レッド・メモリアル Episode14 第2章



 ベロボグ・チェルノは日が暮れるまでその飛行を続けた。レーシーの体を庇いながら、なるべ
く彼女に高速飛行の風圧を受けさせないように。
 ベロボグの体は、今や戦闘機と融合したかのような姿となっていた。それも、『ジュール連邦』
にある時代遅れの戦闘機とは違う。『WNUA』軍の持つ最新型のステルス戦闘機と融合してい
た。
 ステルス戦闘機のパイロットが見るべき、そして操作すべき情報が、全て脳の中に流れ込ん
でくる。頭の中でそれを理解し、上手く戦闘機をコントロールする。ほぼ自動操縦で飛ぶ事が
出来たが、ベロボグはまだこの『能力』を完璧には使いこなしていない。
 その気になれば、ミサイルを発射する事もできる。その操作も理解した。レーダーのシステ
ム、更にはステルス機能さえも理解していく。
 レーシーの『能力』は素晴らしかった。全ての機械物と融合する事ができる彼女の『能力』
は、これからベロボグが起こそうとしている計画の中で、最大の働きを見せてくれるだろう。
 そしてこのレーシーの『能力』を吸収する事が出来たからこそ、ベロボグはあのミサイル攻撃
から生き残る事が出来た。『能力』の吸収は体にとって大きな負担となりうる。特にレーシーが
持っているような強力な力を取り込んだ場合、脳腫瘍が再発する可能性がある。
 脳腫瘍ができ、体が死に瀕していくにつれ、今まで吸収していた『能力』が次々と失われてい
くのをベロボグは感じていた。
 病となり倒れるまで、この『能力』を吸収すると言う自分の『力』を過度に使ってしまっていた
が、今は抑制するようにしよう。当面はレーシーの持つ『能力』だけで十分だ。彼女自身、あた
かも兵器庫であるかのように大量の銃火器をその身にとりこんでおり、恐ろしいまでの『能力
者』と化している。
 それを全て吸収する事ができてしまったベロボグは、レーシーと同じ存在。恐ろしい兵器格納
庫になったようなものだ。しかもベロボグはそれを自分の意志で操作する事ができる。
 彼の体はやがて『ジュール連邦』の大陸を越え、東側と西側の世界との間に広がる、広大な
大洋に向かっていた。
 今、この大洋を挟んで二つの巨大な勢力は戦争を行っている。だが、ベロボグは『WNUA』
の艦隊にも『ジュール連邦』の艦隊にも要は無い。彼のステルス戦闘機と融合した体は北の方
向へと進路を取った。
 大洋を横切る際、何者ものレーダーにキャッチされるわけにはいかない。ベロボグは自らの
意志で、一体化しているステルス戦闘機のステルスモードを入れている。これから彼らが目指
している場所の存在は、誰にも知られるわけにはいかないのだ。
「お父様?」
 ベロボグの腕の中で、レーシーが目覚めたようだ。あのミサイル攻撃から庇ってやったの
は、ベロボグ自身。レーシーの能力のお陰でベロボグにも大したダメージは無く、レーシーはほ
ぼ無傷だった。
「お父様。わたしの力を取りこんだんだね? これで、ついに無敵のお父様ができたね!」
 レーシーはベロボグの姿を見て歓喜の声を上げた。だがベロボグは真剣に顔を正面へと見
定め、更に北の冷たい大気に包まれた大地へと向かう。
「ていう事は、レーシーはもうあの力を使えないの?機械達と一緒になる事ができる、あの力を
使う事が出来ないの?わたしの力はお父様に取りこまれてしまったから?」
 心配そうな顔でレーシーが言って来た。ベロボグはレーシーの顔を見ると、彼女の心配そうな
顔に心を打たれ、しかと答えた。
「そうではない。そうではないのだ、我が娘よ。確かに私はお前の力を取りこんだ。だが、お前
にもきちんと力は残してある。お前に力を残すか否かは私が決める事ができる。レーシーよ。
お前にはまだやってもらわなければならない事がある。わが愛する娘であるお前には、私のた
めにこれからも働いてもらいたい」
 そう言いつつ、ベロボグは手を伸ばして空中でレーシーの頭を撫でた。大分髪が傷んでいる
ようだ。ここのところ、このまだ幼い娘には過酷に仕事をさせ過ぎたかもしれない。
「じゃあ、レーシーは、お父様と一緒に飛行機になって飛ぶ事もできるの?」
 反して、レーシーは喜びに満ちあふれたかのような顔で、ベロボグを見てきた。
「ああ、できるとも。飛ぼうではないか。但し、我々の邪魔をする人達が見ている。ステルスモー
ドはオンにしておくのだ」
 ベロボグがそのように言うと、レーシーは自ら彼の手から離れ、宙に舞った。
「それ!」
 レーシーの体が変化をする。その巨大な質量はどこに篭められているのか、まるで孔雀が尾
を広げるかのごとく、レーシーの肉体からは一気に大きな金属の質量が現れ、レーシーの背
中に、ステルス戦闘機の翼を作り上げた。
 戦闘機はベロボグのものと同じように、完全に彼女と一体化をし、操作回路は脳と直結して
いる為、彼女が自在に動かす事ができる。
 レーシーはとても満足げな表情をしながら、ベロボグと共に宙空を舞った。
 それから30分ほどもした頃、ベロボグ達の視界には一つの施設が見えてきた。ベロボグは
レーシーから取りこんだレーダーを使い、その施設の存在をしっかりと確認する。
「見えてきたぞ、レーシー。あそこに着陸する」
 前方に見えてきた、北の海に立つ大きな施設。それは海中から突き出した塔のようにも見え
る。見たところ、石油採掘基地のようにも見えるが、実際はそうではない。赤い鉄骨で作られた
塔のような施設は、ベロボグ達以外、その存在を誰にも知られていない。
 施設は今だ建設中であり、同時に稼働中でもあった。ベロボグはこの施設がきちんと稼働し
ているのを確認しながら、そこに設けられたヘリポートを目指した。
 上空を航行中、すでにこの施設の主任に無線で連絡を入れていたから、彼が出迎えてくれる
ようだ。ベロボグとレーシーは並んでヘリポートを目指し、共に降り立った。
 戦闘機が着陸するには滑走路が必要だったが、人体と一体化している彼らにその必要は無
かった。減速した上で、一体化をした翼を閉じれば、ヘリが降り立つかのように静かにヘリポー
トに降りる事ができる。
 体に重みとしてやってくる疲労をベロボグは感じた。初めてレーシーの力を使ったのだ。その
レーシーの力は、非常に体に負担をかける。何しろ肉体を変形させるのだから。
 レーシーは慣れ切ったように平然とした顔をしているが、ベロボグは着陸後、すぐには立つ事
が出来なかった。肉体を変形させる『能力者』がここまで体を酷使していたとは、まだ自分も体
が完全な状態には戻っていない。だからここまで体に負担がかかるのか。
 ベロボグは、ヘリポートの上に手をつき、しばし立つ事ができない。
「大丈夫ですか?チェルノ様?まだ、お身体が完全では無いのでは?」
 心配した様子で施設の主任がベロボグに言って来た。彼はベロボグの巨体に肩を貸そうとす
る。
 だがベロボグは彼の申し出を遮り、ふらつきながらもその足を立たせた。
「いや、大丈夫だ。問題ない。慣れぬ力を使ったのでな。少々、肉体的な負担が大きかったら
しい」
 そのように言いながらベロボグは主任が渡してきた上着を羽織る。レーシーの能力を使って
いた時は気にならなかったが、ここは北の海に位置しており、『ジュール連邦』領土内に比べて
もかなり寒い場所だった。上着を身につけなければ突き刺すような冷たい空気が刺してくる。
そんな場所だ。
「こちらの方は問題ないか?」
 ベロボグはそのまま施設の方へと歩みを進め、主任にそう尋ねた。ヘリポートから施設の内
部へ。鉄骨がむき出しの施設では、多くの作業員たちが仕事に没頭していた。
 ベロボグの巨体がその施設の中に姿を現すと、作業員たちの視線が集中する。
「ええ、問題ありません。それどころか、大当たりですよ。あなたのおっしゃった通り、発見する
事が出来ました。このまま掘り進めば、ついに到達する事ができます」
 主任はまるで何かの狂喜に満ちているかのような声でそう言った。
「そうか。それは良かった。これで長年の苦労が報われると言うものだ」
 そのように言ったベロボグの声は、主任のものよりもずっと落ちついていた。
「しかしベロボグ様。問題が起きております」
 いきなりベロボグの背後から呼びかけてくる声。振り返ると、そこには長身でコートを羽織っ
た男が立っていた。
「問題とは何だ?」
 ベロボグがその長身の男に向かって言った。
「次なる計画に大きな支障をきたす事です。どうか指令室にいらしてください」
 ベロボグとレーシーはそのように言われ、長身の男に伴われて施設の中を移動した。


 巨大な石油採掘基地を思わせる施設内は、入り組んでおり、奥深い。施設は海中にまで伸
びており、巨大なシリンダー状の形をしていた。
 ベロボグ達は鉄骨の中に設けられた作業用エレベーターに乗り、その施設を海中の奥深くま
で進む。
 エレベーターが到着すると、そこは鉄骨ではなく剥き出しのコンクリートで作られた、また別の
施設となっていた。マシンガンを構えた警備員達がおり、この場所に作業員たちが入ってくる
事は出来ない。
 セキュリティシステムが作動しており、監視カメラが設置されている他、警備ロボットもいる。
施設の指令本部に入るためにはカードキーが必要だった。
 ベロボグ達は地上で出会った男に伴われ、指令本部の扉を潜った。
 そこは、窓も無い、コンクリートで覆われたシェルターのような場所だっが、ここにはベロボグ
の配下の情報技官数名が働いていた。中央の大型ネットワークサーバーにコンピュータを直
結させ、この施設のみならず、『ジュール連邦』内にいるベロボグの組織のメンバーたちとも連
絡を取る。
 そしてベロボグが病院に横たわっていた間も、彼らはこの地で計画を推し進めていた。
「問題とは?」
 指令室内に入るなり、ベロボグは男にそう言った。レーシーはベロボグに付いてきてはいる
が呑気に構えている。
「シャーリ様が国家安全保安局に捕らえられました。現在も《ボルベルブイリ》内に拘留中で
す。それが一つ。もう一つは、我等のこの施設の正体が例の連中によって探られています。こ
のままではこの施設の正体が知られるのも時間の問題かと。それがもう一つです」
 男は無味乾燥な言葉でベロボグにそう言って来ていた。
「シャーリが捕らえられたのか」
 ベロボグは静かにそう言った。彼女ほどの能力者ならば、『ジュール連邦』の政府には捕らえ
られないと思っていたが、あの病院で何があったか、ベロボグ自身も完全には把握していなか
った。
「ベロボグ様。早急に対応なさらなければ、これからの計画に大きな支障をきたします」
 男がそのように言って来た。この部屋に設けられた監視装置は、現在の『WNUA』軍と、『ジ
ュール連邦』軍との間での戦争の戦況をも示している。
 現在も、『WNUA』側の圧倒的優勢。首都、《ボルベルブイリ》付近まで軍は接近しており、
『ジュール連邦』はかなりの消耗をしている。それはベロボグにとって、次なる計画を進める刻
限が迫っている事を示している。
 彼はその判断力に優れた脳でこの状況を把握し、次なる手に出ようとする。医者であった時
も、この判断力によって頼って、多くの患者を死から救って来た。
 今は、もっと多くの命を救おうとしている。
「レーシーよ。すぐさま、シャーリの救出へと向かえ。次の計画の為には彼女が必要だ。そし
て、例の組織とやらのアジトには、トールと一部隊を向かわせて、壊滅させろ。組織とやらの場
所は判明したか? トールならば奇襲をかけられる」
 ベロボグはそう言って、その場にいる技官達に指示を出した。彼らはすぐさま画面に『ジュー
ル連邦』の首都付近の地図を表示させ、そこのある地点にポイントを光らせた。
「ここです。例の連中は、ここから私達の居場所を探っている」
 そのポイントはすぐに判明した。ベロボグが国内外から優秀な情報技官を集め、ここで働か
せているのだ。北の寒い海の上で働くとなれば酷な仕事だが、彼らには相応の報酬を払って
いる。実際、彼らは良く働いてくれている。
「よし、すぐにトールに連絡して襲撃の準備をするように言え。あとレーシーに、国家安全保安
局の地図を転送して貰おう。これらの作戦が終了次第、私は次の計画に向けて動く」
 ベロボグはそのように言い、フロアの中央にある巨大なモニターを見つめた。
 背後では、レーシーに向かって必要な情報が転送されたらしく、彼女はまるで遊びにでもでか
けるかのようにして、
「じゃ、お父様。シャーリを助けてくるね」
 と言って部屋の扉から出て行く姿があった。
 ベロボグは黙って目の前のモニターに映っている、世界の西側に広がる『ジュール連邦』の
広大な領土を見つめた。
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