嘘になるでしょう。ですが、あと2分もありません。私
は、必ずやって見せます」
(ああ、分かっている。お前は、必ずやって見せるだろう。この私の行為に答えてくれるであろ
う)
 その“あの方”の言葉に、『キル・ボマー』は少し励まされた。緊張も、それがそのまま自信に
変わっていくかのようだ。
 “あの方”の言葉の一つ一つは、『キル・ボマー』にとって、大きな力となる。他の誰にもする事
はできない。あの方だからこそ、力になるのだ。
 『キル・ボマー』は電話を握る手が、心なしか和らいでいくのを感じた。不思議な恍惚だ。
「必ずや、ご期待に添えて見せます」
 彼はそのように言った。その声も、どことなくリラックスしていた。
 そんな『キル・ボマー』の声に安心したのか、電話先の男は言って来た。
(任せたぞ。お前の行いは、必ずや力となり、この私の計画を完成させる)
 男は、それだけ言うと電話を切った。
 『キル・ボマー』はそれを噛みしめる。必ず力になる。その言葉が彼を奮い立たせた。だが、
緊張はしていない。リラックスしていた。
 そんな彼に、背後からジョンソンが言って来た。
「完成した。あとは地上に運んで起爆するだけだ」
 その言葉は、『キル・ボマー』達が、もう後戻りできない事を意味していた。だが彼は落ち着い
ている。それは不思議なくらいなものだった。
「ああ、やる」
 彼はそれだけ言った。
 “鉄槌”は、荷台の上に乗せられていた。爆弾としては『キル・ボマー』が今まで扱っていたも
のの中で最大級。威力も桁外れだ。
 彼はその“鉄槌”の姿を心の中に刻み込む。そして、自分に再び言い聞かせた。
 自分は歴史の一部となるのだ。



 リー、セリア、そしてフェイリンがヘリで飛び去ってしまった後、デールズは負傷したゴードン将
軍、そして拘束しているファラデー将軍を引き連れ、兵器開発部門の建物に足を踏み入れた。
「マティソン。『キル・ボマー』の奴はどこにいるのだ?」
 ゴードン将軍が言った。応急処置はしていたが、出血が酷い。顔面蒼白だった。
「さあな、もう遅い」
 先ほどから、ファラデー将軍はその言葉を連呼するだけだった。
 デールズはそんな彼の体を、建物の壁面に押し付け言い放つ。更にテイザー銃の電極を彼
の首に押し当てた。
「手荒な行為だってできるんですよ!あなたは国家反逆者だ!」
「止めろ、マクルエム。そいつは吐かん」
 ゴードンはデールズを制止した。
「ふふ。全く愉快ですよ。私も犠牲になるとは、予想外でしたがね」
 マティソンは微笑さえしていた。何が可笑しいのか、その顔には笑いさえ浮かんでいる。
 ゴードンはこのマティソンが軍の将校らしく、頭も固い厳格な人間だと思っていた。だがそれ
は仮面に過ぎず、その本性を暴いてみれば、自分のしようとしているテロ攻撃に笑いさえ浮か
べている。
 不気味な奴だ。こんな人間が、軍の将校をしていたなんて。
「ファラデー将軍。あなたは、この基地に攻撃を仕掛けた。そして、決定的な何かをしようとして
いる。あなた自身も犠牲になると言うのなら、最期に何か一つ、良い事をしたらどうだ?」
 ゴードンは肩の傷に顔をしかめながらそう言った。
 すると、マティソンは言って来た。
「今、何時です?」
「は?」
 思わずデールズはそう言葉を発してしまった。
「今、何時何分です?」
「攻撃の時刻の事か!?いつだ?」
 ゴードンが語気を強めた。
「午前10時30分」
 ファラデーはただ時刻をそう伝えた。
「もう、10時32分ですよ、よもや、すでに攻撃が完了したのでは?」
 と、デールズ。
「まさか?こうして我々がぴんぴんしているんだ。どうやら多少の遅れがあるらしい。まあ、2、3
分くらいは仕方が無いか…」
 ファラデー将軍はそう言って来た。その言葉づかいには余裕さえ感じられる。
「あなたは、自分さえも犠牲になると言っていた。どんな攻撃だ?大規模な攻撃なのだろう?」
 ゴードンがそう言いながら詰め寄った。
「我々は、それを“鉄槌”と呼んでいます」
 ファラデーはいとも簡単に言ってのけた。まるでもはや全てが手遅れであるかのように。
「“鉄槌”?隠語だな?大分、以前に使われていた。核攻撃をする行為の事か?この基地の核
兵器の所在地は」
 ゴードンが恐ろしい攻撃に対しても、冷静に言ったが、
「兵器格納庫ですが、通常核兵器はこの基地には無いはずですよ!」
 とデールズ。それは確かな事だった。『タレス公国』は軍の基地は、あくまで司令部としてお
り、大型兵器は空母や戦闘機に搭載する形になっている。核兵器などは空母と一部の戦闘機
にしか搭載していなかった。
「何をしでかす気だ?」
 ゴードンが言い放つ。
「核兵器で攻撃をする場合、別の地点からミサイル攻撃をすれば、途中で撃墜される可能性
がある。更に核兵器を奪うという別の計画も練らなければなりませんしな。だったら、すでにあ
るものを、ある場所で爆発させればいい。簡単な事です」
 マティソンは演説でもするかのようにそう言ってのけた。
「中性子爆弾か?『エンサイクロペディア』にあった。あれを使うために、チップを集めさせたの
か?」
 ゴードンは更に詰め寄った。
「まあ、種明かしをすればその通り。だが、もう遅い。『キル・ボマー』の奴は誰にも止められん
し、攻撃は今にも行われるのだ」
「デールズ。兵器格納庫に向かうぞ。もう一刻の猶予も無い!」
 ゴードンは肩からやってくる痛みに顔をしかめつつも、そのように言った。



 『キル・ボマー』、そして“鉄槌”を起動させるために必要な人材であったジョンソン。さらに“鉄
槌”それ自体が、大型エレベーターに載せられ、地上へと向かっていた。
 斜め45度ほどの角度で地上へと伸びている大型エレベーターは、重々しい音を立ててい
た。
 起爆するのは地上。地下では対核兵器シェルターのためにつくられた構造の為、地上に大し
た被害を出す事が出来ない。地上に出せば、攻撃を行う事ができる。
 “あの方”は言っていた。核攻撃は、地上で行うよりも、空で爆発させる方が効果的であると。
その方がより広範囲に甚大な被害を出せるからだ。時間と余裕さえあれば、『キル・ボマー』達
もその方法で“鉄槌”を振り下ろしていただろう。
 だが、今回は駄目だ。より甚大な被害を出す事よりもむしろ、“鉄槌”を振り下ろしたのだと言
う結果の方が必要だ。
 『キル・ボマー』の背後で、ジョンソンが最後のセッティングに取りかかっていた。
「本来、中性子爆弾と言うものは、建物など、物理的被害を最小限に抑え、人体だけを攻撃で
きるものだ。より精錬されたものならばな。この“鉄槌”は古いものだから、そう上手い具合に
はいかない。半径3kmぐらいは木っ端微塵になる」
 ジョンソンは、そう言いながら、起爆装置を“鉄槌”上部のソケットに入れた。その起爆装置に
は、幾つかのランプが取りつけられ、更に、いくつかのスイッチがあった。だが、その中でもひ
ときわ大きくあるスイッチ。それが、“鉄槌”を起爆させるためのメインスイッチになる。
「合図をしろ。いつでもやれる」
 ジョンソンはそう言い、スイッチに手をかけた。
 それを見て、『キル・ボマー』は彼に詰め寄った。
「おい、それをするのはオレの仕事だ。これだけは譲れん」
 と言った。その言葉には怒りさえ含んでいた。“あの方”から頂いた仕事を譲るものか。
 “鉄槌”を振り下ろすのは、この自分自身なのだ。誰にも譲らない。
 時限装置も無く、自分達が脱出する間もない。スイッチを入れれば、“鉄槌”が振り下ろされ
る。それが何を意味しているのかは、この作戦に着く前から『キル・ボマー』達は知っていた。
 だから、軍の基地に乗り込むなどと言う大胆な作戦ができたのだ。
 これは史上最大最悪の自爆テロになるだろう。だが、『キル・ボマー』は自分がその悪名高い
存在になる事が何よりも嬉しかった。恐れなど何もない。自分は歴史に名を残せるのだ。
 地上が見えてきた。地上に着いた直後、“鉄槌”は振り下ろされる。
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