レッド・メモリアル Episode20 第5章



《ボルベルブイリ》市街地北部
4:15P.M.

 アリエルとミッシェルは車に乗せられ、《ボルベルブイリ》の街を進んでいた。ここはアリエル
にとっては住み慣れた街。だが、今では『WNUA』の占領軍による戦後統治が進んでいると言
う。
 見たところは今までの街と大きく姿形が変わる様子は無い。ただ、人気は非常に少なかっ
た。通りを行きかう人々の姿は全くない。商店などもほとんどが閉まっているらしく、元々経済
衰退が著しかった《ボルベルブイリ》の街が、余計にひっそりとしてしまっているようである。
「占領統治の方は順調に進んでいる。特にこの首都は、連邦側の反対勢力が少なかった事
と、国会議事堂が占拠された事もあって、簡単に制圧する事ができて、今は落ち着いている。
外出禁止令こそ出ているが、もうすでに新政府が樹立されていて、人々が住みよくなる時も遠
くは無いだろう」
 車を運転しているのはリー・トルーマンだった。彼は《ボルベルブイリ》の街を見つめているア
リエル達に解説してくる。
「さぞかし、『WNUA』では祝杯を挙げている事でしょうね。長年の敵対勢力をこうして支配下に
置くことができたんだから」
 そのように皮肉交じりに言ってきたのは、アリエルの隣の席に座っているミッシェルだった。
「そうでもないさ。何しろ、『ジュール連邦』は規模もデカい国だし、その影響下にある国は世界
の3分の1にもなる。その全てを支配下に置くっていうには、しばらく時間がかかっちまうだろう
よ、一世紀以上かかっても不思議じゃあない」
 タカフミがそのように言う。だが彼の言葉はどこか、他人事である事を言うかのようだった。
「あなた達は、本当にどちら側の勢力でも無いっていうの?『ジュール連邦』でも、『WNUA』で
も、そのどちら側でもないって、本当に言い切ることができるの?」
 そう尋ねてきたのはミッシェルだった。
「我々はあくまでも中立を通してきた。そしてその存在は誰にも知られないようにしてきたわけ
ですが、今回の出来事によって、『WNUA』側に協力せざるを得なくなったと言う事です。そうす
る事で、より世界の安定を目指していく事ができる。今、この世界の危険因子となっているのは
他でもない。ベロボグ・チェルノ」
 リーは運転しながら静かにそのように言う。彼の視線はじっと先に向けられて、先ほどから何
度も『WNUA軍』が敷いている市内検問を通過しているが、その際にパスを見せている程度の
ものである。
「そうだったわね。でも聞きたいのは、そんな事じゃあないわよ」
 ミッシェルが突き放すような言い方で言って来る。
「一体、何だ?」
 そのように尋ねたのはタカフミだったが、
「あなたの目的よ。組織とかいうものじゃあなく、あなた個人の目的は一体何だって言うの?そ
れを聞きたいところだわ」
 ミッシェルの問いにリーは口を噤んだ。答えが無いわけではない。だが、こんな状況に個人
的な感情を挟むべきだろうか。そんな事は決してしてはならない事だった。
 リーが作り出した沈黙の中、車は従来よりも長い時間をかけて、ようやくある建物へと到着す
るのだった。
 リーがアリエル達を連れてきた建物は、『WNUA軍』の占領統治下においては、情報部とし
て使われている所だった。元々は『ジュール連邦』の通信施設があったところとなっており、そ
こがそのまま『WNUA軍』によって使われていると言う事だった。
 よもや、連邦時代の機密の何もかもが暴かれ、それが世間へと公表されることになったが、
西側の国は大して恐れるものでもなかった。全て予期していた事。核兵器の開発や、先端技
術、これは西側が恐れている程でもなかった。細菌兵器や化学兵器は劣悪な環境下での開発
段階でしかなかったし、どうやら、ヤーノフ総書記時代に全面的に開発が中止されていたよう
だった。
 ヤーノフが国を開こうとしていたのは確かだった。彼は自分達の連邦をなるべく西側へと近づ
けようとした。それを軍事力ではなく、文化的に近づけようとしていたのだろう。
 ベロボグは、ヤーノフを公開処刑すべきだったのだろうか。そして、『WNUA』は本当に『ジュ
ール連邦』と戦争をすべきだったのだろうか。
 ともあれ、この情報部という名のコンクリート作りの無機質な建物に、現在では多くの『WNU
A軍』諜報部員が集まってきている。
 主に行っている任務は『ジュール連邦』や東側諸国からの情報の吸出しだ。今まで機密とさ
れていた情報を、根こそぎ吸い出して、技術も何もかもをも自分達のものとしてしまう。それが
占領統治というものだ。
 『ジュール連邦』の上院議員もベロボグ・チェルノによって拘束され、国会議事堂は爆破、さら
に総書記は処刑されたような状況では、首都で行われているこの占領統治に抵抗を示す者達
はほぼ皆無である。
 リー達は情報部の建物の中に入った。内装はアリエルとミッシェルが保護されていた建物と
そっくりだ。社会主義国とは自分達の影響力を示すためか、建物も列車も何もかも、同じような
仕様にしたがる。だからこそより劣悪な環境を示して、国民の自由を奪ってしまうようなもの
だ。
 同じような建物の同じような通路を進んでいくリー達。この建物では情報部員が忙しそうに歩
き回っている。元々は連邦側の人間が使っていた情報機器を、最先端の機器へと入れ替え、
ここを新たな拠点としようとしていた。
「どこへ連れて行こうとしているの?」
 道中、ミッシェルがリーに尋ねてきた。
「機密部に。あなた達の事は、なるべく外部に漏らさないようにしたい」
 そう言いつつ、リー達は旧時代から使われているエレベーターの中に乗り込んだ。
 機密部というのは、連邦時代も使われていた、シェルターの中に設けられた場所である。そ
こでは今でも『ジュール連邦』の隠された秘密が眠っている。今、それを『WNUA』側が暴いて
いる真っただ中だった。
「ここは核シェルター?」
 エレベーターで降りたった薄暗い廊下はあたかも牢獄のようだ。そのような通路を進みつつ
アリエルは尋ねる。
「核シェルターもあり、情報を守る場所でもあった。今でも機密エリアである事に変わりはない。
ただし、我々のものとなったがね」
 そう言ってリーは機密エリアに入る手前で、見張りに立っている軍の兵士にパスを見せてい
る。そして4人は機密エリアの中に足を踏み入れるのだった。
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