レッド・メモリアル Episode24 第4章



『タレス公国』《プロタゴラス》
国会議事堂地下シェルター
5:58 A.M.

「大統領。『ジュール連邦』の残党軍が発射したミサイルは、全てSXシリーズでした。それも最
新のものです。幸いなことに、全てのミサイルの破壊に成功しましたが、もし一発でも着弾をし
ていたら、壊滅的な被害をもたらしていたでしょう」
 ラスターは冷静に、今『WNUA』各地の軍部から送られてきた情報をカリスト大統領へと伝え
た。
「SXシリーズだと?最新の核ミサイルだぞ。何故、そのようなものを『ジュール連邦』が、いや、
その残党が保有しているのだ?」
 カリストは思いがけない出来事に思わず動揺した。
 ラスターはそんな彼をなだめながら言った。
「裏ルートで彼らが入手したとしか言えないでしょう。そしてこれは彼らが残党であろうと、まだ
十分な国力と軍事力を保有していることを意味しています」
 カリストの前に次々と、『ジュール連邦』と繋がりのある犯罪組織や、国々のデータ、兵器の
裏ルートなどのデータが表示された。
 しかしそれはあまりにも膨大すぎて、すぐには頭に入ってこない。核兵器については《ボルベ
ルブイリ》の制圧時に徹底的な洗い出しをしたと思った。だが、それでも彼らはまだ核兵器を持
っていたのだ。
 それも、洗練された高度な核兵器と、それを正確に発射し、着弾されるミサイルを。
「各国に厳戒態勢を取らせ、いつ、次の攻撃が来ても良いような状態にせざるを得ない。『スザ
ム共和国』は、国のすみずみまで制圧せざるを得まい」
 カリストは世界の混乱がどんどん悪化していく状況を、もはや戦争という形で抑えるしかない
状況を思い知らされる。
「大統領。もはやここは決断するしかないでしょう。核で報復するのです。相手は史上最悪のテ
ロリストと言ってもいい、ベロボグよりも愚かで、自分たちの力量を全く知らない。ならば、思い
知らせるしかありません」
 ラスターはそう大統領に言った。
 すると彼は目を閉じた。
「この私に、宣戦布告までした私に、さらに核戦争の宣言をしろと、そう言うのか」
「引き金を引いたのは、彼らの方です」
 ラスターはまるで、カリストにその宣言をさせたいかのようだ。
「この私が、核発射のスイッチを押すと?」
「お察しします」
 無機質な声でラスターは言った。
 『ジュール連邦』の残党軍は、『WNUA』側の核兵器を正確に撃墜することなどできるのか。
 相手は確かにこの『WNUA』側に対して、核攻撃、それも人類史上最悪の被害を出しうる核攻
撃を仕掛けてきた。もし26発の核ミサイルが全て着弾していたら、『WNUA』を中心とした、この
大陸は壊滅状態になるだろう。
 あのトカレフはそれを、祝賀の花火などと言っていた。許せるものか。
 しかし『ジュール連邦』『スザム共和国』の民までをも巻き添えにした報復が、カリストには決
断できなかった。
 あのトカレフらに報復をするならば、『スザム共和国』を核の雲で包み、逃げ場さえもなくすこ
ともできる。
 しかしそれは、理由はどうあれ、カリストが史上最大の大量殺戮者になることをも意味してい
た。
 カリストにはそのような事などできなかった。
「ラスター君。一度誰かがそれを始めれば、次は同じ事を行う事がより簡単になる。あの時、時
の大統領であったカリストがやったから、自分もやるとな。世界中の国々で同じことが残り、私
は歴史に汚名を残す」
 そのように幾分も冷静になりながら、カリストは椅子に座り、じっとラスターに言った。
「軍部は黙っていないでしょう。『WNUA』の他の国でも動乱が広がっています。我々が攻撃をせ
ずとも、どこかの国が核による報復をするでしょう」
 しかしラスターの言葉をカリスとは遮って言った。
「核以外で、この状況を脱する事をする。もし不服であるならば、私の政権にその人物は不要
だ。他の六カ国に対しても、核による攻撃をする事は、民主主義を逸脱する行為だと念を押
す」
 カリストはそのように言った。そして核による報復などこれ以上話したくはないといった様子
で、話を変えた。
「ところで、《エレメント・ポイント》で起きている危機についてはどのようになった?」

ノーム海域
6:04 A.M.
《エレメント・ポイント》より35kmの地点

 《エレメント・ポイント》から溢れている眩いばかりの光は、遠くの方に登っている朝日の光さえ
も覆い隠してしまいそうだった。
 澱んだ雲が北の海には立ち込めており、それが、まるで海面へと落ちてきそうだった。
 《エレメント・ポイント》周辺のノーム海域の気温は、氷点下15度という極寒になっており、海は
氷が浮かんできているほどだ。
「この潜水艇の操作は簡単だが、水中での作業は君たちが思っているよりも難しい。先端に取
り付けられているドリルで、まだ空気が残っている施設内へと突入をするんだ。帰りは逆向きで
発進する事ができるようになっている」
 そのように言われ、リーとアリエルの前に現れたのは、薄暗い海に浮かぶ、奇妙な姿をした、
塔を横倒しにしたような筒だった。
 非常に小型であり、閉所が苦手な者なら耐えられないだろう。だが、これはあくまで軍が開発
したばかりの奇襲作戦用の潜水艦なのだ。
「止めるのなら、今のうちだ。君がもし無理でも、私は行く」
 潜水用の装備に着替えたリーとアリエルは、その小型潜水艦を前にして、じっとその姿を見
下ろしていた。
 今、二人は空母から離れた地点まで、巡視艇で移動し、その中にある潜水艇乗降口の前に
立っている。
「私がやめると言うと思いますか?」
「そうか、君は思ったよりもずっと強い子のようだ。だが無理はするな。いつでも私は君を助け
る」
 そう言って、リーはアリエルを、潜水艦へと乗せた。
 小型潜水艦の中は、思っていたように狭い。二人乗ってやっとというところだ。
 しかし警戒を強める、べロボグ・チェルノの娘、レーシーの元へと再び向かうためには、ヘリ
やまして潜水艦などで向かうことなどできない。
 相手はより警戒を強めるだろう。アリエルだけが向かうことが、条件だった。
 しかし皮肉なものだとリーは思う。あれだけ敵対してきたべロボグの組織と結局は共同作戦
をしなければならないのだから。
 潜水艦の中にリーが先に入り、アリエルを誘導した。
 潜水艦の中は非常に狭く、計器類がたくさん設置されており、配線や配管等もむき出しだっ
た。人二人が入ってやっとというところであり、圧迫感を感じる。
 長い時間、この中にいることはできないだろう。リーは通信機器を頭にセットして、それをアリ
エルにも渡した。
「絶対に私達が離れ離れになってはならないが、もしもの時のためだ。これを君もセットしておく
んだ。軍からの通信は私が受ける」
「ええ」
 アリエルはさっと応じた。
(テストテスト。こちらリー・トルーマン。感度はどうだ?)
 通信係の方からそのように無線が入ってくる。
「感度良好。これより作戦を開始する」
「幸運を祈る」
 潜水艦の外からも、『WNUA』軍兵士達が敬礼をしてきた。リーも軍人だった。彼らに敬礼をも
って返すのだった。
 そして潜水艦の扉が閉められ、リー達を乗せた潜水艦は動き出すのだった。
 低いエンジン音が響き渡り、小柄な潜水艦は極寒の海の中を突き進んでいく。この小型潜水
艦は自動操縦であり、非常時以外は内部の者達が操作をする必要はなかった。
「“デイブレイク作戦”決行。只今の時刻は0615、目標地点までは15分で到着する予定」
 リーは通信機に向かってそのように言った。
(了解。『エレメント・ポイント』周辺に目立った変化はない。F-X戦闘機2機が援護をしている)
「了解」
 リーはそのように無線機に答えた。軍を裏切ってここまでやってきた自分、もう軍の作戦にな
ど参加することはないと、そのように思っていた。
 しかしこの現状が彼を逃さなかった。どちらにしろ、この作戦が終わった後、自分は『WNUA』
軍に捕らえられるのだろうという事はリーにもわかっていた。たとえ大統領恩赦が出ていたとし
ても、軍組織というものは裏切り行為を絶対に許すことはない。
 もちろんリーはその後のことも考えていたのだが。
「あの…」
 潜水艦が進む中、アリエルが尋ねてきた。
「どうした?」
 潜水艦の進んでいく航路を示した光学画面を見ながら、リーは答えた。
「どうしても分からないんです。どうして、あなたは私にここまでしてくれるんですか?」
「ここまでしてくれる、とは?」
 アリエルの質問に、その意図が分からないといった風にリーは答えた。
「私とあなたが出会ったのは、ほんの一ヶ月前、なのにあなたは私のことをとても気にかけてく
れている。この作戦にも同行してくれているし、それは一体何故?まるであなたは、私の…」
「親であるかのようだと、そう言いたいのか?」
 と、リーは言った。
「そこまでは…」
 確かに、リーにとってはアリエルのことをそこまで思っているわけではない。しかし年齢的に
は、リーとアリエルは親子といっても不思議ではなかっただろう。
 しかし、これからの作戦に対して、アリエルが不安げな表情をしているのを見ると、ふつふつ
と特別な感情を抱いてしまうものだった。
 抱いてしまうこの感情、アリエルは気丈に振舞ってここまで来た。しかしながら、そうであって
も、アリエルが年相応の表情で不安げな顔をしてしまうことがある。それが今のような時だっ
た。
 大人として、修羅場をくぐってきたリーだからこそ、アリエルを守ってやりないと、素直な感情
が抱かれる。
 それは冷酷ではない彼自身の本来の姿。真の理念と、精神にあふれた、純粋なリーの気持
ちだった。それが現れてしまう。抑えきることはできないものだった。
 リーは、アリエルの目をしかと見て話し始めるのだった。
「君には話しておこう。私だって、これが最後のひとときなどとは思いたくないが、もしもという事
もある」
「一体、何を?」
 と、アリエルは戸惑ったかのように言ってきた。リーから彼女に話しかけるなど、今までにな
かったことからだろう。
「私の話さ。私の事は君にとって、まだまだ知らないことが多いだろう。そんな私に君は命を預
けきたようなものだ。私は君のことをよく知っている。だが君は、私のことを知らない。不公平
だ。これから、命を分かち合う同士としてはおかしいだろう?」
「それで、その話とは、何ですか?」
 リーの前置きはともかくといった様子でアリエルが言ってくる。
「この話は君とは一切関係が無い事は断っておく。だが、君を見ていると、私はどうしても思い
出さざるを得ないんだ」
 アリエルの目が泳いでいるのがわかる。アリエルにとっては分からないことだっただろうが、
真っ赤に染めていた真紅の髪ではなく、今の黒髪の姿を見ていると、リーはどうしてもあの人
物を思い出してしまうのだ。
「私も結婚をしていた。もうずっと前の話だよ。私が25歳だった時、3つ年下の妻と結婚をした。
その妻がだ、君に、似ているんだ。何故だろうな」
「私に、似ている?」
 アリエルの目が更に泳いでいる事がわかる。突然、このような話を持ちかけられて驚いてい
るのだろう、無理もない。
「それで、その奥さんは?」
「死んだよ。テロでな。無差別爆弾テロに遭った」
 リーはすかさずそう返した。その言葉でお互いに黙ってしまう。
 彼にとっては辛い記憶だったが、アリエルにここまで話しておいて、これ以上黙っているわけ
にもいかないだろう。
「打ちひしがれたさ。そして、軍や国の限界というものを知った。私の国防省にいた時の経歴は
綺麗なものだが、軍や国に対し、不審を抱いていたのは確かだ。そこで、出会ったのがタカフミ
だ。
 彼は私の事を良く知っていた。どうやら私のように、軍人や警察官、捜査機関などで家族を
失い、機関というものに限界を感じている人間に接触していたようだ。それで私は国防省の人
間でありながら、組織に入ったのさ」
 それは、リーにとっては隠された事実だった。組織の人間以外の誰にも話したことがないよう
な、あくまでリーの隠された事実だった。
 しかし組織はもはや解体していくも同然。アリエルにこの話をしても問題ないのだ。
「君に会う事は、この任務が終われば、もう無いだろう。それに、君はまだ18歳だからな。それ
にお義母さんも随分厳しそうだ。私の事なんて、忘れてくれ」
 その特別な感情を、アリエルは理解する事ができるだろうか、一般的にこのようなことを言う
ならば、間違いなく誤解されてしまう。
「あなたは、私の事が、その、好きなんですか?」
 それは非常に特別な感情とも言えるもの。告白にも近いものだ。リーも甘酸っぱい印象が残
るような言葉だ。
「さあどうだろう?恐らく違うと思う。君が私の妻に似ているというだけで、彼女を思い出させる。
そして君を守りたいと私は思う。それは好きとか、そう言った感情とはまた異なるものなのかも
しれない。
 不思議だな。君と出会ったのなんて、ほんの一か月前だと言うのに。それ以前は書類でしか
君を知らなかった」
 そこまで言って、アリエルはリーの感情を理解することができたのだろうか。非常に難しい。
 アリエルに全てを理解して欲しいとは思っていなかった。これは一種の告白、懺悔とも言える
ようなものだったのだ。
 だからアリエルに分かってほしいとは思わなかった。そして、実際にその通りだった。
「私には、まだ良く分かりません。未熟なんですね」
 だがリーは落胆しない。ここまではっきりと、話すことが出来る相手、心を許すことができる相
手は、リーにとっては他に、亡き妻しかいなかった。タカフミに対しては言葉で話すのではなく、
もうむしろ相手が分かっているという状態だったから、話すまでもなかった。
 まだ目的地までは間がある。リーは話を展開させた。
「私が軍に入ったのは、純粋な動機だったさ。それは正義というものだった。今でこそこんなだ
が、私も若い頃は純粋に正義というものを信じていた。正義は必ず勝ち、悪は滅びるとね。そ
れは軍役時代も変わらなかった。
 だが、妻を失って私は理解した。妻を奪ったテロリストは逮捕され、裁きにかけられた。しかし
正義が悪を滅ぼす過程で、失ったものはどうなる?たとえ、テロリスト達を根こそぎ死刑にした
ところで、帰ってくるものがあるのか?」
 リーのその言葉にアリエルは黙ったままだ。この戦乱に巻き込まれたとはいえ、まだ彼女は
18歳なのだ。世の中の不条理で残酷な現実を理解するのは難しい。
「“組織”に入って私は更に痛感したよ。正義、悪、そうしたものの主張がぶつかりあうからこ
そ、犯罪、戦争やテロリズムは無くならないとね。もちろんそのくらい私も前々から知っている
つもりでいた。
 だが、君の父、ベロボグ・チェルノのように、自分の正義を過信し、力をふりかざすような事は
正義とは言えない。君のように、ただ利用されるだけに生まれてきてしまう子供の事を、奴は考
えたことがあるのか」
 アリエルに対しての問いのようなものだったが、答えを求めているわけではない。
「奴は君を道具のように使ったと私は思っている。だが君はそれを自分の手で終結させに行く
わけだ。私が18歳の時など、そんな事は考えもしなかったね」
 とリーは一応アリエルを褒めたつもりだったが、彼女は何も答えなかった。
「難しい話だったようだ。無理もない」
 リーはそうアリエルに言うのだが、
「私の言葉ではないが、タカフミが以前に言っていた言葉がある。これは、私もさっき初めて顔
を知った、組織の長、アサカ・マイ氏の言葉らしいのだがね。
 これからの時代、人々はお互いに理解し、手を取り合い、認め合うことが大切だ。そして何よ
りも前へと進もうとする意思。それでこそ、真の理想的な社会は生まれるだろうと、そう言って
いたそうだ」
 リーとアサカ・マイは面識がなかった。組織の長が彼女である事を知ったのがさっきなのだか
ら。しかしその言葉は、タカフミから、あたかも格言であるかのように聞かされていたのだ。
 と、ようやくアリエルに反応があった。
「難しい話ですね。いえ、理解できないという意味ではなく、実現するのが難しそうって事です
ね」
 心底無表情なアリエルの顔だった。若者がこうした顔をするのは、まさに答えが分からないと
いった表現だ。
「ああ、私も同感だ。そう簡単にできるのならば、この世はまさに理想郷になれるからね。だ
が、べロボグは無理にそれを推し進めようとしたのだろう。自分が生きている間に求めた奴の
理想郷か。結局それは実現できなかったというわけか」
 そのようにリーは言うと、アリエルの前では今まで一度も見せなかった、苦笑した姿を見せる
のだった。
(トルーマン少佐。まもなく目標地点へと到着する)
 その時、通信が入った。リーは会話をしながらも、もちろん潜水艦の現在位置の画面を見て
いた。
「了解。すぐに作戦の第二段階へと移る」
 と、さらにそれに続けて、アリエルが、何かを耳にしたかのように頭に手をやった。
「どうした?」
「今、声がした。そう。この声、知っている。レーシーの声」
 アリエルはそう言った。『レッド・メモリアル』のデバイスによる通信だ。リーはそれを聞くことは
できないが、もうそれはわかってしまうことだ。
「何と言っている?」

 アリエルは自分の頭の中に響いてきた声に耳をやる。耳をやるといっても、自分自身が電話
機のようなものになっていて、耳によって聞いているわけではない。脳に埋め込まれたチップに
直接聞こえてくるものなのだから。
(アリエル、来たのね)
 それはレーシーの声。雑音混じりに聞こえてくる。混線した無線を聞いているかのような状態
だ。
「ええ、来たよ。すべてを終わらせるためにね。あなたが協力してくれるっていうのは本当な
の?」
(もちろんよ。お父様の王国を守るためならば、わたしは何だってするの)
 アリエルは心なしか、レーシーの声が大人びたものになっている事に気がついた。今までの
まだ何も知らない小娘が喋っている、そんな態度はあるが、どことなく雰囲気が違った。
「あなた、よく生きていたね」
 とアリエルが言った。まさしくその通り、あの《エレメント・ポイント》は海の奈落に沈没したかの
ようになってしまい、残骸が一部海面から露出しているような状態なのだ。
 そのような状況で生きているといっても想像もできない。
(まあ、肉体は死んだわ。でもね、人間て素晴らしい。お父様が教えてくれた。肉体は滅んでい
ても、その脳の中の電気信号やパターンを完璧にコピーできれば、コンピュータと同化できる
んだって。それがお父様が私にくれたものなの)
 そう言われても、アリエルにはよくわからない。レーシーも見た目は子供なのに難しい言葉を
使うものだ。
「今は、私独りではないけれども、それも分かっている?目的を達成するために同行してくれる
人」
 アリエルはそう言って確認をとろうとした。レーシー達が警戒心を強めてしまってはいけない。
 ほんの少しの後、屈託のない声と共にレーシーの言葉が帰ってきた。
(まあいいわ。その人なら知っている。いい人選ね。下手な軍人を連れてくるよりも、彼の方が
よほど分かっている)
「トルーマンさんにも聞こえるように話せる?」
 と、アリエルは言った。
(ええ、じゃあ通信機に入り込むわ)
 わかっているといった様子で、レーシーは行動した。するとリーもそれに呼応する。
「“組織”からの情報で、内部構造の様子は分かっている。だが、知りたいのは具体的に何を
するかだ」
 レーシーがリーに向かって言ってくる。だがそれはとても曖昧な返答だった。
(あなたはアリエルを安全に連れてきてくれればそれでいいわ。それ以外は余計なことをしない
で、いい?)
「もちろんわかっているさ」
 とリー。
「だが、《エレメント・ポイント》のほとんどの区画は水没したはずだ。君たちがいた、中央制御
室というところもすでに水没し、機能を失っている」
 リーは、《エレメント・ポイント》が水没した後の構造図を見てそう言った。
(ええ、確かに。でも、お父様はもし《エレメント・ポイント》が攻撃に遭ったときに何も対策を立て
ていなかったのではないわ。きちんと、シェルターを用意してあるの。中央制御室ほどのパワー
はないけれども、エネルギーの暴走を抑えることができる)
 レーシーがそのように言った。
「だが見取り図を見る限り、そのようなシェルター施設は無いものとなっているぞ」
 再び見取り図を見たリーがそのように言った。
(ええ、そうでしょうね。お父様はシェルターの場所を誰にも教えなかった。知ったのは、私が
『レッド・メモリアル』と一体になった時に初めてよ)
「よし、じゃあその場所へ案内してもらおうか。言っておくが、きちんと脱出ルートも確保してから
行く」
 リーがそっけなくそのように言うのだった。
「ええ、もちろん…」
 そのように答えたレーシーの言葉には、どこか含みがあるのだった。

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