レッド・メモリアル Episode12 第5章



タレス公国 緊急対策本部



 『ジュール連邦』との戦争に備えた対策本部はすでに『タレス公国』のみならず、『WNUA』内
の国々に備えられていたが、実際その機能を使う時が来るとは、誰しもが避けたい事だった。
 『ジュール連邦』と続く静戦も、いずれは連邦側の勢力が衰退するに従って、自然消滅する。
そう楽観的に考えるものもいた。
 だが、戦争に対しての備えは常に最新のものへと更新が進められており、昨日から稼働して
いる緊急対策本部の情報処理機器は、すでに最新のものとなっていた。
「我が国の軍の艦隊は、たった今、《アルタイブルグ》へとミサイル攻撃を行いました。目標はこ
ちらです」
 対策本部の円卓の前に立つ、軍の危機管理担当は、3D画面を操作しながら、『ジュール連
邦』西部の地図を表示し、そこに放物線を描くミサイルの弾道を示した。
「ミサイルは大型スカッドミサイルで、一発で半ブロックほどを破壊する事ができます。例え、敵
の拠点が地下にあろうとも無意味です。ミサイルは全てを破壊します」
 そう言う担当官の前で3D画面は展開し、『ジュール連邦』《アルタイブルグ》の街の立体図を
示した。
 《アルタイブルグ》の街並みは、西側諸国にとってみれば、30年から40年は過去の姿をして
いるように見えた。この街には高層ビルも建っていないし、複雑な立体交差を行う高速道路も
無い。鉄道も二本のレールの上を走るディーゼル機関のもので、何十年も野放しになっている
ような建物も幾つもあった。
 まさか、このような街から、この東側諸国の軍事の拠点である、《プロタゴラス空軍基地》に核
攻撃をしかけられるだけの勢力が現れるとは。
 『タレス公国』のカリスト大統領は全く信じられないといった様子で、3D画面へと見入ってい
た。
「何故、ミサイルを3発撃った? 1発で十分、そのテロリストの拠点を破壊できるのだろう?」
 カリスト大統領は、《アルタイブルグ》の街の北部に伸びて表示されている、3本の放物線を
指差して言った。
「大統領、これは戦争なのです。我々が攻撃したのは、テロリストの拠点では無く、『ジュール連
邦』の国、そのものなのです。『ジュール連邦』は自国内のテロリストを使い、我が国に核攻撃
を仕掛けました。ミサイル3発程度など、報復にはあまりにも小さすぎる攻撃です。大統領が命
じられるのならば、即座に首都へと向けて最大の被害を出す核攻撃を仕掛ける準備も進んで
います」
 そう言ったのは、『タレス公国』の軍事顧問代表だった。彼は軍の人間で、大統領の軍事的
判断に助言する立場にある。
「ああ、分かっている。それはよく、分かっている」
 カリスト大統領は相手の言葉を遮るかのごとくそう言った。実際、彼は相当に焦っていた。『ジ
ュール連邦』と戦争をする事になってしまった事に対して。そして、果たしてこの戦争を成功さ
せる事ができるかという事に対して。
 『ジュール連邦』側の勢力に勝つという自信はある。彼らの勢力、そして国力がいかに衰退し
ているかは知っていた。軍事力もこの『WNUA』側の七カ国のうちの一国にさえ満たないだろ
う。
 だが、戦争を果たして成功させる事ができるだろうか。何としてでも長期化、そして泥沼化す
るのは避けたい。世界規模の戦争になる事は確かだ。『ジュール連邦』側が予想以上の力を
有しており、長期の抵抗を示せば、戦争は長期化をし、他国の介入により世界大戦にまで発
展する。
 現在の世界の実情を考えれば、文明が破滅への道に辿る危険性もある。
 大統領はなるべく『ジュール連邦』の中枢を狙う攻撃を考えていた。《プロタゴラス空軍基地》
に攻撃を仕掛けた勢力に対してだけ攻撃できれば、『ジュール連邦』も降伏するだろう。彼ら
も、国土の全てを使い果たし、滅亡してまでも戦争をしたくはないはずだ。
 しかし、『タレス公国』の軍部は、『ジュール連邦』を徹底的に破壊し尽くす戦争を想定してい
る。
 『WNUA』側にある長距離弾道ミサイルを使えば、『ジュール連邦』の広大な国土を全て焦土
とする事も可能だ。
 だが、そんな事を命令すればどうなる? 自分は世界の人口の1割をも殺害した大量虐殺者
などと歴史に名を残す事になる。
「大統領。間もなく、ミサイルが《アルタイブルグ》の目標地点に着弾します」
 そう言われ、カリスト大統領は顔を上げた。
 彼の目の前には大画面の光学スクリーンに、《アルタイブルグ》の街の中にある一つの建物
が表示されている。そこは病院でかつ、『ジュール連邦』側が影で動かしているテロリストの拠
点だ。
 自分達の拠点を病院に置けば、攻撃されないとでも思っているのだろうか。
 だが、このミサイル攻撃により、無実の人々をも巻き添えにするのは避けられない事だった。
 逆に考えれば、この拠点を破壊すれば、昨日の《プロタゴラス空軍基地》で起きた壊滅的な
被害を都市部で起こされずに済む。結果的に多くの人間を救う事になる。カリスト大統領は自
分にそう言い聞かせた。



《アルタイブルグ》《チェルノ記念病院》



「セリア。人質は救出する。だが、あくまで目標はベロボグの奴だ。奴を捕らえる事を最優先に
考えろ」
 病院のホールを見つめ、リーはそのように呟いた。リーとセリアは天井裏におり、ホールに集
められた人質たちの姿を確認する。
 偶然病院にやって来た者や入院患者、職員、医師など、多くの人質がそこにはいる。おおよ
そその数は100人。
「人質救出は苦手だわ。専門分野外だもの。あなたはどうなの?」
 セリアがそっとリーに言った。リーは、
「軍の任務に専門分野外などないさ。敵の位置は覚えたか?」
 そう言うなり銃を抜く。
「ええ、覚えたわ。一気に奇襲をかけて、手っ取り早く片付ける。そっちの方が得意分野よ」
 そして、彼は懐から取り出した手榴弾くらいの大きさのカプセルを床へと落とした。
 床に落ちたカプセルは途端に白い煙を吐き出す。
 白い煙はあっという間に部屋の中へと充満していく。人質達は悲鳴を上げた。だがそんな悲
鳴や白い煙に構わず、リーは自分も天井を突き破り地面へと降り立つ。そしてすかさず銃の引
き金を引いた。
 彼の銃からは銃弾が吐き出され、白い煙によって視界が閉ざされているにも関わらず、次々
と的確に狙いを定めていた。
 ホールで人質達を見張っていたテロリスト達は、白い煙によって視界を奪われ、成すすべなく
リーの放つ光弾に打ち倒されていく。
 リーはホールにいたテロリストの位置をすでに全て記憶していた。敵の数は10人。マシンガ
ンで武装しているとはいえ、視界さえ奪ってしまえば何もできない。敵の位置を正確に把握して
いるリーの方が有利だった。
 リーはテロリスト達を圧倒し、圧倒今にその場にいる者達を倒していく。彼は全ての位置を把
握していたから、制圧には時間がかからなかった。
 煙幕として使われた煙がだんだんと晴れていく、地面に身を伏せている人質達、そしてリーに
よって打ち倒されたテロリスト達の姿が見えてくる。リーの狙いは正確で、人質達には全く危害
を与えることなく、全てのテロリストを打ち倒していた。
 しかしその時、リーは真横からやって来た突然の衝撃に思わず身を伏せた。その衝撃は、あ
たかも衝撃波であるかのようにリーを煽り、彼の体を押し倒した。
 直撃はしていなかったが、リーは何がその方向から飛んで来たのかを理解した。それは散弾
で、ショットガンから放たれたものだ。リーのスーツを掠り、損傷を与えている。
 地面に倒れ込んだものの、リーはすぐに身を起こそうとした。だがそこにはショットガンを構
え、その銃口をリーへと向けている女の姿があった。
 年の頃は18歳くらいだ。まだ子供と言っても良いくらいの年齢だが、その姿はどことなく大人
びている。
 だが、ショットガンやら服装やらで、わざと大人びた姿を見せていると言ってもいいような姿
だ。自分の子供じみた姿を隠すように、そうした格好をしているのだ。
 そんな、リーからしてみれば小娘くらいにしか見えないような者が、彼に向かって銃口を向け
ている。



 シャーリは、自分が銃口を向けている男の事については知らなかったが、彼が所属している
組織、そしてどこの国からやって来た人物かは知っていた。
 この男は、西側諸国の『タレス公国』からやって来た男だ。つまりはこの国の敵であるという
男。シャーリ達がいる組織の、そして彼女の父の敵というだけの意味ではない、この国の敵で
もある。
 敵の敵は決して味方なのではなく、更に敵であるのだ。
「お前は何者よ?」
 その場で撃ち殺してやっても良かったが、お父様からは、『タレス公国』側の人間を抹殺しろ
との命令は出ていない。不用意に敵を殺傷する事はお父様から戒められている。だから、シャ
ーリはすぐには目の前の男を倒すつもりはなかった。
 目の前のスーツ姿の男は何も答える事はしない。逆に自分に反抗するかのような目を見せ、
立ち上がろうとしている。
 その目も、態度も気に入らない。
「ほら、立ち上がるんじゃないわよ! わたしの部下を殺しやがって! そうそう? もう一人は
どこにいるの? もう一人、来ているでしょう? 知ってんのよ、あんた達の事は」
 シャーリは自分の使っている『ジュール連邦』の言葉でそう言った。彼女の言った言葉が相手
に理解できているかは分からないが、わざわざこの国までやって来ているのだ。理解できるは
ずだろう。
 だが、相手の男は何も言って来ない。言葉が理解できないと言う訳ではなさそうだ。そうだっ
たら、自分の国の言葉を発しながら慌てふためく姿を見せるだろう。
 こいつも人質。そう考える事にした。病院の患者や医師、看護師以外の軍事関係者は敵とみ
なして良いとお父様は言っていた。だからこの男も『ジュール連邦』の軍事関係者や政府の人
間と見てやろう。
 シャーリはショットガンの引き金に手をかけた。さっきの戦いぶりを見る限り、この男も『能力
者』であるようだったが、この至近距離。彼は自分の『能力』を発することなくショットガンの弾を
食らうだろう。
 しかしシャーリはその時、横からやって来た衝撃に身構えた。防御が遅かったせいで、シャー
リの体は病院のホールを何メートルも吹き飛ばされると、壁へと背中から激突した。
 顔を上げると、スーツ姿の男のそばに、真っ白なスーツを着た長い金髪の女が立っている。
 彼女はシャーリに向かって拳を突き出している。その拳はオレンジ色に光っており、まるで炎
を纏っているようだった。
 実際、シャーリは自分の服の一部分が焦げている事を知った。どうやら、あの男についてき
た女の方も『能力者』らしい。
 しかもかなりの攻撃力だ。一撃でシャーリの体を何メートルも吹き飛ばしている。
 それだけの『能力者』がお父様に何をしに来たと言うのだろう。答えはただ一つしか無い。彼
らはお父様を捕らえに来たに違いない。『タレス公国』の連中は自分たちをテロリストとして捕ら
えたがっている事くらい、シャーリも良く知っていた。
 シャーリはその場から立ち上がる。床に転がったショットガンを手にし、すぐに白いスーツの
女の方へと向けた。
 シャーリはすかさず容赦する事無くショットガンの弾を発砲した。激しい破裂音が一定間隔で
病院のロビーの中に響き渡り、シャーリのショットガンから次々と弾が発射される。
 だが、女の方はと言うと、自らの拳で散弾をたたき落としてくる。彼女の体はオレンジ色の炎
のようなものに包まれ、ショットガンの弾など、蠅を叩き落とすがごとく、まるで通用していない。
 銃弾のスピードについてくる事ができ、しかも拳で銃弾を弾く事ができる。それは相当な『高
能力者』であるという事を示していた。こんな『高能力者』がこの地にやって来るとは。
 シャーリは銃弾を弾き返しながら、自分にじわじわと近寄ってくる女と視線を合わせていた。
 しかも、この女には何かを感じる。ただこの場にやって来た『タレス公国』の人間で『高能力
者』であるという以上の、何か強力な存在を感じる。
 女が、ある程度まで近づいて来た時、シャーリはとっさにショットガンの銃底を使い、接近戦
に転じた。女はまるで火そのものであるかのようなものを纏っている。だが、シャーリは臆する
ことなく、女に対して接近戦を仕掛け、銃底を武器として使い、攻撃を仕掛ける。
 女の方はと言うと、何かの格術に長けているらしく、突き出したシャーリのショットガンの銃底
を叩き起こし、シャーリに向かって拳を繰り出してきた。その拳からは火が吐き出され、シャー
リはその衝撃で、再び吹き飛ばされそうになるが、今度はほんの2メートルほどで済んだ。
 着ていた上着の袖の部分が焼け焦げたが、彼女の皮膚の部分は銀色の膜のようなものが
覆っており、焦げてさえいない。
(話には聞いていたけれども、あなたがテロリストを率いている女ね。そして、あなたも『能力
者』。あなたの体には金属のようなものが覆っている)
 女はシャーリと一定距離を保ちながらそう言って来た。シャーリにとって母国語でない『タレス
語』は聴きとりづらかったが、そのような事を言っているのだろうと彼女は思った。
 相手に言葉が理解できるか分からないが、シャーリは答える。
「私の体に金属が覆っているんじゃあ、ないわ」
 するとシャーリはその口元ににやりとさせた。女の足下に転がっているシャーリが放った銃弾
は、まるでナメクジが這うかのように、女の足元へと動いていき、彼女の脚を覆っていく。
 液体金属のように女の体を這いあがって行く金属は、やがて再び硬い金属となり、ショットガ
ンの銃弾として放った時とは、全く異なる形状となって女の脚をスーツの上から覆った。
 シャーリは身動きが取れなくなった女の背後から、その腕をしっかりと拘束した。女の腕は何
やら炎のように包まれていたが、シャーリの金属の膜に覆われた手では熱さにも耐えられる。
 熱いという感覚はシャーリにもあるのだが、それは大した熱さではない。女の腕は、金属を溶
かすほどのものではないようだ。
「わたしの体を金属が覆っているんじゃあなくって、私の中を金属が流れているのよ、そう、血
液中をね、私のショットガンの弾の正体を教えてあげる。それは、私の血液から造られた弾な
の。私の体を離れても、私は自分の血液の中の鉄を自在に操れるし、それを色々な形に変え
る事もできる。それが、わたしの『能力』」
 シャーリはそのように言いながら、この女をどうしてやろうかと思った。腰ほどにまで伸びてい
る長い金色の髪、真っ白な肌。全てが西側世界の人間を表している。
 シャーリは西側世界の人間が、気に入らなくて仕方が無かった。こちらの世界が不幸なのも
何もかも全て、西側世界の人間のせいだとシャーリは思っていた。学校で習った歴史、そして、
自分が見てきた事、現実のものとして体感してきた事全てで知っている。
「どうして欲しい? おばさん? どうやって痛めつけて欲しい?」
 自分の倍くらいの年齢はあろうかという女に対して、シャーリは耳元でささやく。どんな相手で
あろうと、自分の方が優位に立て、優越感に浸れる。シャーリはその瞬間が大好きだった。
 だが、女は言ってくる。
(あなたの言って来た言葉の意味は良く分からないけれども、それが侮辱の言葉だって事だけ
は分かったわ)
 そのように女が言って来たかと思うと、次の瞬間、シャーリは思い切り顎を殴りあげられてい
た。彼女の体に金属の被膜が覆っていようと、女が突き上げてきた拳は猛烈なものであり、シ
ャーリの体を浮かす事さえできていた。



 セリアが殴り上げた少女の体は、そのまま病院のロビーのベンチをひっくり返しながら落ちて
きた。
 この少女の持つ能力であろう金属の力は、シャーリが高熱を加えることで十分に溶かしてし
まう事ができるものだった。この金属はステンレスか、何なのか。非常に頑丈な金属で、引っ張
ったりしただけでは壊れないようなものだ。
 そんな金属がまるで液体であるかのように動き、自分の体を拘束していた。金属を液体のよ
うに動かし、それをショットガンの弾として放ってくる少女。厄介な存在がテロリストの中にいた
ものだ。
 吹き飛ばした少女が、ゆっくりと崩れたベンチから立ち上がろうとしてきている。その顔は恐
ろしく、半ば冷静さを失っている事が分かる。何故この少女が顔の片方の部分を髪で隠してい
るのかが分かった。
 この少女は片方の目を失っているようだ。顔にははっきりと分かるほどの傷跡が刻まれてい
た。
 彼女は体を起こしながら、ショットガンを向けてくる。
 『高能力者』特有の高い身体能力が、セリアの攻撃にも彼女を耐えさせた。
 セリアは目の前で立ち上がろうとしている少女を見つめながら、白い煙が覆っている周囲を
見回す。
「リー?」
 と、共にやって来た仲間の名を呟く。だが、あのリーはどこにもいる気配が無い。今は2対1。
このショットガンを持った片目を隠している少女に対しては、圧倒的に有利なはずだったのだ
が。
(どこを見ている!)
 少女がセリアには分からない言葉を言い放ちながら、彼女に向けてショットガンを突き出して
きた。
 だがセリアは気に取られてしまう。あのリーは一体どこへと行ったのだ?
 セリア達に与えられている群からの任務は、ベロボグ・チェルノを逮捕する事。この場はシャ
ーリに任せて彼はどこかへと行ってしまったのだろうか。
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