レッド・メモリアル Episode20 第3章



 組織が、『タレス公国』ら『WNUA』と同盟を組む事で、協定にも似たものが結ばれたのは二
週間ほど前になる。
 そもそも組織という存在自体、外部に知られないものであったが、セリア・ルーウェンスらと接
触した組織は、『WNUA』軍にその存在を知られるようになってしまった。それが一か月前の
話だ。
 組織に属する人間は皆口が堅い。彼らは自分達が水面下で行動している、多国籍諜報団体
であるという事を外部の人間に、特に『WNUA』に明かすことは無かった。しかしながら、ベロ
ボグ・チェルノの存在を追っていると言う事では、理念が一致していた。
 組織はその正体を長年、それこそ100年以上もどの国の政府にも、捜査機関にも、企業に
さえも知られる事は無く活動を続けてきた。活動を続けられる理由は、各国の政府の中、例え
ば、議員などに内通しており、そこから資金提供をされてきたためである。
 目的は諜報活動、そして、世界のバランスを保つ事を大きな目的としていた。それは静戦と
いう形で硬直状態にあったはずである。
 組織は、様々に背後から根回しをすることによって、その静戦でのバランスを保とうとしてい
た。どちらかが攻撃を仕掛けることが無ければ、世界のバランスは保たれる。世界が二分して
いれば、細分化されてしまっている世界よりも、ずっと操作がしやすい。
 そして組織の予想では、『ジュール連邦』が広めている社会主義体制は、いずれ自然消滅す
るものと見られていた。『ジュール連邦』の内面を見てもそれは明らかであり、いずれ経済崩壊
を起こし、西側諸国のような資本主義体制へと移る事は、そう遠くない未来にやってくると思わ
れていた。
 しかし、その予想を覆す事態が起こる。それが、ベロボグ・チェルノの存在だった。
 彼は突如としてこの世界に登場し、巨大な鉄槌を振り下ろし、静戦を本物の戦争にしてしまっ
た。彼の行いは、組織としても予想がし切れない事であったのだ。
 ただのテロ攻撃ならば、戦争に発展する前にそれを食い止める力が組織にはある。だが、
今回の攻撃は決定的過ぎた。
 そして何より、ベロボグ・チェルノ自身が、元組織のメンバーでもあったのだ。
 彼が組織を離れ、独自の財団である、チェルノ財団を立てた後も、組織は彼の事をマークし
続けてきたが、その影響力は世界規模のものとなっており、もはや、組織の理解を超えるほど
のものとなっていた。
 だが、ベロボグ・チェルノが、元組織のメンバーであると言う事が幸いした。『タレス公国』のカ
リスト大統領は、組織のその時のベロボグ・チェルノの情報の引き出しと共に恩赦を出した。
 組織の今までの行いも認められ、メンバーが検挙される事は無かったし、今後、ベロボグ・チ
ェルノの逮捕、彼の組織の解体までは全面協力をするという条件で合意した。
 しかしながらそれは、影で暗躍してきた組織の存在が明るみに出るという事である。まして、
一国の大統領に存在を知られ、『WNUA』と協力をするともなれば、この組織の隠蔽を続ける
ことはできない。
 恩赦を受けるという事は、同時に組織の解体をも意味していた。
 リー・トルーマンと、タカフミ・ワタナベの二人が、堂々と『WNUA』の占領施設にやって来られ
るのもそうした理由からである。
 『タレス公国軍』の対外諜報本部で、潜入任務にあたっていたリーも、軍に様々な事を隠匿し
てきた罪に関しては不問となった。だが、これからは包み隠さず、全てを『WNUA』に報告して
いかなければならない。
 このアリエル・アルンツェンとの面会もその一つだった。
 約一月ぶりに会ったアリエルの顔は、リーが思っていたよりも普通のものだった。血のつなが
った母親の死を目の当たりにし、父の様々な陰謀を目の当たりにしてきたばかり、そして自分
が住み慣れた街は、世界の反対側の国によって占領されている。そのような状況下にある、1
8歳の少女の気持ちはどんなものなのだろうか。普通だったら耐えることができないだろう。
 だが、アリエルは思ったよりもはっきりと、物事に受け答えをする事ができていた。
 もちろん、そんな彼女が簡単に組織側に協力してくれるはずもなかったが。
「父の事は私は何も知りません。ただ、出会って、彼に色々と言われて、それだけです」
 面会室で出会ったアリエルから帰ってくる言葉は、そのようなものだった。しかしながら、組織
としても、『WNUA』としても、アリエルはベロボグ・チェルノと繋がる唯一の手がかりでもあるの
だ。
「だが、君の父はまた何かの攻撃を我々に仕掛けてくる可能性がある。《プロタゴラス空軍基
地》では、民間への被害は幸いにも無かったが、軍施設を攻撃してきて、2000人以上が犠牲
になった。それを君の父は、世界の反対側にいながらにしてやってのけたんだ」
 リーはアリエルにはなるべく刺激を与えないように努めていた。だから、惨劇の写真などは一
切持って来ていない。
 そして、アリエルがベロボグから何も知らされていないというのは、当然の事であることも分
かっていた。彼はたとえ自分の娘であっても、話していない事が多くあるはずだ。何しろ、自分
の娘さえも、手駒として扱うような人間だ。
「あなた達。そんな何度も質問してきているような事を、またしに来たわけではないでしょう?要
件をきちんと言いなさい」
 手ごわいのは、アリエルの養母であるミッシェルの存在だった。彼女は何としてもアリエル
を、これ以上危険な道へと踏み込まさんとしている。
 彼女は元『ユリウス帝国軍』の将校だったような人間だ。そう簡単には協力させる事はできな
いだろう。いくら、遠回しに話そうとしても、読み切られてしまうのだ。
「ええ、その通りです」
 そう言って、リーは相手の歩調に合わせるようにした。
「駄目ね。どんな状況にしろ、私の娘をこれ以上危険な事に巻き込まないで頂戴。そもそもわ
たし達はもう、俗世の事とは関わらないようにしているの」
 ミッシェルはそのように言って来るが、
「私は、あなたに話をしているのではありません。彼女に話をしている。これは、あなた達にも
関わってくる問題です」
 と言うリー。もしベロボグの残党が彼女らを襲撃してくれば、恐らく再び、彼女らにとって関わ
りたくない事に巻き込まれてしまうだろう。そんな事は、アリエルもミッシェルもしたくないはず
だ。
「だから、あなた達は、さっさと、あのベロボグ・チェルノが生きているのかどうなのかを突き止
めて、残党がいるならば、そいつらも全て排除してしまえばいいでしょう?」
 ミッシェルの言葉が攻撃的なものとなった。彼女達が関わりたくないという事は分かるが、リ
ー達もそう簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
「あなたも、軍にいた人間ならば分かるはずだ。そう簡単に物事がいかないという事を」
 そう言ったのはタカフミだった。アリエル達を協力させなければ、自分達の組織の解体の意
味がなくなる。彼にも確固とした目的がある。
 ミッシェルは少し自分を落ち着かせるかのようにその場をうろうろとした。
「お母さん…」
 アリエルが心配したかのように、ミッシェルに言うが、
「わたしは、頭に施術を施されて、ベロボグに脳の一部を奪われたわ。そして、アリエルはベロ
ボグに洗脳されて、テロリストに引き入れられてしまうところだった。どれだけそれが恐ろしい事
だったか分かる?」
 それはリーにも分かる。だから彼はアリエルを救おうとした。ベロボグは正義論を唱えている
が、結局のところ、彼はテロリストに変わりは無い。
「ベロボグは、結局のところ、生きているの?あなた達ならば分かるでしょう?もし少しでも生き
ている可能性があるならば、どこにいようと安心する事はできないわ」
 ミッシェルの言葉にリーはどう答えようかと考える。だが、結局のところ、彼女相手には正直
に答えるしか方法がないだろう。
「我々は生きていると踏んでいます。そして、今でも奴は何かの策をこらしている。彼はただ、
『レッド・メモリアル』というデバイスを手に入れたいだけだったのか?それだけのために戦争
を?いいえ違うでしょう。もっと大きな目的があるはずです」

 その頃、ベロボグの娘であるシャーリ・ジェーホフは、父が建設したある施設にいた。
 その施設では今だ残っている、父を慕う者達が集結し、計画を最終段階へと導いていこうとし
ていた。
 《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の攻撃は凄まじいものだったが、何とか生き延びる事がで
きた。あの都市を拠点とした活動は、止む無く中止をせざるを得なかったが、まだ父の目的は
残っているのだ。
 その目的こそ、父が目指した、より崇高な世界へと導いてくれるものに違いない。シャーリは
そう信じて疑わなかった。
 鉄骨やパイプがむき出しの通路を歩き、シャーリは施設の奥深くへと入っていく。ところどころ
で、蒸気やスチームが上がっており、空気がとても暑い。ここは極寒の地にあるというのに、ま
るでストーブの中にいるかのようだった。
 計画の最終段階はこの地で動いている。シャーリは通路を進んでいき、施設の中核となる部
分へとやって来ていた。
 重々しい音を立てて扉が開いていく。そこにシャーリは足を踏み入れた。
 鉄骨や打ちっぱなしの壁はとても無機質だったが、そこはコントロールルームとなって整備が
されていた。
 数多くのコンピュータ光学画面があり、そこの前には父の部下達がおり、この施設全体の制
御を行っている。
 そしてその部屋の中央に父はいた。シャーリは、ゆっくりと一歩一歩を進めて、父の傍へと近
づいていく。そこには妹であるレーシーもいた。
「お父様、ご容態はいかがですか?」
 シャーリがそう尋ねると、父、ベロボグ・チェルノはこちらを振り向いてきた。その顔は半分が
崩れかかっており、その崩れかかっている部分からは、金属がむき出しとなっていた。あたか
も、サイボーグか何かになってしまったかのようだが、そうではない。
 父は、過度に他者の『能力』を吸収しすぎたために、肉体の崩壊が始まってしまっていたの
だ。あの《イースト・ボルベルブイリ・シティ》でのビルへの爆撃から、身を呈して自分達をかばっ
てくれたのは父だった。その時に彼は重傷を負ってしまい、ミッシェル・ロックハートから吸収し
た治癒能力を使ってそれを治療しようとした。
 だがその傷は治療できたものの、同時に、父の体は崩れ出していた。あたかも物が融解す
るかのように壊れていってしまったのである。
 シャーリは父の事を心配していた。そして、できる事ならばそれをかっわってやりたいとも思
う。今、重要な存在なのは、自分ではなく父なのだ。
「私の事を心配してくれているのかね?シャーリ?」
 そのように片手を上げつつ、父はシャーリに言ってきた。彼の片手も、すでに崩れかかってし
まってきている。
「ええ、心配ですわ。とても心配。お父様が目的を果たせず、このままどうなってしまわれるの
か。私はとても心配なのです。
 だが父はその醜くなってしまっている顔を微笑させて言ってきた。
「案ずるな、シャーリよ。この計画において必要になってくるものは私ではない。私もやはり、駒
の一つに過ぎないという事だ。この鉱脈を掘り当てることを見届けられるか、それさえもまだ分
からない。だが、わたしはお前たちが…」
 ベロボグはそこまで言いかけるのだが、
「止めてくださいお父様!それから先に、あなたが何を言いたいのかという事くらい、シャーリに
はすでに分かっています!」
 そのように言って、彼女はベロボグの言葉を制止するのだった。
「ねえ?シャーリ?一体どうしたのよ?お父様なら大丈夫だよ。何て言ったって、あたし達のお
父様は無敵なんだから。ねえ」
 そのように言葉を発したのはレーシーだった。こんな子供だから何も分かっていないだろう。
お父様の体はどんどん崩れていってしまっているのだという事を。
「ふふ。ほれ、レーシーはこのように言っておるぞ。お前の心配には及ばんという事だよ、シャ
ーリ」
「ですが…」
 とにかくシャーリにとっては、お父様の事が、心配で心配でしょうがないのだ。お父様を失い
かけた事は何度もある。だが、その度にシャーリは自分の命さえも削り取られそうな思いをさ
せられる。
「案ずるなシャーリよ。大義のためには犠牲さえもやむを得ないという事を、お前には何度も教
えてきたはずだ。そして新しい王国のためには、私のように老いぼれた存在よりも、お前のよう
に若々しい存在の方が不可欠なのだ」
 父は、アリエルとは言わず、自分の名を呼んでくれている。それだけでもシャーリは少しほっ
とできる。一か月前の、ほんの短い期間。父は自分の事ではなく、アリエルの事ばかり気にか
けているかのような時期があった。
 だが今は違う。お父様は自分の事だけを見ていてくれるのだ。
「してシャーリよ。鉱脈さがしの方は順調か?」
 それが今のすべての目的だ。そのためだけにこの組織は動いている。全勢力がこの地に集
結をしているのだ。
「順調ですわ、お父様。この地こそが、かの地であるのは明白です。お父様は、未だかつて誰
も見つけることの無かった、鉱脈を発見なさったのです。そのためには、あと『レッド・メモリア
ル』が必要になります」
 シャーリはそのように言った。これでも父を励まそうと最大限の努力をしている。
 すると父は頷く。
「そうか。それでは、この地が、新しい国の始まりの地になるのも、そう遠い事ではないようだな
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