レッド・メモリアル Episode12 第4章



「お母さん。もうすぐここから出られるからね。安心して」
 アリエルはベッドの上に横たわる養母、ミッシェルの姿を見ながら、そのように呟いた。ミッシ
ェルはまだ頭に包帯を巻かれたままでベッドの上に横たわり、今はまだ眠っている。どうやら鎮
静剤が効いているらしく、ぐっすりと眠っているようだった。
 自分が話しかけたとしてもその言葉は母には届かない。それは分かっていたけれども、アリ
エルは自分の言葉が届いているような気がしていた。
「終わった?さっさと、ここを離れなければいけないわ。どうやら、中にいたはずの人質が外に
逃げ出す事ができたみたいだから」
 病室の外にいるシャーリが、ショットガンを片手に中に入って来た。その姿はあまりにも物々
しく、病室の中に安らかに眠っているミッシェルの姿と相反している。
 アリエルはシャーリの方を向き、やれやれといった様子でため息をついた。
「それで、私に一体、何をやらせたいって言うの」
 アリエルにとっては、もうどうにでもなれといった心境だった。こんな所までやって来て、必死
に抵抗はしてみたものの、結局はシャーリや、彼女のお父様と言われる存在の手中の中にあ
るだけだ。
 必死に抵抗しても無駄。そこで、彼女はシャーリに従うしか無かった。それも、母を救う為だ。
「まずは、わたし達と一緒に来てもらうわ。話はそれから」
「この病院で何かをするんじゃなかったの?」
 と、アリエルは言った。一体、シャーリ達は自分をどこへと連れて行くのだろう。もう何か所も
移動している。
「この病院は、お父様の御病気を治すために立ち寄ったに過ぎないわ。お父様の壮大な計画
は、別の場所で今も進行している。そこに向かうの。そこに行って初めて、あなたの力は役立
つ事になるの」
 シャーリのその言葉に、再びアリエルは呆れた様子で言った。
「私に、テロ活動とかに加担させようなんて言っても無駄よ。だって、そんな事、私にはできない
もん」
 だがその言葉は、今度はシャーリの方を呆れさせてしまったようだった。
「あのねえ、ど素人のあんたにそんな事をさせると思う? お父様が望んでいるのはそもそもそ
んなテロ活動なんかじゃあない。もっと崇高な、人の為になる事なのよ」
 とシャーリは言うのだった。すると、シャーリの横からは大柄な男二人が病室の中に入り込ん
できて、ミッシェルの横たわっている移動式ベッドの両側に回った。
「何をするつもりなの?」
 アリエルがその光景に驚いたように言った。
「あなたは、ママと一緒に来たいんでしょ? だから彼女を連れて行くわ」
 大柄な男達は、ミッシェルの可動式ベッドを動かし始め、病室から彼女を連れだして行く。
「せめて、どこに連れて行くのかを、教えてちょうだいよ」
 アリエルは言う。
「分かりやすく言えば、わたし達の新しい“王国”よ」
 シャーリはアリエルにそれしか言わなかった。
「“王国”?はあ?」
 アリエルはシャーリの突飛な言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまった。こんなときに、
何でそんな事を言うのだろう。
 だが、シャーリの眼は確かに真剣だった。彼女の片方しか見えていない眼は一切揺らいでお
らず、真剣にアリエルを射抜いていた。
「あなたは、その王国にいなくてはならない存在となる。このわたしと同じように、お父様の遺伝
子を継ぐものとして、ね」
 シャーリはそれだけ言うと、ショットガンを再び担いだ。
 その時、シャーリの無線機が鳴った。
(シャーリ様。侵入者です!すぐに来て下さい!)
 無線機の声は、無音だった室内に異様に響き、危機感をあおって来た。
 だが、シャーリは無の表情のまま、その無線機に向かって一言答えた。
「分かったわ。今すぐ行く」



 一方、病院の外では、地下水道から命からがら脱出してきたストロフが、ようやく軍と接触を
する事が出来ていた。
「大丈夫ですか?捜査官?病院で手当てをしてもらった方が」
 病院を包囲していた部隊長がストロフにそう言って来た。地下水道から泥まみれで出てきた
時は、軍には何者かと警戒されたが、すぐに国家安全保障省の身分証を見せ、彼らに自分の
身分を納得させた。
 軍の部隊長の態度は急変し、すぐにストロフを丁重に扱うようになった。彼は今、病院の付近
に停車された救急車の中に座っており、内部で見てきた事を部隊長に話していた。
「俺の事は構うな、こんなのはかすり傷だ。だが、人質を救出したいのならば、地下水路からの
潜入がしやすい。そのくらい分からなかったか?」
 ストロフは苛立ちながらそう言っていた。だが、それは部隊長に向けた苛立ちと言うよりも、
丸一日も拘束されていて、抜け道を見つける事が出来なかった、自分に対しての怒りもあっ
た。
「軍の捜査力と情報では、発見できませんでした。申し訳ありません」
 部隊長はそう言って来たが、ストロフはすぐに指示を出した。
「謝る必要は無い。それよりも、すぐにも突入だ。地下水路からならば、奇襲ができる。敵は皆
マシンガンを持っているから注意しろ」
「了解。すぐにも突入させ」
 部隊長がそう言いかけた時だった。救急車の元に、隊員の一人がやって来た。彼は携帯電
話を持っている。
「部隊長。すぐにお電話に出られた方が」
「何だ。どうした?」
 そう言いつつも、部隊長は電話に出た。
「ええ、はい。そうですが?」
 部隊長の大柄な姿を見上げたストロフは何事かといった様子で見つめる。
「それは本当ですか? しかし、これから人質の救出をしようと」
 血相を変えた様子で部隊長は声を上げた。彼の声は救急車の中に幾重にも跳ね返った。
「いえ、しかし、そんな事は」
 電話先の相手に何かを言われたらしく、部隊長はその声を静める。
「はい、承知しました。我々は、避難を」
 避難という言葉に、ストロフは思わず顔を上げた。
「おい、何を話している、お前!」
 ストロフは座っていた救急車内の椅子から立ち上がって、部隊長に言い放った。
「本部からの連絡です。『WNUA』の軍の艦隊が、この《アルタイブルグ》に向けてミサイル攻撃
を行ったそうです。着弾するのはもうまもなくだと」
 その言葉にストロフは驚愕した。
「何だと。戦争はもう始まっていたのか?」
 信じられないといった様子でストロフは声を上げる。
「え、ええ。宣戦布告はされましたが、攻撃はまだでした。現在、西海岸沖に『WNUA』の艦隊
が展開されており、そこからの攻撃であるそうです」
「核攻撃か?」
 恐ろしいものを尋ねている自分をストロフは知っていた。もし核攻撃が行われていれば、自分
達も巻き添えを食う事になる。
「いえ、非核攻撃だそうです。しかし、攻撃は長距離弾道ミサイルで、弾数は不明。本部によれ
ば、《アルタイブルグ》の街を制圧するには十分な威力かと」
 という部隊長の言葉を聞いても、ストロフは安心できなかった。逆に彼は考えを巡らせて、あ
る結論を出した。
「さっき、病院内に入って来た二人組の『タレス公国軍』の捜査官がいた。彼らが来たという事
は、テロリスト共の本拠地が、この病院だと『WNUA』側は突きとめている事になる。『WNUA』
とて、戦争を長期化させたり、無関係の市民を巻き添えにする攻撃は、なるべくならしたくない
はずだ。
 となると、連中はこの病院へのピンポイント攻撃をするはずだろう」
 部隊長はじっとストロフを見つめた。
「では、テロリストのみならず、人質も巻き添えになる事に」
「ああ、そうだ。だが、戦争は始まっているんだろう? 『WNUA』側も一連のテロを起こした連
中が、この病院にいる事は突きとめたようだが、テロリスト共を排除するくらいだったら、病院
一つぐらい巻き添えにするだろう」
 頭を抱えてストロフはそう答えた。言葉とは裏腹に、ストロフは病院内で見てきた人質の姿を
思い出していた。中には子供だっていたし、病院のベッドに横たわる病人だっている。事もあろ
うか、『ジュール連邦』で最も発達した医療技術を持ち、社会貢献をしている連中がテロリスト
だったとは、今でも嘘であって欲しいくらいに思う。
「中に突入すれば、人質を救出する事ができます」
 部隊長は決然とした口調でストロフに言った。
「ああ、頼む。あと、それだけじゃあない。付近の住民の避難もさせろ、なるだけ遠くに逃がせ
よ」
「了解!」
 その言葉と共に、部隊長はすぐに行動を開始した。
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