レッド・メモリアル Episode13 第3章



国道310号線
5:18P.M.


「私は長年、ある目的の為にずっと『タレス公国軍』の中に潜入していた。偽りの身分を持ち、
軍の将校としての顔も持っていたが、それはある目的の為だ。私は軍の人間でもあるが、同時
にある組織にも属している。その組織の目的の為に動いてきた」
 リーはずっと前を見ながら、北の大地へと車を走らせ続けた。周囲がタイガの大地から、針
葉樹林の森に変わっていく。どうやら北から東の方に進路を変えているようだ。道の遠くの方
に山が見え始めている。
「私を、こうして連れ去るためですか?」
 アリエルは少し戸惑いながらもそのように尋ねるのだった。
「連れ去るという表現は不適切かもしれない。私達にとって、君は害の無い人間だ。しかしなが
ら、ベロボグ・チェルノの手に渡るとなれば、危険な存在になる。ベロボグは自分の娘達をテロ
リストにするような人間だ。そして、何かを企んでいる。
 その企みの一つが、今回の戦争だ。奴は物事を世界規模で動かすほどの権力を持ってい
る」
 リーは何の感情も篭めないかのような声で、そのように言っていた。アリエルにとっては、彼
のそのまるで生気の無いかのような表情が、時折恐ろしくも見えたが、それは攻撃的なもので
は無い。あの、シャーリ達、テロリストらが向けていたものに比べれば、明らかに違う。
 とりあえず、アリエルはリーにつき従った。例え彼が自分を何かに利用しようとしているとして
も、今は彼に反抗しないようにしよう、そう思っていた。
「企んでいるって? 私の父だとかいう、そのベロボグという人は、死んだんでしょう? もう企
みも何も無いはずなのでは?」
 アリエルは、実際、自分の父親と名乗っていたあの男が死んだ瞬間を見たわけでは無かっ
たが、そう尋ねるのだった。
 リーは相変わらず感情を篭めないような表情のまま、フロントガラスから先を見つめ答えてく
る。
「ああ、ベロボグは公式には死んだと知られている。だが、例え奴が死んだとしても、奴が築き
あげた組織は巨大だ。奴の後継者や残党が、計画を推し進めるだろう。現に世界は、ベロボ
グの奴が企んだ通りに動き出している。
 『ジュール連邦』と『WNUA』の戦争を引き起こし。アリエル、君を懐柔しようとした。そして次
は何だ? 我々はそれを危惧している」
 リーが時折言ってくる、我々という表現。それは彼が所属している軍のものとはまた違った意
味での言葉のようにアリエルには聞こえていた。
「その、あなた方と言うのは、一体、どのような事をしている人達なんですか…?」
 アリエルは恐る恐る彼に尋ねた。
 リーは少し黙った。どうやってアリエルの質問に対して答えようか、言葉を選んでいるかのよ
うだった。
 やがて彼は言ってくる。
「我々の組織は、長年、ベロボグのような組織や、テロリスト、そして危険視されている国家な
どを監視してきた。我々の組織は表面に出る事は無く、どのような国にさえもその存在を知ら
れていない。
 だが目的は一つ、人道的な方法によって、世界の安定を目指している。ベロボグは世界を戦
争を利用する事によって変えようとしているようだが、我々はそうではなく、世界を安定させる
ために動いている。戦争、国ごとの軋轢、それを意図的に回避するために私のような者が各
国に派遣され、動いている」
 そのようにリーは説明してきた。だがアリエルにとっては、戦争も国も、そして世界の安定と
言う言葉も、とてつもなく大きく、そして自分とはかけ離れた存在であるかのように思えていた。
 何しろ、つい一週間前までは普通の高校生として生活していたのに、突然そのように巨大な
話をされてしまっても困る。
 大体、このリー・トルーマンという男は、ただの高校生でしか無い自分をどうしようと言うのだ
ろう。
「私を一体、どうしようって言うんです?」
 アリエルは、自分の思っている言葉をそのまま口に出して言った。リーはすぐに言葉を返して
くる。
「君が、あのベロボグ・チェルノの娘だからだ。それは我々もすぐに掴み、君を保護したかった
が、国家安全保安局や、ベロボグに邪魔をされてしまっていた。
 何故自分が、と思うだろう? だが、ベロボグは確かに君と、君の母親を狙っていた。何故君
が狙われるのか、君も知らなければ、私も知らない。だが、ベロボグともあろう者が、君を狙っ
ているのならば、それには何か大きな意味があるはずだ。そう。死んでからでも、部下に君を
狙わせるのは、非常に大きな目的がある。それこそ、君が狙われる理由は、戦争を起こす事
よりも大きな目的があるからなのだ」
 リーははっきりと言った。しかし彼に言葉にアリエルは戸惑わざるを得なかった。理由なんて
そもそもあるのだろうか。
 アリエルは、つい最近まで、自分はただの女子高生でしかないと思っていた。ただ、他人や
何かに縛られるのが嫌で、そんな巨大な世界の組織の渦に巻き込まれることこそ、アリエルが
最も嫌悪している事でもあった。
 それなのに、今、自分が巨大な渦の中にいる事を、アリエルは痛感している。それもその巨
大な渦の中心にいる存在こそが、正に自分自身だったのだ。


《ボルベルブイリ》国家安全保安局
6:13 P.M.


 シャーリ・ジェーホフに対する拷問は数時間に及んだ。
 だが、シャーリは自分や、ベロボグ・チェルノの組織に関する事は、一切口にせず、ただ拷問
に身を任せるだけだった。
 彼女は後ろ手に縛られている上に、『能力者』ウラジミールの放つ電流によって何度も電流を
流されていた。額には火傷の跡がくっきりと残っていたが、最後には彼女は声を上げる事さえ
せず、ただその電流に身を任せているかのようだった。
「意識を失った」
 ウラジミールがそう言った。
「ああそうか。だったら、さっさと起こして続けろ」
 自分自身も少し休憩を置いてから戻ってきたストロフは、ぶっきらぼうにウラジミールに言っ
たが、
「あのな、おれまで拷問する気か? もう数時間も電流を流しているんだぞ。おれだってそろそ
ろ限界なんだ。あとはあんたらが何とかしてくれ」
 ウラジミールはそのように言って来たが、ストロフはテーブルを叩くなり彼に言い放った。
「戦時中にそんな事を言っていられるか!」
 そして彼はシャーリの顔へと目を向ける。その顔はかなり充血しており、垂れ下がった赤毛
が顔に汗で貼りついているほどだった。
 死んではいないが、意識を失っている。呼吸を深くしている。
 ウラジミールが与えている苦痛は、普通の人間であっても、とても数時間耐えられるものでは
ない。だがこの娘は、自分の体内に金属が流れているという特異体質、つまりは電流が流れ
やすい体だというのにその苦痛に耐えているのだ。
「他に拷問の方法は無いのか?」
 ストロフはシャーリへと睨むような視線を向けながら尋ねた。
「俺が知るか」
 ウラジミールがぶっきらぼうな様子でそう言って来た。
「この女には、肉体的苦痛が効かない。銃で撃とうが何をしようが、こいつの体には通用しな
い。通用するとしたら電流を流すことぐらいだ。それが唯一の弱点。そうだろう? しかもこの
女の身よりは死んだ。妹も、父親も、昨日の空爆で死んだ。弱みも無い」
 となると、このシャーリからベロボグ達の組織の情報を聞きだす事はできない。そう言ってい
るも同然だった。
 だが、ストロフには今、それしかなす術が無かった。《アルタイブルグ》の病院にいたテロリス
トの生き残りはシャーリだけだったし、今、ベロボグ達組織の足取りもまったくつかめていない
のだ。
 だがストロフはこのシャーリを、戦犯として尋問しなければならない。こんな小娘から何も聞き
出せなかったなどと、上司に言えたものでは無かった。
「…いいわ。教えてあげる」
 ストロフ達が、八方塞がりになりかけた時、突然、シャーリは口を開いた。
 ストロフは反応し、彼女の言葉に耳を傾ける。
「…お父様は、まだ生きている。そして、戦争はただの手始めに過ぎない。本当に大切なのは
これから。お父様の目的について、あなた達はまだほんの少しも知らない。最高だわ…」
「最高? どういう事だ?」
 ストロフはシャーリの声に尋ねた。するとシャーリは弱々しい声ながらも、確かな響きを持つ
声を発してくる。
「この国が、滅びるのがよ…。あなた達は、『スザム共和国』の子供達に随分、酷い事をしてき
ているわね。それこそ、言葉で言い表せないくらい非道の限りを尽くしてきている。わたしと、お
父様がその国の出身であることぐらい、もう知っているでしょう? 今までは、この国に対抗す
る事のできる勢力は無かった。でも今は違う」
「あいにく俺は、首都圏勤務なんでな。『スザム共和国』方面の事は知らん」
「無関心は、最大の悪逆なり」
 ストロフの言葉を遮り、シャーリがそう言った。
「は? 何を言っている?」
「お父様の言葉だわ。わたしは、この国の学校に通っていたし、この国の連中を幾らでも見て
きた。だけれどもね、誰を見てもわたしは虫唾が走った。皆ね、世界の、ほんの1,000km離
れている所で起こっている事を知らないの。
 そして、わたし達を悪人とするのよ。バスが吹っ飛べばわたし達のせい、銀行強盗が起これ
ばわたし達のせいってね…」
「実際、貴様は病院で人質を取っていただろうが」
 ストロフは言い放つが、
「だからお父様は、まずこの国を打ち倒す事を望んだ。この『ジュール連邦』はいくら周辺諸国
に影響力があっても、西側には負ける。だから戦争を起こせば良いってだけよ。と、わたしが
言っても、もう戦争は始まっているから、止めようがないわよね。あははは、いい様だわ」
「ふざけやがって!」
 ストロフは悪態をつく。できる事ならこの女の顔を殴ってやりたかったが、そんな事でもすれ
ば自分の手の方が怪我をする事を知っていた。だから悪態をつくしかなかった。
「ふざけやがって? それを言いたいのはこっちの方よ。あなた達は『スザム共和国』で、難民
キャンプの一つを空爆したでしょう? その時にわたしも左目を失った。実は左腕もね。今ある
左腕は、その空爆で死んだ別の子のものよ。
 その時にわたしも思ったの、あなた達に対して、ふざけやがってってね」
 シャーリはストロフに向かって変わらぬ目で言って来た。
 この小娘が、左目を失っており、その顔に深い傷を負っている事を知った時は、ストロフもた
だの小娘とは思わなかったが、どうやら『スザム共和国』側の人間であると言う事は分かった。
 『WNUA』側はもちろんだが、『ジュール連邦』は『スザム共和国』という、国は独立を認めて
いない地域に対しての、領土問題、人種問題も抱えている。
 だが、その事で責められるのはストロフにとっては心外だ。あれは政府がやっている事であ
り、彼自身は何も関係が無い。
「『スザム共和国』の事は今は関係ない。お前には洗いざらい吐いてもらう。いいか? お前が
死んでも拷問を続けてやる。どうせ、ベロボグ・チェルノの陰謀は終わりだ!」
 ストロフは尋問室の中に響き渡る声でそのように言い放ったが、シャーリは再び微笑を見せ
たまま彼に向かって言ってくるのだった。
「いいわ…。もっとやって頂戴。何だか、どんどん快感になってきちゃったみたいだからね…」
 シャーリのその言葉に対し、ストロフは彼女を嫌悪の眼差しで見る事しかできなかった。
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