レッド・メモリアル Episode15 第4章



国会議事堂 ボルベルブイリ
7:03 A.M.

 アリエルとリー、そしてタカフミの三人は護衛付きの車に乗せられ、国会議事堂までやって来
ていた。そこは、『ジュール連邦』の政治の中心地であり、古典的なジュール文化に基づいた建
築法での国会議事堂が建っている。
 《ボルベルブイリ》の街のほぼ中心地に位置しており、国会議事堂の周囲を取り囲む道から
更に放射状に町へと街道が広がっている。周囲には『ジュール連邦』に関する建物が多くあ
り、国土安全保安局からは近くにあった。
 しかしここは、《ボルベルブイリ》に住んでいるアリエルも普段は寄りつかない場所だった。若
者が来るような場所では無いし、何よりも道路、道を行き来するだけでも、警備が厳しい事が
分かる。挙動不審な行動をとればすぐに連行される。それだけ『ジュール連邦』という国は厳格
だった。
 今ではそんな街並みの警備も更に厳しく強化されている。国会議事堂前には戦車までが配
備されており、厳重なバリケードまでが張られていた。戦時中だから無理もない、何しろ街から
200km離れた緩衝地帯にまで、『WNUA』軍はすでに侵攻してきている。
 その警備を抜けるためにも、アリエル達の乗った、国安保局の車は何度も停車させられ、彼
らの身分証を確認させられていた。
 国会議事堂内部の敷地も厳戒態勢であり、建物もひっそりとしている。
「戦時中って奴か?」
 国会議事堂の建物のひっそりとした姿、議員や役員の姿も見当たらず、警備ばかりが強化さ
れている。
「議員達は地下シェルターに避難させられているな。上院議員のサンデンスキーも同様だろう」
 リーが再び冷静な声でそう言う。車から降ろされた彼らは、国安保局の者達によって議事堂
内へと案内される。そこにはストロフもついてきていた。
「君がついてくる必要はないぞ」
 リーがストロフを見てそう言った。だがストロフは彼の前を遮って堂々と言う。
「いいや、あんたらが、例の議員に会うまでは、きちんと案内させてもらう」
 ストロフはリーにそう言った。案内という言葉を聞いたリーは、少し何かがおかしいようだっ
た。
 国会議事堂の警備は厳戒態勢だった。あくまで、歴史ある風格の建物に手をつけないという
配慮はされているものの。マシンガンを構えた兵士達が歩き回り、そして扉の前に立ち、入り
口には金属ゲートまで設置されている。
「国安保局のセルゲイ・ストロフだ。この方々を、サンデンスキー上院議員に面会させるために
やって来た」
 歴史ある建物の入り口に設けられた金属ゲートには、屈強な軍の兵士達が構え、潜る事が
できるゲートが一つしか無い。
 リーもタカフミも武器を没収されていた。彼は金属探知機にかけられる。反応は無く、ゲート
の先を通過したが、ストロフが通過しようとするとゲートが鳴った。
「銃を預けください。ストロフ捜査官」
 兵士の一人が言った。
「彼らが余計な事をしないように、見張るだけだ。いいか?私だって政府の人間なんだ」
 だが兵士は、
「例外はありません。ストロフ捜査官。今は戦時下です。総書記は命令の上で、この国会議事
堂内では、信頼できる護衛以外には武器を持たせるなとの事です」
 ストロフはその言葉に不服そうだった。まさか自分が総書記を撃つとでも思っているのかと言
いたげな顔だったが、仕方なく彼は持っていた銃を、兵士が持つトレーに載せ、足首に差して
あった、飛びだしナイフさえも預けるのだった。
 だがアリエルが通過しようとした時に金属探知のゲートが鳴る。
「何かをお持ちですか?」
「いえ、そんな事は、でも」
 アリエルは戸惑う。一人の兵士がやってきて、アリエルのライダースやズボンに金属探知機
をかざす。反応は無い。
「その子は、頭を手術した事があって、脳に金属片が埋まっているんだ。調べてみろ」
 リーがすかさずジュール語へ兵士達に言った。
 金属探知機を持つ兵士がアリエルの頭に金属探知機をかざすと、確かにそこに反応があ
る。
 それには、アリエルも自分自身で驚いた。
「失礼を承知ですが、ご容赦ください」
 と兵士は言い、反応があった部分のアリエルの真っ赤な髪を分ける。後頭部に位置するそこ
を見た兵士は、
「確かにそのようだな。古い傷跡がある」
「失礼をしました。ですが、通って構いません」
「構わん。謝るな。今は戦時中だからな」
 ストロフはそう言って、ようやく一行は国会議事堂の中へと入る事が出来た。
 だが、アリエルは自分の後頭部の事がどうしても気になった。リー達に言われた事は間違っ
ていない。自分は知らない内に、脳の中に、確かに何かを埋め込まれていたのだ。

《ボルベルブイリ》某所の地下水道

 《ボルベルブイリ》は歴史ある街である。その歴史を遡れば数百年前からこの街は存在して
いた。時に他国に占領され、国や、その体制さえも変わった事が何度もあり、現在も、西の大
国達に攻め挙げられようとしている。
 しかしその歴史ある街は依然としてそこに残り続け、変わらぬ姿で建っている建物も少なくは
ない。
 地下水道もそんな昔からある道の一つと言える。今だに下水を流すために使われており、
《ボルベルブイリ》の市内を網目のように入り組んで配置されている。もちろんいつまでも古い
水道を使いはしない。新しい水道網が幾度となく建設されたが、それはより一層、地下水道網
を複雑化させ、しかも、古い水道網の存在を忘れさせる。
 シャーリ達テロリスト集団が移動していたのは、そんな水道の中でも最も古い地下水道だっ
た。
 ベロボグは、国立図書館で事前に地下水道の地図を探させ、それを電子化し、レーシーにイ
ンプットさせた。
 だが当のレーシーは下水に濡れる事に対して不服の様である。
「やっぱり臭いよシャーリ!お父様に頂いた、大事な服も汚れちゃう!もう変なのが沢山ついて
いるよ!」
 大きい声を出してはいけないというのは、レーシーも分かっているようだが、その文句をひそ
ひそとした声で言った。
「そんな事、今はどうだっていいわ。あなたはお父様の崇高な目的がどれほどのものである
か、分かっているはずよ、レーシー」
 シャーリの方はと言うと、汚れの事など全く気にしていない様子でそう言った。彼女は動きや
すい服を纏っていたが、足元に関しては、部下達も含めて皆が下水に浸かっている。
「分かっているよ。そんな事くらい」
 レーシーはそう言いつつ、小柄な自分が一番深く浸かってしまっている事になる道を歩き続
けた。
「道は合っているんでしょうね?計画の時間ももうすぐだわ」
 シャーリはレーシーに向かって念を押す。だがレーシーが道を間違えると言う事などはあり得
ない。彼女は完璧に、道準に従っているという事は、シャーリにも分かっていた。
「大丈夫だって。あたしの中には、お父様がセッティングしてくれた、完璧なナビが付いている
んだから」
 レーシーはそのように言い、下水の中に不快混じりに脚を突っ込みながらも、先に進んでいく
のだった。
「Xポイントまではどのくらい?」
 シャーリが尋ねる。
「もう1kmくらいって所かな。お父様とも合流する予定。地上でね」
 大丈夫、上手くいく。お父様の計画は全てが完璧だ。だが次に行おうとしている計画は、お父
様の伝説の中でも、最も重要なものとなる事は確かだ。シャーリはそれを肝に銘じるのだっ
た。

ボルベルブイリ市内

「この通行証があれば、検問を通る事が出来るって本当なのかしらね?」
 人気の無い通りを車で進みながら、セリアは手に持った旧式のカードキーをフェイリンに見せ
た。運転は彼女にさせている。
 《ボルベルブイリ》市内の通りには全く人気が無い。皆、戒厳令下によって家の中に隠れてし
まったようだった。
「あの人は、セリアに対して協力的だった。わたし達にこの通行証を渡して、街へと潜入させ、
あのリー・トルーマンと接触させる。それで一体何をしたいのかって事が分からないけれども」
 フェイリンはそこまで言って言葉を止めた。どうやら不安になっているらしい。
「別に、あなたはついてくる必要は無かったわよ。そもそも、この国まで来る必要もなかったか
もしれない。この場で帰って欲しいとは思わないけれども、首を突っ込んで、危険に身をさらす
必要は無いわ」
 セリアはフェイリンの方をじっと見つめてそう言うのだった。
 だが、フェイリンはセリアの方は向かず、しかと人気の無い街の姿を見つめて運転を進めて
いく。
「わたしは、あなたの事が心配なのよ、セリア。部外者なのに首を突っ込んでいるのはあなた。
それを心配して付いてきている。何しろ、わたしには他にやる仕事も無いんだしね。軍に協力し
て貰える報酬も捨てがたいけど」
 フェイリンはそう言った。だが、不安げな姿は隠せないようである。
「じゃあ、わたしは軍の為じゃあなくって、自分自身の為にここに来ているって言ったら?」
「自分自身の、一体何のため?あなたにとってはろくな利益にもならないのに?」
 フェイリンはセリアの方をちらりと向いてそう言った。
「わたしの娘のためよ」
 セリアは答えにくそうにそう答えるのだった。
「はあ?あなたの娘さんは、結局見つからなかったって、そう言っていなかった?」
 と、フェイリンは言うのだが、
「ええ、見つからなかった。でも、18年かけても分からなかった消息が、幾つもの事柄によって
結びつこうとしている。娘は、『ジュール連邦』にいる。そして、父親はベロボグ・チェルノ。彼が
行おうとしている大きな計画の為に、わたしを利用して生み出された。そしてそれを、リー・トル
ーマンが追っている。
 あたかもあのリーという男は、わたしに娘を捜させたがっているかのように思えるわ」
「なるほどね。全ては結んであったのかもしれない。セリア、あなたがリー・トルーマンに呼び出
された所から、全ては彼らのベロボグの組織に対しての反抗の伏線だったんだわ。その狙い
が何なのかは分からない。
 ついでに言えば、その中にあっては、わたしは部外者というのは確かなわけね」
「そう。その計画の中には、わたしは組み込まれているようだけれども、あなたは関係ないわ」
 セリアは苦笑したかのようにそう言った。
「でも、だからこそ、あなたの事を心配してあげられるのよ、セリア。そのリー達の計画と言うの
は、わたしにはとても危険な気がしてならない。だから、わたしはあなたについて行く」
 フェイリンはそう言いながら、車を進めていった。
「そうね。でも、覚悟はしておきなさい。これから何が起こるなんて事、わたし達にだって分から
ないんだから。ほら、見えてきた。しかしながら、見るからに『WNUA』側であるわたし達が、戦
時中に敵国の国会議事堂なんて入れるのかしら?」
 セリアとフェイリンの視界の先には、ジュール連邦国会議事堂の堂々たる歴史ある姿が見え
て来ていた。

 ベロボグは、再びレーシーの力を使い、その肉体をステルス戦闘機へと一体化させ、一直線
にある場所を目指していた。
 『ジュール連邦軍』のレーダーには引っ掛からないステルスモードだが、昨晩はレーシーは軍
に発見されてしまったと言う。彼らの技術も戦争に備えて進歩しているという事か。
 とりあえず、ベロボグは『ジュール連邦』の領海前で旋回しながら待機をする事にした。
 だが、計画が始動すれば、ベロボグはいつでも行動を始める事ができていた。
 ベロボグはさらに通信装置をも使い、シャーリと連絡を取り続けている。彼女はこの計画の
先がけだ。
 ステルス戦闘機をコントロールしつつ、更に自分の体内と融合している通信装置を使用する
のは、二つのコンピュータを同時に操作する事であるかのように難しい事だ。レーシーの能力
を習得したばかりのベロボグには、いくつかのコツが必要だった。
 計画を推し進めていくためには、訓練をしているような時間など無い。だから今は必要なもの
だけを身につけるようにしよう。ベロボグはそう判断して、自らのステルス戦闘機を操作する。
 やがてレーシーだけではなく、それは彼の能力にもなる。そしてこれは、今実行しようとしてい
る計画に対しては何としても必要な戦力だった。
 シャーリ達、そして配下の者達の能力と、ベロボグ。その全てが合わさって、この能力が発動
するのだ。
(お父様。ペンティコフが位置につきました。いつでも実行可能です)
 シャーリからの声が聞こえてくる。ついにこの時がやって来たのだ。
「よし、では実行する。《ボルベルブイリ》を我らのものにするのだ」
 ベロボグは声も高らかにそう言うのだった。


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