レッド・メモリアル Episode13 第4章



《アルタイブルグ》近郊の『WNUA』軍侵攻地帯
8:08 P.M.


 『ジュール連邦』の白夜で日が長い中、セリアとフェイリンは、『WNUA軍』が侵攻してきてい
る、《アルタイブルグ》の陣地の一つにやって来ていた。
 そこは戦場の最前線の一つであったが、『ジュール連邦』は首都攻撃に備えているらしく、セ
リア達がやって来た時は、《アルタイブルグ》の街は静かなものだった。すでに《アルタイブル
グ》の街に対しては、空爆をきっかけとして制圧が進められているらしい。
 戦車や装甲車が行きかい、開戦から2日経った今の段階ですら、次々と『WNUA』軍は『ジュ
ール連邦』内へと攻め入って来ていた。
 住民たちの抵抗は少ないらしい。彼らは逆に『ジュール連邦』の荒廃した社会よりも西側の発
展した社会を望んでいるらしい。社会主義急進派を除けば、抵抗するよりも従った方が無難だ
と思っているせいだろう。
 セリアとフェイリンは、『タレス公国軍』特別捜査官、および臨時捜査官の身分証を見せた事
で特別に陣営の中へと案内された。
 セリアは、リーに撃たれた傷を応急処置して貰っている所だった。彼女のすぐそばにはフェイ
リンがいて、更に熊のような体躯の軍服を着た男がいた。
「いい? 大佐でしたっけ? すぐにこのリー・トルーマンという男を指名手配してください。こい
つは、この『ジュール連邦』側のスパイだったかもしれない。何よりも、わたしを撃って、重要参
考人を拉致したんですからね!」
 セリアは肩を撃たれていたも気丈に振る舞い、《アルタイブルグ》侵攻部隊を指揮している大
佐にそのように言っていた。
 その大佐というのは、『WNUA』加盟国の『プリンキア共和国』の軍の人間で、かなり訛った
『タレス語』でセリアに向かって答えて来ていた。
「トルーマン少佐は現在捜索をしている。だが、戦時下の国ではそう上手くも行かない。衛星で
追跡したところ、彼は西へと向かっている。西には、《ボルベルブイリ》の街がある。そこに向か
っている可能性がある」
「そう? 応急処置は済んだ? 大佐。わたしはあの男に騙され、この地に来たんです。何故、
あの男が、アリエル・アルンツェンという子を拉致したのは分かりませんが、これは…」
 セリアが応急処置を終えたばかりの体を起こし、立ち上がるものの、彼女の目の前には大佐
が立ち塞がった。
「セリア・ルーウェンス捜査官。君は現在停職中とのことだ。すぐに君の国に連れ変えるように
言われている。捜査は我々に任せ、帰国せよとの命令がある。この国にいても良い事は何も
無いぞ」
「リー・トルーマンの事を知っているのは、わたしだけよ、大佐…」
 セリアはそう言いかけたが、大佐は何も言わずに負傷兵用のテントから外へと出て行ってし
まった。
「どうするの? セリア? やっぱり、帰る?」
 フェイリンがそのようにセリアに尋ねてくるが、セリアは気丈に言った。もう肩を撃たれた傷の
痛みなど感じていないかのようである。
「いいえ、わたしが執念深く、恥を負わせた奴を許さないのは知っているでしょう?あのリー・ト
ルーマン。わたし達を利用しようとしたのよ。許せないわね。それに、聴きださなきゃあならない
事もあるし」
 セリアは医療テント内の椅子から立ち上がるなり、新しく渡された白いシャツを羽織りだした。
「それって、あなたの娘さんの事?」
「ええ、そうよ。あのリー・トルーマンは私の娘の事を知っている。でも、どういう訳でわたしを呼
び出したのか分からない。分からないことだらけ。このままにしておけると思う?どうせわたし
が停職なら停職でいいでしょ。それに、どうせ臨時で軍に呼び出されたって事になっているんだ
から、ってちょっと!」
 セリアはそこで言葉を言いかけ、軍の医師に言葉を投げかけた。
「はい?どうかされました?」
 戦争の最前線に派遣された軍医は忙しそうな様子だったが、セリアに呼ばれ姿を見せた。
「白いスーツは無いの?わたしに軍服を着ていろと?前に着ていた奴は、リーの奴のお陰で血
だらけにされたんだから」
 と不平を言い放った。だが医師は困った様子で。
「そんな、ここにはそんなものはありませんよ。それに外の寒さは『タレス公国』とは違うんです
から、防寒着を着てください。傷に悪いですよ」
 するとセリアは鼻で息を鳴らし、医師から渡された防寒着を手に取った。それはフードもつい
たとても暖かそうなものではあったけれども、軍用のものでセリアの好みとは欠け放たれてい
た。
「行くわよフェイリン」
 と言うなり、セリアはフェイリンを伴ってその医療テントから外に出た。
「まだ安静にしていないと! 薬があるんですよ!」
 という声がテントの中から聞こえてきたような気がしたが、セリアは既に渡されていた痛み止
めと、化膿予防の薬をコートのポケットに突っ込み、何事も無かったかのように外に出た。
「何で、わたしまで。国に戻れば仕事があるのに…」
 フェイリンはそのように不平を漏らしていたが、セリアは彼女に言った。
「国に戻るフリをして、リーの奴を見つけるのよ。あなただけが頼りだわフェイリン。わたしが停
職中であろうとなかろうと、奴を見つける事が事件の解決につながるの。何しろ、あいつは軍を
裏切ったんだからね!」
 そう言うなり、セリアはフェイリンよりも力強い足取りで、前線基地の中を歩きだした。


9:12 P.M.


 白夜の夜はリーが想像していたよりも長いものだった。まだ日の光が差し込んできている。こ
こは針葉樹林帯の一角で、どの町からも200km以上離れた人里離れた森林の中だった。森
林の中を道路だけが1本走っている。
「まずいな。軍に我々の居所がバレた」
 リーはそんな森林地帯の一角に車を停車させ、フェイリンから奪って来た携帯端末をチェック
してそう言った。
 そこにはグリッド線の中にこの一帯の地図が表示されており、そこに赤いポイントがあられ、
中央へと近づいてきている事を示している。
「それって、どういう事ですか?」
 アリエルが心配そうな声でそう尋ねてきた。リーは『ジュール語』で彼女を安心させようという
口調で話し始めた。
「いいか、我々はこの地方にまで侵攻してきた『WNUA』の軍に追われている。私が独断で行
動しているのだろうと思っているのだからな。だが、捕まるわけにはいかない。我々は軍に捕ま
るよりも前に、ある人物の所にまでいく必要がある」
 と言うなり、リーは停車させた車の中でシートベルトを外し、運転席と助手席の間にセットして
おいた端末を取り出すと外に出た。車の外は、肌寒い外気に包まれている。リーは更に後部
座席から防寒具も取り出した。
「ある人物って、誰ですか」
 アリエルも同じように車の外に出てきてリーに尋ねた。
「それは、私が本来の仕事をしている同志の一人だ。君のしかるべき扱い方を知っているし、
ベロボグ達からも君を守ってくれるだろう」
 そう言うなり、リーはアリエルの方へと防寒具を一つ渡してきた。アリエルの着ているライダー
スだけでは、この山岳地方はあまりにも寒かった。
「車なしで、どうやって行くんですか? ここには何も無いんですよ」
 アリエルはそう言ったが、リーにはすでに考えがあった。
 どうか近くから、周囲に響き渡るかのようにして、汽笛の音が聞こえてきていた。汽笛は鳴り
響き、それを鳴らしているものは、どうやら近づいてきているようである。
「あれを使おう。私の同志とは安全な場所で落ち合う事になっている」
 そのようにリーは言い、車をその場所に置き去りにして動き始めた。
「軍には衛星を使って居場所を追跡されたんだ。森の中を行こう。深い森の中ならば、空から
は位置が分からない」
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