レッド・メモリアル Episode16 第2章



《ボルベルブイリ》ヤーノフ地区
4月13日 9:13A.M.

 『ジュール連邦』《ボルベルブイリ》にある国会議事堂が占拠されてから1日が経過した。『ジ
ュール連邦軍』と、内部に立てこもった武装勢力との間での膠着状態が続いている。しかしな
がら、地下シェルターを占拠した武装勢力は人質を取ったものの、総書記が今だに健全であ
るという事を公開していた。
 人質達に対しての虐殺などは行われていないものの、その場にいるのは人質たちだ。むや
みに軍が解放に突入する事があれば危害が加えられるとの声明が発表されていた。
 《ボルベルブイリ》の地下に押し込まれるかのように、シェルターの一部屋に集められた人質
達の人数は50人は超えていた。マシンガンを持ったテロリスト達がその人質達を見守ってい
る。
 人質がこの部屋に集められたばかりの時は散々たるものだった。外部への応援を要請しよ
うとする警備兵達は容赦なく始末され、人質達は恐怖におののいていた。
 リーやタカフミ、そしてサバティーニ議員もこの部屋へと押し込められていた。彼らは武装して
いなかったから、あくまで人質の一人として扱われていた。タカフミは早急にこの場から脱する
方法を提案しようとしてきたが、リーはこのまま様子を見るようにと彼を説き伏せていた。
 だが、丸一日も同じ部屋の、しかも窓も無いようなシェルターに押し込められていれば、相当
にストレスも溜まる。ここを占拠したテロリスト達は、自分達に抵抗する事、そして、見張り付き
でトイレに行く事と、食事、会話の自由は与えてくれていた。
 食事はこのシェルター内の備蓄倉庫から運ばれてきている保存食ばかりだが、何も与えられ
ないよりはましだった。
「トルーマン君。ワタナベ君。もう一日が経ったようだが、何とか脱出する手立てはないかね?
総書記の救出は考えているのか?」
 疲弊しきった様子で、人質達の中に紛れているサバティーニ議員が言って来た。その他の人
質達も疲弊しきった様子を見せている。自分達がこのままどうなるのか、一人ずつ殺されてい
くのではないかと顔には恐怖さえ現れている。
 だがリーはそんな中でも落ちついていた。彼はじっと佇んでおり、目立たない人質を演じつつ
も、周囲のテロリスト達の配置、武器、そして扉の出口を確認していた。
 扉の出口は部屋の両側にあったが、それはどちらも二人ずつ、屈強なマシンガンを構えたテ
ロリストによって封鎖されている。
「これがベロボグの配下の連中によるものだという事は、俺達にも分かっています。そして、お
そらく目的は総書記でしょう。彼らは我々にはここに収まってもらって、危害は加えないつもりで
いるんです」
 タカフミがひそひそとしたジュール語で、サバティーニ議員に言った。
「総書記が目的?暗殺ならば、ベロボグがもたもたしているとは思えん。とっくに彼は死んでい
る事になる。そんな情報が、『WNUA』側に漏れるような事があれば、彼らは一斉に首都攻撃
を始めるかもしれん。そしてこの国は滅んでしまう」
「ベロボグの目的がそこにあるのかどうか、私には分からないが、総書記を拘束する事が目的
であるという事は分かった。それにベロボグは、『WNUA』側に《ボルベルブイリ》を攻撃させる
つもりは無いように思う。彼は戦争を引き起こさせたが、あくまでそれは戦争を起こして、この
国を弱体化させる事が目的であって…」
 リーがそこまで言った時だった。突然、彼の体が一人のテロリストによって引っ張り上げられ
た。
「おい貴様。何を話している?」
「いや、何でもない」
 リーは臆する事も無くそのように答えた。彼はなるべく自然なジュール語を話したつもりだっ
たが、相手はネイティブのジュール語話者であったためにすぐに怪しまれた。
「貴様は、この国の人間ではないな?ここで何をしていた?そこの貴様も立て!」
 マシンガンの銃口で促され、タカフミも一緒に立たされた。彼の場合、明らかに人種が違って
いたから、ジュール人だとは思われようがない。
「何、ただの外交官さ。俺達は」
 と、タカフミは平静を装って言うのだが、およそタカフミのラフな衣服を着た姿は外交官には
見えない。
「『WNUA』側の人間と、レッド人か。おおよそ外交官には思えんな。こっちに来てもらおう」
 そう言われてリーとタカフミは、マシンガンの銃口を背中に突きつけられたまま、その部屋か
ら追い出されていく。
「おい、俺はレッド人じゃあない、NK人だ。間違えるんじゃあねえぜ」
「黙ってろ」
 そう言われ、リー達はその部屋から追い出されていった。

 50人以上が押し込められた部屋から出されたリー達は、照明が落ち、暗闇となっている通
路を、ある部屋まで連れていかれた。テロリスト達は高性能な照明装置を持っており、それで
通路は明るく照らされる。
 なるべくこの地下シェルターの内部の構造を理解すべきかと、リーは素早く内部構造を把握
しようとした。サバティーニ議員に会いに来た昨日とは、その様子は様変わりしている。電気系
統がやられたため、地下シェルター内はあたかも複雑な迷路であるかのようだ。
 リーが完全に地下の構造を把握するよりも前に、彼とタカフミは、ある部屋へと通された。そ
こが元は総書記の執務室であるという事は、部屋の入り口を観れば分かる。
 『ジュール連邦』の総書記。世界の東側の社会主義国のほぼ全てに対して権力を振りかざす
者のいる部屋は、今ではスタンドタイプの照明装置に照らされ、薄暗いが内部の様子は分かる
ようになっていた。
 ここは地下シェルター内だが、最高権力者である総書記の部屋は広く作られている。有事の
際もここで執務や指揮を取る為だ。
 総書記のための机は部屋の中央に置かれていたが、今ではそこにいるのは総書記では無
い。二人の女だった。彼女達が自動小銃を構えたテロリスト達によって守られている。
 一人の女は、総書記の机の上に座っており、あたかもそれは子供が遊びでやっている仕草
のようだ。実際、彼女は年端もいかぬような少女でしかなかった。もう一人の年上の方の女は
18歳くらいの年齢の女でしか無い。髪で顔の片方の部分を隠している。
 リーは二人とも知っていた。あのベロボグの病院で出会った少女達。ベロボグの娘達である
という事をリーもタカフミもすでに知っていた。
 彼女達が、テロリストと共にこの、世界の東側の最高権力者の部屋に居座っている。
 幼い子供の方の少女が、写真が入れられた額縁を、おもちゃでももてあそぶかのように持っ
ていた。それは、歴代『ジュール連邦』総書記の一人の写真のものだった。
 彼女はそれを、つまらないもののように観ているなり、やがて、その額縁に向かって拳を振り
おろして写真ごと突き破ってしまった。
「あはは、くだらない」
 と発したその少女の言葉は、まるで純粋無垢な子供が発する声そのものだった。
 『ジュール連邦』で絶対的な支配を握っている総書記の部屋に居座り、彼をも追い出してい
る。そんな事をすれば、彼らの世界では権力者の大きな怒りを買うだろう。子供であろうと処刑
されるような世界だ。
 だが、彼女達は全く恐れを抱いていない。
「こいつらが、この世界の東側を駄目なものにしたのよね」
 そう言いながら、年上の赤毛の女の方が、別の総書記の写真を持っていた。彼女はその写
真を、まるで汚いものを捨てるかのように、部屋の後ろの方へと投げ捨てていた。
 リー達はそんな彼女らの姿を見ても何とも思わない。だがこの場に現総書記がいたらどう思
っただろうか。
「この部屋にいた総書記はどこへやった?」
 女達に向かって、リーは尋ねた。
「別の部屋で、丁重に扱っているわよ。わたし達のお父様は慈悲深いの。テロリストとは違っ
て、人質は抵抗しない限りは傷つけはしないわ」
 そう言いながら、自信満々な顔をリーの方へと向け、赤毛の女が言って来た。
「警備兵は何人も殺したろ?それでも慈悲深いってか」
 独り言のようにタカフミは言った。彼の発した言葉は、彼の母国語だったから、女達には理解
できなかったらしい。
 何事も無かったかのように女は言ってくる。
「わたし達は、この地から、革命を始めるわ。そしてお父様の指導の下、新しい国を作る事が
目的よ。それは社会主義でも資本主義でも無い。真に価値のある人間によって作られる新し
い世界なの。それで、是非ともあなた達にも協力してもらいたいと思ってね」
 女はそのように言ってくる。リーは顔をしかめた。
「協力だと?お前達に?」
 リーにとってはこの女が言ってくる言葉は、テロリストの良く言う常とう文句の一つにしか聞こ
えていなかった。ベロボグというテロリストの長によって吹きこまれた言葉を、そのまま言ってい
るにすぎない。
 しかし、協力と言う言葉は意外だった。
「そう。協力よ。お父様は、ただの人じゃあない。すごい力を使える人達だけを集めているの。
あたしと、シャーリもその仲間だよ」
 机の上に座っている方の少女がそのように言った。彼女は今、この状況を理解できているの
だろうか、まるで子供が遊びで話しかけるように言って来ている。
 だがこの場にテロリスト達と一緒にいるという事は、油断する事はできない。ベロボグの娘で
あるという事は『能力者』のはずだ。リー達に話しかけて来ている二人の少女は、ただ幼いとい
うだけであって、テロリストよりも危険な存在なのだ。
 タカフミが、シャーリという名の少女に向かって一歩足を踏み出す。彼女らを警護しているテ
ロリスト達が警戒したが、タカフミは一歩だけ進んだだけだった。
「つまりベロボグの奴は、『能力者』を集めて自分だけの国を作ろうとしているってことか?」
「そう。その通り。もう隠す必要なんてないでしょ?革命は始まっているんだから」
 シャーリはタカフミの方を見つめ、そのように言った。彼女の態度は妙に芝居がかった大人っ
ぽさを出している。見た目は18歳の少女にしか過ぎない。だが、彼女自身は自分がもっと大
人だという事を誇示したいかのようだ。
 テロリスト達を仕切って、自分がこの場で優位に立とうとしている。
「お前達の言っている言葉は、世界中にいるテロリストと変わらん。自分達だけの正義を、破壊
活動で押しつける偽善者共さ」
 リーはそう言った。薄暗い総書記の部屋にいる者達の視線が一気に彼に集中する。
「偽善者ですって。よく言ってくれるものだわ」
 シャーリの声色が変わった。彼女は自分が座っている総書記の椅子を思い切り後ろに跳ね
のけて立ち上がる。手にはショットガンが握られていた。東側の国にあるような古臭い時代遅
れの銃では無い。西側の軍でも使っている高威力のポンプアクション式ショットガンだった。
 彼女はそのショットガンを片手で持ち、銃口をリーの方へと向けた。だがリーは動じない。
「偽善者とはお前達の方だわ!わたし達はこの世界を変えようとしている!西側の世界のお
前達だって、嬉しいでしょう?あなた達の天敵は今、別の部屋で猿みたいに縄で縛られている
わ!そいつや、今、人質に取っている連中は、この国を支配し、子供だって殺してきた。わたし
の左眼を奪ったのもそいつらよ!
 そんな奴をせっかく捕らえて、これから処刑してやろうって時に、あんたはわたし達の事を偽
善者と呼ぶの?」
 明らかにシャーリは逆上している。大人っぽさを見せているのは建前だけか。とリーは逆に安
心する。相手の性格が子供に近ければ近いほど、扱いやすく、情報も引き出しやすい。
 リーは口元を少し緩ませながら、シャーリの方に向かって言った。
「いいや、すまなかったな。だが、我々としては、西側の人間として、この国の総書記を自分か
ら降ろさせたかった。ただそれだけだ。そのためには武力行使もしたかもしれんが、処刑まで
を考えているわけじゃあない。
 しかし、君が今言った言葉、この国を潰すという考えは賛成だ。実際、我々はその為に今戦
争を行っている。この国が潰れた後に新しい国を立てるという考えも一致するだろう?
 だからその銃を下ろしておけ。私達を殺せば君のお父様は喜ばないぞ」
 とリーが言うと、シャーリは重々しい音を立てさせながら、手に持っていたショットガンを机の
上に置いた。
「ふん。とりあえずは譲歩的な考えね。西側の人間はもっと傲慢だって聞いていたけれども?
だけれども、今のあなた達には選択肢は二つしかないわ。わたし達に協力するか、しない
か?」
 あくまで主導権をシャーリは握ろうとしている。下手に歯向かえば彼女を逆上させる事になる
だろう。
「もし協力しな…」
「よし、協力するとしよう」
 タカフミの言葉を遮ってリーが言いだした。その彼の言葉にはタカフミは心底驚いた様子だっ
た。
「おい、リー。何を!」
「利害は一致している。我々『WNUA』の軍はこの戦争に勝てればいい。その後の事はその後
の事だ。ベロボグもこの国と戦争はしても、『WNUA』とする気は無いんだろう?我々軍人は話
し合いの場には出ないからな、後は好きにしろ」
「ふーん。わたし達が、あなた達の国の空軍基地を丸々吹き飛ばしたというのに。随分簡単
と、協力する気になるのね?」
 シャーリは幾分かその声を落ちつけ、まるでリーとタカフミを品定めするかのように見てきた。
「あのテロ攻撃なら、君達が起こしたという関係を証明するものは、まだ出ていないものでね」
「もし、出てきたりしたら、あなた達は軍の命令に従い、わたし達を裏切るのね?」
 シャーリはもう一歩踏み出す質問をする。銃を向けられているような状況では彼女の質問に
答えを戸惑って当然だろう。
 だがリーは答えに戸惑わず、堂々と言った。
「ああ、そうだろうな。そこの所が、軍人の辛いところさ」
 リーがそのように答えると、シャーリは薄く笑った。そして部下に向かって言い放つ。
「いいわ。この人達に、別室を用意してあげなさい。協力して欲しい時はあんた達に言うから」
 部下達はリー達を連れ、総書記の執務室であったその部屋から出されていく。まだ警戒され
ている。後ろから銃を突きつけられ、リー達は歩かされていた。
「おい、リー」
 タカフミが話しかけてくる。彼はまだリーの意図が掴めていないという様子だ。
「ただ、彼らの流れに合わせたというだけさ」
 と、リーは歩きながら答える。
 彼はまだ不審そうな顔をリーへと向けるばかりだったが、タカフミも薄々リーの申し出の裏に
ある意図に気が付いているだろう。
 シャーリ達はまだ知らない。彼女らはリーとタカフミは『WNUA』側の人間だと思っているよう
だが、それは違う。リー達はあくまで組織の人間なのだ。
 しかしここで『WNUA』の身分を名乗り、彼女達に協力的姿勢を見せれば、この場をしのぐ事
はできるだろう。
 シャーリ達が、リーの事を疑っていたとしても、あの場をしのぐ事はできた。さて、次はどのよ
うにしていくべきか。リーは考えを巡らせた。
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