レッド・メモリアル Episode24 第3章


『タレス公国』《プロタゴラス》
国会議事堂地下シェルター

 現地で長い夜が明けるのももう少しだろうか。しかし、『タレス公国』にいるカリスト大統領らに
とって、そのような夜明けや日付の感覚は無かった。
「“デイブレイク作戦”は予定通り実行されます。この作戦が成功すれば、ひとまず《エレメント・
ポイント》で起きている事態は収拾することができるでしょう」
「分かっている。だが、我々が危惧すべきことはそれだけではない」
 軍事補佐官ラスターは、大統領の顔を伺うようにしてそのように言ってきた。
 彼は先ほど、リー達、組織と呼ばれる連中に恥をかかされたようなものだ。しかし得体の知
れない組織などに振り回される国家ではない。彼はこの作戦で名誉を挽回するつもりだろう。
 カリストはそう見抜いていた。
「大統領、緊急事態です」
 突然、一つの光学画面が開き、そこに軍の人間の姿が現れる。光学画面の下には、航空母
艦サンソンの提督、クォート大将と現れていた。
「何だね?何が起こったのだ?」
 と大統領はクォート大将に尋ねる。
「『スザム共和国』から核ミサイルが発射された模様です」
 その言葉にカリスト達の間に衝撃が走った。だが、カリストはすぐに冷静に対処しようとする。
「標的、そして数は?」
 すかさずラスターは、航空母艦サンソンの提督に尋ねた。
「標的は現在推測中ですが、レーダーの反応によると発射されたミサイルの数は26発。現在は
東ノーム海域上空を航行しています」
 だがカリストの考えは早かった。『ジュール連邦』側との危機が始まって以来、このような攻撃
を予測していなかったわけではない。
 むしろそれは遅すぎるくらいだ。何故『ジュール連邦』が解体したこの時に。
「すぐに全てのミサイルに迎撃体制を取らせろ。『WNUA』関係各国にもすべて連絡して、厳戒
態勢をはらせ、ひとつ残らずミサイルを撃墜するのだ」
 すると、サンソン空母のクォート将軍は、さらに光学画面を展開させ、そこに世界地図を展
開、『スザム共和国』から『WNUA』に至るまでの予想弾道速度を示していた。
 26発。赤色のラインが伸びている。狙いは明らかに『WNUA』それも、7カ国全てへと向けられ
ているのは明白だった。
 26発の核ミサイル。これは『ゼロ』危機の再来、いやそれ以上の大惨事になるだろう。
「ラスター君。君は、すぐに関係各国に連絡を…」
「大統領、また連絡です。今度は『スザム共和国』の、例の人物です」
 そう言われて、カリストはすぐに分かってしまった。
 すぐに今度はふてぶてしいまでの姿の声で、トカレフこと、『ジュール連邦』の新しい指導者を
名乗る男がそこに姿を現した。
 自らの姿を隠すつもりもないようだ。どこか地下壕のようなところにいるのだろうか、総書記
がいるような部屋とは違って、薄暗い部屋にいる。
 しかし堂々とした様子だ。トカレフは『ジュール連邦』の上院議員だったそうだが、カリストは
『ジュール連邦』の上院議員をマークこそしていたが全て知っているわけではない。
 カリストにとっては初めて見る男のようだった。
「カリスト大統領。電話では話しましたが、お初にお目にかかります」
 臆する様子もなく彼は言ってきた。これが核ミサイル26発をも発射命令を下したものが発す
る言葉か。
「あなたか。はっきり言って、あなたが下した命令は、民主主義国家としては最大の愚行の一
つだ。どこであなた方が核ミサイルを手に入れたかは知らないが、これは戦争行為として受け
取らせてもらう」
「戦争?戦争ならあなたがたがとうに始めたでしょう?我々はそれに対処をしているだけです。
そしてあなた方の軍事力があれば、この程度の数の核ミサイルなど、簡単に撃墜することがで
きるはず。それを見込んでの発射です。
 盛大な私達、『新ジュール連邦』誕生の祝賀パレード、花火だと思って頂ければいい」
 その言葉に、カリストは怒りさえ感じた。この男は、自分が発射したミサイルが、どれだけの
人間の命を奪うものなのか、それを分かっているのか。
「我々は『新ジュール連邦』の存在等認めていない。だが、これだけははっきりさせよう。我々
はあなた方を、世界最大の民主主義の敵として徹底的に追い詰め、全てを制圧する。あなたと
て例外ではない。覚悟をしておきたまえ」
「覚悟ならとうにできています。戦争が始まるずっと以前からね。できていなかったのは、
『WNUA』のあなた達の方だ。あなた達は、我々の力を過小評価し、いずれ勝てるものだとそ
う、油断してきた」
「油断等はしていない!」
 思わず大統領は感情を露にしてそういった。
「お前たちの放った核ミサイルなど、大陸に到達する前に全て撃墜することくらいできる!」
 そのように豪語した。もちろん、来たる最悪の事態に備えての防備はすでに万全だ。
『WNUA』は核ミサイル攻撃等に屈するものではない。
「それはすぐに分かるでしょう」
 そう言って、トカレフは通信を一方的に切った。
「奴の居所は掴めたか?すぐにでも粛清してやらねばならん」
 珍しくカリストは感情も露にそういった。
「いえ、『スザム共和国』内部という事までしか分かりません」
「そうか、分かった」
 カリストは自分を落ち着かせるようにそう言って、新たに自分の、いや世界に突きつけられた
現実を見る。
 レーダーによって着実に26発の赤い点が『WNUA』の大陸に迫ってきていた。
 万が一の事が起きてはならない。即座にもすべて撃墜しなければ。
「撃墜命令を下す。一発も外す事のないよう、念を押すのだ。その後、即座に我々は報復措置
を取る。『スザム共和国』全土の、『ジュール連邦』残党軍がいると思わしき場所を徹底的に制
圧するのだ」
 大統領は言い放つ。それはまさしく『ジュール連邦』に対しての明確な攻撃命令だ。
 しかし彼は今、その決断以外の選択肢がなかった。それしか『WNUA』にいる人々を救うこと
はできないのだ。

 浅香舞は、『ユリウス帝国』国防長官の座を、ゼロ危機の後に退いた。
 その後、誰にも知られずに雲隠れをするかのように、世界のある山荘で暮らすようになって
いた。
 しかし彼女はまだ影響力を持っていた。大国の国防長官の座にいた事で、表でも裏でも、
様々な組織と密通することが多かった彼女。
 ゼロ危機の際に暗躍した、『組織』の存在を摘発し、追い詰めた彼女は、そのトップの座に誰
に知られることもなく就いた。
 それには、『組織』に対して仲間を通じて密通していた、渡辺隆文の影響力も多かった。彼が
いたからこそ、舞は組織のトップに就くことができたのだ。
 彼女が組織のトップにいることを、構成員達さえも知ることはない。その匿名性は舞を助け、
彼女を支え、また影響力も強めた。
 彼女の正体を知っているのは、隆文だけだった。
 しかしこの新たに迎えた世界の危機に、彼女は堂々とその姿を公に晒した。
 『組織』の長が、『ユリウス帝国』の元国防長官であるということには、『WNUA』も驚かされた
だろう。
 とりあえず、その影響力を示すことはできた。
 舞は再び自分の仕事に戻る。今日は十数年ぶりの徹夜仕事になっていた。だが、眠気は感
じない。
 自分も流石に歳だ。無理はできないとしているが、この危機さえ乗り越えれば、『組織』に課
せられた責任を果たすことができる。
 たった今、『WNUA』側が、『ジュール連邦』残党軍の放った核ミサイル26発を全て撃墜した。
 この危機に乗じて、『ジュール連邦』残党のトカレフは、まだ自分たちの社会主義帝国を再建
しようとしている。
 愚かな行為だ。核ミサイルの恐ろしさを彼らはデータでしか知らないのだろう。そしてそれを
全て撃墜されるのも確実な事を。もはや彼らはテロリストに成り下がってしまったようなものだ。
 そんな世の中の動乱の中、舞が最も哀れに思うのは、この危機と混乱の被害者とも言える、
ひとりの少女、そしてその養母だった。
 ミッシェル・ロックハート。彼女がこの危機の関係者となっていたのは、舞の責任でもあった。
ベロボグが『能力者』である彼女、更にはセリア・ルーウェンスを見つけ出し、アリエルという子
に、自分の王国の跡を継がせようとした。
 しかし、自由に生きる娘にそんなものを押し付けるなど、べロボグの勝手でしかない。
 アリエルはそのためだけに生まれてきたのではないのだ。
 舞は自分をどこかアリエルに重ねて見てしまっていた。自分も、誰かに利用されてきた。ゼロ
危機の被害者だった。
 世界が動き、時代が進む中、彼女は全ての役割を終えてしまったかのように、静かに余生を
送るつもりでいた。
 だが、彼女は世界を救う手助けをするだけでなく、アリエル達をも救うつもりでいた。
 少なくともこの危機と、そしてアリエルという少女、元部下のミッシェル・ロックハートが自分と
同じように、人知れぬ幸福に暮らすことができるために手配をするまでは。
 舞はまだ可憐で若々しい、大人になりかけの18歳の少女の顔を光学画面に写していた。そし
て彼女を我が子のようにすくいたい気持ちだった。
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