レッド・メモリアル Episode15 第3章



 ベロボグ・チェルノはとある施設ですでに移動の構えを見せていた。彼がいるのは、『ジュー
ル連邦』の首都、《ボルベルブイリ》から北西へ1000キロ以上も離れた、北の海の上の施設
で、彼はしばしの休息をそこで取っていたのだ。
 ミサイル攻撃から命からがら生き残り、1日以上生き埋めにされていた。それ以前に彼は、
重度の脳腫瘍さえも患っていたが、今ではそれさえも回復してしまっている。
 だがこの海上の施設内にいる医師は、ベロボグの精密検査を何度か行い、彼を万全の状態
へと戻そうとしていた。
 最後の血液検査の時には、もうベロボグの求めている計画の時間までは一刻の猶予さえも
なかった。
「チェルノ様。できる事ならば、あと1日は安静にしている方が良いのですが。あなたのお身体
はまだ万全とは言えません」
 医師は心配そうな面持ちでベロボグにそのように言って来た。
 だがベロボグは注射器に満たされていく自分の血液を見つつ答える。
「私は今でも医者だ。そのくらいの事は分かる。だが私の計画にはもはや一刻の猶予も無い
のだ。すぐにでも行動しなければならない。娘達も同志達も待っている」
 血液が抜かれ切るとベロボグは、すぐさまそこから立ち上がった。そしてその場にあった上
着を羽織るなり歩きだす。
「チェルノ様。どうかお体に気をつけて下さい」
 ベロボグの背後からそのように言ってくる医師の姿。
「案ずるな。この世界のためだ。私の身のことなど些細な事に過ぎん」
 彼はそのように言うなり、レーシーの『能力』を使用してすでに体内に取り込んである無線機
の電源を入れた。
 レーシーの能力は慣れない内は、異様でしかも奇怪なものであるかのように思えてしまう。だ
が慣れて来てしまえば、自分の体内に機械があるという事は、それほど不自然な事ではなく、
当たり前のことのように認識する事ができるようになっていた。
 ベロボグが無線機で連絡を入れた先はシャーリだった。この地は携帯電話の電波の入らな
いような場所だったが、無線機の専用電波を使うことで、彼女の携帯電話に電話を入れる事
ができるようになっている。
 シャーリはレーシーに無事に救出されたらしく、すぐに電話に出た。
「シャーリか。わたしだ」
 ベロボグがそのように言うと、シャーリからは、ほっと溜息をつくかのような声が漏れてきた。
(ああ、お父様。よくご無事で)
 ベロボグは彼女に連絡を入れている暇は無かった。シャーリはベロボグが病院に生き埋め
にされていた頃は、国安保省で拷問を受けていたのだ。だが今、お互いは無事に窮地を脱出
する事が出来ている。
「私は大丈夫だ。案ずるな。それよりも計画に支障は無いか?」
 ベロボグは感傷に浸る間も無くすぐに話を展開させる。
(ありません。ペンティコフは、例の組織のアジトを急襲した際にアリエルを逃したとか。です
が、彼女は次の計画では支障は無いでしょう)
 シャーリの方も落ちついた口調ですぐに答えてくる。
「そうか。捕らえる事は出来なかったか。私自らが赴く必要があるかもな」
 ベロボグはそう言った。
(お父様。もう、あの娘に振り回される必要は無いのでは?)
 シャーリは言ってくるが、ベロボグは歩を進めながら彼女と通信して話していくのだった。それ
は歩きながら携帯電話を使っているのと何も変わりはない。簡単な事だった。
「いいや、そんな事は無いのだ。あの娘こそ要だ。しかし、彼女が組織と一緒に行動をしている
というのならば、その居場所は容易に掴める」
 ベロボグは自分の視界内に画面を展開させる。あたかも自分がサイボーグになったかのよう
な気分だが、これもレーシーの『能力』を取り込んだ事によって可能な技術だった。
 彼は自分の視界内に《ボルベルブイリ》の地図を表示させていた。そして自らでそこに幾つか
をマークする。
 その作業をしている時、ベロボグは海上施設の外に出た。
 無機質な鉄骨を組み上げた、石油採掘基地のようなその施設は外に出れば肌寒い。ここは
北の果ての地にある施設なのだ。
(お父様、いかがなさるのですか?)
 しばし考えていると、電話先からシャーリが促してくる。
「計画通りに行う。アリエルも捕らえる」
(では、どうかご命令を)
 シャーリは更に促してきた。するとベロボグは向き直るなり、彼女に声高らかに言うのだっ
た。
「よし。ではこれより、《ボルベルブイリ》制圧計画を実行に移す。私も参加する。全ての同志た
ちに、今こそ決起する時だと命令を下せ」
 そのベロボグの声に、シャーリも勇ましい声で答えてきた。
(はいお父様。全ての同志達に伝えます!)

ボルベルブイリ 国家安全保安局

 国安保局の捜査官であると言うセルゲイ・ストロフによって捕らえられた、リー、アリエル、そ
してタカフミは、国安保局の建物へと連れられてきていた。そこは、歴史的雰囲気を醸し出すよ
うな建物だったが、現在はその真正面の大部分の辺りがビニールシートによって覆われてい
る。
 青色のビニールシートが、歴史ある建物に対して、妙に浮いて見えてしまう。
「改築中なのか?いいや、違うだろ?」
 タカフミが車から降ろされるなり、皮肉めいた声でそのように言うのだった。彼は後ろ手に手
錠をされており、しかもマシンガンで武装した兵士達に周囲を固められている。リーやアリエル
も同様だった。
「気にするな。お前達は今、それどころじゃあない」
 ストロフがタレス語でそのように言いながら、リーやアリエル達を連れた兵士を先導する。
「戦時中だと言うのは知っているが、まだ『WNUA』軍は《ボルベルブイリ》に攻撃をしてきてい
ないはずだがな」
 続いて車から降ろされてきたリーが言う。
「あれをやったのは、あんたらの軍じゃあない。それに、余計な口を聞くな。私が喋ろと言うまで
な」
 ストロフはそのようにリーに向かって、指を突きつけて言い放つ。彼らは、何かの攻撃を受け
た後の、国家安全保安局の建物の中へと連れていかれた。

 リー、アリエル、そしてタカフミの三人は、ストロフと言う名の捜査官に連れられ、ある部屋の
中に連れ込まれた。
 その部屋と言うのは、何かの小会議室であるらしく、手錠をかけられた者達が連れ込まれる
ような部屋とは思えない。彼らは部屋に入るなり手錠を外されたが、不動の姿勢で立つ兵士達
が、部屋の入り口を固めた。
 そして部屋に連れ込まれ、10分ほどが経過する。
「これから、私達は、一体どうなるんですか?」
 アリエルは心配そうな声を発するのだった。彼女は窓際に立ち、《ボルベルブイリ》の街並み
を眺めているが、その姿は不安そうだった。
「私達の待遇は、テロリストとしての対応じゃあない。この国の国安保局の人間としても、『WN
UA』側の人間として、下手に手荒な真似はしたくないんだろう」
 リーはそのように答えた。あくまで彼は冷静な口調で分析しているかのようだ。
「じゃあ、何故、私達はこうして捕らえられているんです?」
 アリエルがリーに聞き返す。
「俺達が組織の人間だって言う事を知っているからだろう。そして、あの捜査官も、俺達の組織
の存在については、薄々気づいているはずだ」
 タカフミはそのようにリーの変わりに言うのだった。
「私は、こんな事をしている場合じゃないんですよ」
 するとアリエルは、若干苛立ったかのような声で言う。
「私は、つい数日前から、今まであった事もなかった父に狙われていて、しかも幼馴染だと思っ
ていた女の子が実は私の異母姉妹で、さらにはテロリストだったんです。そして、養母はどうな
ったかも分かりやしない。
 私は育ての母に会いたい。それに、戦争とか、テロとかは無縁の世界で、元通りに暮らした
い。それだけなんです」
 アリエルの訴えるかのような声が響き渡る。するとリーは座っていた椅子から立ち上がり、彼
女の肩を両手で叩いて言った。アリエルの着ているライダースジャケットは数日間もずっと着
て、しかも死地を何度も乗り越えてきたため、かなり薄汚れている。その光沢も色あせていた。
「大丈夫だ。君の養母は生きている。この《ボルベルブイリ》の病院にいる。そして、ベロボグか
らは君を何としてでも守る」
 リーははっきりとした口調でアリエルにそう言った。アリエルは、リーのあたかもサイボーグで
あるかのような顔に、少し人間味が現れているのを見てとった。
 それは、本気の意志、信念が無ければ出せないような表情だ。
 リーと同じく椅子に座っていたタカフミも立ち上がって、アリエルの元へと近づいてくる。
「アリエル、安心してくれ。我々の組織の支援をしている議員は、この国の国防省と通じてい
る。国安保局のさっきの捜査官に言えば、俺が議員と話をする。そして君は無事に保護され
る。お母さんともすぐに会えるさ」
 タカフミはアリエルを安心させるかのような声でそう言った。この男には、どことなく人を安心
させるかのような口調と表情がある。そして言葉にもどことなく説得力と言うものを感じる事が
出来た。
 アリエルは彼らの説得で安心しようとしたが、まだ心の芯にあるような不安感をぬぐい去る事
ができない。
 彼らの行動力や、影響力はもとより、そもそも安心しきってよいものかと不安にさせられる。
 と、リーとタカフミの説得が終わった所で、部屋の扉が荒々しく開け放たれた。そこに現れた
のはストロフだった。
「お前達は一体、何者だ!ただ者じゃあないだろう?」
 ストロフはそう言ってくるなり、いきなり部屋の中にいた三人に向かって言い放った。
「突然何を言い出すんだ?訳が分からないぜ」
 タカフミはそんなストロフに対して、何も知らないという風を装って言い放つ。
「俺はお前達を釈放するように上から言われた。しかも、この国の国防省直々の命令でだ。お
前達が何者なのかを名乗ってほしいものだな!」
 ストロフはそう言ったが、あたかも部屋から出さないかのごとく、その場に立ち塞がっている。
「君が命令に従う人間ならば、余計な質問はしないはずだが?」
 そのようにリーが冷静に言った。
「分からんな?お前ら二人と、何故か、アリエル・アルンツェン。君をも釈放するように言われて
いる。これは一体、どういう事だ?しかも追加の命令によれば、国会議事堂まで保護して連れ
てくるようにだと?」
 ストロフはあくまで納得がいかないと言った様子で言い放つ。
「それって、一体どういう事なんですか?」
 アリエルはタレス語ではなくジュール語で言った。ストロフは彼女の方を見て答えた。
「あんた達を保護して国会議事堂まで連れて行き、しかもサンデンスキー上院議員と会わせろ
との命令が出ている」
「それって」
 アリエルがそう言いかけた時、
「じゃあ、その命令通りにして、あんたは私達に余計な口は挟まない事だな」
 リーがストロフに近づいていくなりそう念を押す。
 ストロフは納得がいかないという様子だったが、黙るしかなかった。上院議員の命令ともあら
ば、彼も黙って従うしかない。
「付いてこい。俺から言えるのはそれだけだ」
 ストロフはそう言うだけだった。リーとタカフミは冷静な表情で、そしてアリエルは戸惑いつつ、
ストロフ達に連れていかれるのだった。


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