レッド・メモリアル Episode12 第3章



 ストロフはマシンガンを抱えたまま、テロリストとつかず離れずの攻防を続けていた。
 彼は、テロリスト達を倒そうなどとは考えなかった。相手の方が圧倒的な人数を持っている。
敵の数も計り知れない。ストロフが何よりも優先したかったのは、外にいるはずの、警察か軍、
政府の捜査機関の人間に連絡を取る事だ。
 それさえできれば、応援がすぐにでも突入してくるはずだ。そう考えていた。
 彼はマシンガンでテロリスト達と応戦しながら、病院内にある電話機を使い、片っぱしから電
話をかけた。倒したテロリスト達の無線機も使って連絡を取ろうとしたが、それでも外部との連
絡を取る事は出来ない。
 どうやらこの病院は、物理的な遮断壁だけではなく、電波さえも妨害されてしまっているようだ
った。
 つまり無線を使う事が出来ない。外部との連絡も一切取れず、しかも味方もいない。ストロフ
は改めて絶体絶命の自分の状況を思い知らされた。
 死ぬ事は覚悟の上だ。だが、無駄死にはしたくない。この国を救う事ができる事ならば、ほん
のわずかな抵抗でも良い。自分ができれば。
 ストロフはそう思いながら、病院の北側の通路に逃げ込み、階段脇にあった扉の中に逃げ込
んだ。
 テロリスト達が足を鳴らしながら迫って来ている事が分かる。この通路に逃げ込んだ事もすぐ
にバレるだろう。
 ストロフが逃げ込んだのは、ようやら病院のポンプ室で、下水の排水などを行う部屋のようだ
った。入り組んでいて、パイプが複雑に形を織りなし、死角が多い。薄暗い部屋で、電灯こそ付
いていたが視界も悪い。
 ここも封鎖されてしまっているに違いない。自分は袋小路の中に迷い込んだのだ。背後から
はテロリストが追ってきていて、今、自分の目の前に広がっているのは迷路だ。どこにも逃げ
場さえもない。
 どうしたら良いのか。考えてる暇もなく、ストロフは自分に銃が突きつけられている事を知っ
た。
 暗がりの中に顔が隠れて見えないが、そこに男が立っている事が分かる。ダークブルーのス
ーツを着た男が、ポンプ室の暗闇の中におり、そこから銃を突きつけて来ている。
 テロリストがポンプ室の中に張りこんでいたのか。ストロフは初めはそう思った。だが、どうや
らそうではないようだ。
「お、おい。あんたはテロリストじゃあないだろ?テロリストだったら、銃を突きつけるなんて真
似はしない!容赦せずに撃ってくるはずだからな」
 ストロフはとっさにそう言った。
「そう言うお前の方は一体何者だ?」
 男の放ってきたその言葉で分かった。この男は、この『ジュール連邦』の人間じゃあない。声
に訛りがある。かなり流暢にジュール語を話し、彼の言っている言葉はストロフにもはっきりと
理解できた。
 だが分かる。この男は、ストロフの敵ではない。そして味方でもない。
「わ、私は、ジュール連邦国家安全保安局のセルゲイ・ストロフだ。IDは取られてしまっていて
無いがな。信用するなら銃を下せ」
「信用しよう。私は、『タレス公国軍』の捜査官のリー・トルーマンだ」
 暗がりにいる男はそのように言い、銃を下ろした。暗がりからリーと名乗った男が顔の半分
だけをちらりと覗かせる。顔彫りの深い男で、どうやら『WNUA』側の人間だ。意外だった。東
側の人間がこの地にまでやって来るとは。東側の人間がこの地にやって来てやる事と言ったら
一つしか無い。
(話は済んだ?)
 ポンプ室の奥の方から女の声がした。放たれたのは『タレス語』だったが、この世界で最も普
及している言葉であるがゆえに、その簡単な言葉はストロフにも理解できた。
 ポンプ室の奥の方から姿を見せたのは、ブロンドの長髪の女だった。西側の人種はこの『ジ
ュール連邦』に比べて小柄だと言うが、この女は、『ジュール連邦』でも通用しそうな体格をして
いる。
 だが、かなりの美人だ。何故、こんな女がここにいるのだろう?まさか、このリーとかいう男と
行動を共にしているのか。
(ああ済んだ。彼は、国家安全保安局の人間だ。テロリストじゃあない)
 そうリーが言うと、奥から来たブロンドの女は頷いた。
「彼女はセリア・ルーウェンス。私の部下だ。心配はいらん」
 と、リーは言って来た。どうやら本当にこの女も、『タレス公国軍』の人間らしい。
「あんたらも、ベロボグ・チェルノを捕らえに来たのか?」
 すかさずストロフはそう言った。ジュール語だ。相手も話しているから理解できるだろう。
「そんな所だ。この病院は封鎖されているのか?」
「ああ敵は、テロリストは、武装している。俺が見た所、15人はいるな。全員、マシンガンを持
っている。それと、あんたらには信じられないだろうが、10代後半ぐらいの女が指揮している。
そいつに気をつけろ。見た目に騙されるな」
 ストロフはどうやって説明したら良いか分からないまま、自分が見て分析した情報を、西側の
人間の男に伝えた。10代後半の小娘がテロリスト達を率いていると言って、果たして彼らが理
解できるだろうか。『ジュール連邦』の人間の言う事は、西側の人間には理解してもらえないと
ストロフは聞く。
 だが、目の前で見てきた事は事実だ。彼らは孤立無援となったストロフにとっては味方とな
る。ならば、とことん協力して貰わねばならない。
 すると、リーという男からは突飛な質問が返って来た。
「それはもしかして、アリエル・アルンツェンという娘ではないのか?」
 その言葉に、ストロフは思わず相手の顔を見た。リーという男は、まるでサイボーグのような
顔をしていて表情が無い。東側の人間は皆、こんな奴なのか、と思いつつも、ストロフは彼の
質問に質問で答えた。
「何故、お前が、アリエル・アルンツェンの事を知っている?」
 西側の情報網はどこまで自分達の事を突きとめているのか。まさか、自分達、国家安全保安
局が捕らえた、『能力者』の娘の名前まで知っているとは。しかし何故、あのアリエルが、ベロ
ボグ・チェルノ配下のテロリストを率いているなどと言う話が彼から出るのだろう。
 もちろん、テロリストを率いているのはあのアリエルではない。確かにアリエルはテロリスト達
との関連性を持っていたが、それは荷物運び屋としてだけで、テロ活動に直接関与していたと
いう証拠もない。
 だが、アリエルを探すために、あのテロリストは、国家安全保安局の建物にまで乗り込んでき
た。そんな連中がバッグにいる。
 よもや、このリーとかいう男達も、テロリスト達を同じ目的で潜入してきたのだろうか?
「君達には関係の無い話だな」
 リーはそのように言い放つなり、ストロフが入って来たポンプ室の扉に、もう一人の女と共に
構えた。
「お、おい! 外には15人以上のマシンガンを持った奴らがいるんだぞ! どうするんだよ。そ
の銃だけで何とかなると思うのか!」
 リーとセリアという女の姿を見て、ストロフは言い放った。リーと言う男はベレッタ銃しか持って
いないし、セリアの方に至っては、武器さえ持っていない。
「我々に任せてくれれば、解決することができる。君は、我々が入って来たルートを通って、外
の部隊に連絡でもしてくれればいい」
 と、リーは言った。
「お前、正気か? それにここは我々の管轄だ。お前達の出る幕じゃあない。余計な手出しを
するな!」
 ストロフの声が、ポンプ室の中に響き渡った。だがリー達は構わず、ポンプ室の扉を蹴り放
ち、すかさず廊下に向かってリボルバーの銃口を向けた。
 そこにテロリスト達が、マシンガンを発砲してきた。リーはすかさず、リボルバーから発砲し
た。
「ここで戦うのは無謀だ。それに、あんたらの事なんて知った事じゃあない。俺は外の部隊と接
触して突入するからな!」
 そう言い放ったストロフはポンプ室の奥に向かい、そこから病院の外へと脱出した。



 リー・トルーマンとセリア・ルーウェンスは病院の中に突入するなり、マシンガンで武装したテ
ロリスト達と交戦した。
 テロリスト達は、病院内にいたストロフの言う通り、重武装をした連中だったが、リーは素早く
彼らを打ち倒した。
 テロリスト達の雨あられのように放ってくる銃弾を凌ぎ切った後、セリアが真っ先に飛び込ん
でいき、一人のテロリストに向かって一気に拳を突き出した。彼らのマシンガンが宙を舞うな
り、3人のテロリストを巻き添えにして爆炎が吹き荒れ、廊下を覆い尽くした。
 リーは彼女の背後から、銃から発砲される光の弾を利用し、次々と廊下からやって来るテロ
リスト達を打ち倒す。
 あっという間の出来事だった。セリアは倒れたテロリスト達の中に立ち、堂々とした目で彼ら
を見下ろしていた。
「確かに、あの捜査官一人では辛い相手かもしれないわね」
 セリアはそのように呟いた。
「こいつらの無線機は使えそうだな」
 リーがポンプ室から出てくると、倒れたテロリストの無線機を手に取った。
「この中では携帯電話も無線も外には通じないが、奴らの専用回線を聞いていれば動きが分
かる」
 リーは冷静にそのように言うと、無線機のダイヤルを回した。すると、
(1階の北側に逃げた奴はどうなったの? さっさと、始末しなさいよ。ねえ? 聞いている
の?)
 と、無線機から女の声が聞こえてくる。どうやら、ストロフが言っていた、女の指揮官がいると
いうのは本当の事らしい。それもこの女の指揮官は、かなり若い。まだ20歳にも満たないよう
な声をしている。
「ねえ、あんた。さっき言っていたけれども、“アリエル”って誰の事なの?」
 セリアがリーに尋ねた。
「何でもないさ。こっちの事だ」
 リーはそっけなくそのように言う。セリアには『ジュール連邦』の言葉は理解できないから、分
からないだろう。だがそんなリーを見つめながら、セリアは彼へとゆっくりと近づいていった。
「あんたには何か分からない事がある。もしかしたら、わざわざ『ジュール連邦』まで来たのも、
何かの目的があるんじゃあないの?」
 セリアの眼はしっかりとリーを見据えて言い放ち、リーは義眼のように何の感情も示さない目
でセリアを見返していた。
「目的があるなら、君に話している」
 と、リーはただそれだけ答えた。
「いいえ、それは嘘だわ。あなたは、わたしを休暇から呼び戻した時から、隠し続けている事が
ある。それは何?言っておくけどね、あなた、同僚が皆、あの核爆発で死んだくせに。東西で戦
争が始まっているって言うのに、一体何をそこまで隠し続けているの?」
 セリアはリーの方に一歩足を踏み込んでそのように言った。だが、リーは彼女と目線を反ら
すことなく言い放つ。
「話す必要は無い。君は黙って従っていろ」
「ぶん殴られたい?」
 セリアはそう言っただけだ。実際、拳を繰り出すまではしていない。だが、セリアは明らかにリ
ーの事を上官であるなどと考えてもいないようだった。
「そうか、なら好きにしてみろ。だがな、あくまで君と私は、軍で言うところの上官と部下の関係
だ。血気盛んなのは構わんが、命令には従い、余計な詮索をするな」
 その時、再び無線機から声が響いてきた。
(一階北側のポンプ室へと向かいなさい。外の奴らと連絡を取られたらおしまいよ!)
 無線機からのその声が意味しているものは、リー達の元にすぐに応援のテロリスト達がやっ
てくると言う事だった。
「どうやら応援が来るようだ。さっさとこの場を離れた方がいい」
 そう言うなり、リーとセリアはその場を後にした。
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