レッド・メモリアル Episode16 第4章



「国会議事堂の占拠に引き続き、今度は総書記の処刑と来たか。ベロボグが考えているのは
国家の転覆だろうが、その後は一体どうするつもりなんだ?」
 タカフミは自分達のいる部屋にも回されてきた、ウェブ中継を観る事ができる端末を見てつ
ぶやいていた。
 彼らは今では他の人質達とは違って、狭い別室に入れられている。シャーリ達に対しては協
力を申し出ると言ったはずのリー達だったが、結局のところは人質と別室にされた以外には変
わりが無かった。
 倉庫のような部屋の中には、タカフミ達だけが入れられ、中にはマシンガンを持ったテロリス
トがいる。何か怪しいそぶりを見せれば容赦はしない。そんな事では人質と何も変わらない。
 シャーリ達は、リー達をほったらかしにしてしまっているのか。
 この国の総書記を彼らは処刑するつもりでいる。東側の国全てを敵に回している今では、リ
ー達の存在などちっぽけなものでしかないのか。
「アリエルは、どこへ行ったのだろうな」
 事が深刻な状態に陥って来ているが、リーは突然、そのようにつぶやいた。
「何を言っている、お前?」
 この状況下でリーらしくない。そう思ったタカフミは彼に尋ねた。
「人質の中にアリエルはいなかった。彼女はこの地下施設から逃げてしまったか、もしくは、ま
た別の場所で捕らえられているか」
 目の前のウェブ中継で見せられた、ヤーノフ総書記の屈辱的な姿よりも、リーはアリエルの
心配をしている。一個人の心配をしているとは、彼らしくなかった。
「そんなに、アリエルの事が心配か?」
 タカフミはそのように尋ねてみる。確かにアリエルはベロボグの娘であり、軽視する事ができ
ない存在だ。ベロボグ達も彼女を追って行動している。
「アリエルの頭の中に移植されているデバイス。あれを、ベロボグは今でも狙っているはずだ。
総書記の処刑をして国家転覆をはかる。これが最終目的とはとても思えん」
 するとタカフミは感心したかのように首を振った。
「なるほどな。しかし、俺達がここに閉じ込められている以上、アリエルを探しに行く事はできん
ぞ。外の組織の連中には、アリエルの事は最優先事項としているから、どこかに逃げていても
すぐに探し出してくれるさ」
 リー達がそのように話していると、突然、倉庫の扉が開かれた。そこには堂々たる姿で、シャ
ーリの姿があった。
 タカフミはそんな彼女の姿を見て言い放つ。
「君の映りは良くなかったぞ。全世界に放送しているんだから、もっとましな格好をしたらどう
だ?」
 それは今彼がすることができる、精いっぱいの皮肉だった。相手の感情を逆なでできればそ
れでよい、そこに隙を作る事ができる。
 だがシャーリは不敵な笑みを見せるだけだった。
「あんたも随分、危機感というものが無いようね?まあ、いいわ。あなた達にしてもらいたい事
ができたの。『WNUA』の人間として、してもらいたい事がね。断る事はできないわ。あなた達
は人質なんだから」
 そう言いつつシャーリは、ショットガンの銃口をリー達へと向ける。どうやら選択肢は無いよう
だった。
「それで、私達にしてもらいたい事とは?」
 リーは一歩シャーリに歩みよって、堂々たる声で言った。

 一方、同時刻、アリエルはたった今、自分が暮らしてきた国の最高指導者がテロリストに捕ら
えられ、しかも処刑の告知がされた事など知らず、別世界の様な趣の医療施設にいたままだ
った。
 ここには心安らぐような空間が提供されている。壁紙も、空調設備さえも管理がされており、
ここまで綺麗で整い、しかも管理されているような空間をアリエルは知らなかった。
 だがアリエルは落ちつかなかった。広々としたホールからは子供達が、一人、また一人とどこ
かへと連れていかれる。
 子供達を連れていくのは、同じく白衣に身を包んだ、医療関係者らしき人物達だった。
 アリエルは、突然その姿を現した父親の存在を、テロリストとして教えられた。
 しかしそれが今ではどうだろうか。まるで本物の医師であるかのような姿を見せており、さら
に彼の下にいる人物達も、本物の医療関係者のようだった。
 アリエルにとっては何が何だか分からない。
「お姉ちゃん。ねえ、お姉ちゃん」
 そう言ってくる子供の姿があった。肌が青白く、髪の毛が完全に生えそろっていない。おそら
く何かの病気で毛が抜けてしまっていたのだろうが、赤子が、髪の毛をうっすらと生やしている
かのように、その髪には薄く金色の髪が見えている。
 男の子だった。アリエルがさっきからずっと構ってやっている男の子だ。彼は年頃が、5、6歳
なのだろうか。あくまで普通の男の子でしかない。
「お姉ちゃんは、どんな病気でここに来たの?」
 唐突な質問だった。アリエルはクリーム色の柔らかなソファーに、その男の子と共に座りなが
ら、どう答えようか迷った。
「私は、別に病気とかじゃあなくって」
「じゃあ、院長先生の子供だから来たの?」
 男の子はすかさずそう尋ねてきた。院長先生と言う言葉がしっくりとこなくて、アリエルは彼に
向かって尋ねる。
「その、院長先生って?」
 すると、当たり前の事を言うかのように少年はアリエルに言って来た。
「だって、お姉ちゃんのお父さんが、院長先生なんでしょ?僕は院長先生に、血液の病気を治
してもらったんだ。だからほら、抜けてしまっていた髪の毛も、今では元通りになってきている
よ」
 少年はそう言いながら、自分の頭を撫でている。
 テロリストだと思っていた自分の父親が、院長先生と呼ばれる存在であり、しかも小さな子供
の病気を治している。アリエルはそう言われてもとても信じる事ができないでいた。自分は一
体、何を信じていけば良いのだろう。
 アリエルは頭を抱え出した。すると、自分の視界の中に、大柄な人物が姿を現し、自分の方
へと迫ってくる。
 それはアリエルの父だった。
「アリエルよ。頭を悩ませているようだな。頭痛がするのか?」
 と、本当の娘を気遣うかのような口調で彼は言ってくる。だが、アリエルはまだ父親を信用す
る事はできないでいた。
「私に、構わないで欲しいわ」
 と言って、アリエルは自分に伸ばしてきた父の手を払った。すると、父はどうとも取る事ができ
ないような顔をアリエルへと向けてくる。
「そうか。まだ、この私を信じる事ができないかね?無理も無い。私は随分と、君には酷い事を
してしまったかもしれないからな」
 そう言うなり、父は、アリエルのソファーの向かいに座った。
「すまないのだがね、トマス。君は自分のお部屋に戻っていてくれないかな?私は彼女と大切
な話があるんだ」
 そのようにベロボグは、トマスと言う名らしい少年に優しく告げる。すると、彼はすぐに立ち上
がった。
「うん。分かった。また御夕飯のときに会おうね」
 と、トマスはアリエルに言ってその場から走って広間を出て行った。
 アリエルは元気にかけて行く少年の姿を背後から見ていた。父も同じようにしてその少年の
後ろ姿を見守っていた。
「あのトマスは、元は白血病でね。しかしながら彼がいたのは、『スザム共和国』の内戦地帯だ
った。私が現地に行った時に知り合ったが、彼の病気は相当に進行していて、もはや死ぬの
は明らかだっただろう。
 私がこの施設を作り、彼を助けてやらなければ、彼はあんなに元気にはならなかった。恐らく
この東側の国では、不治の病だったが、今、私が持っている技術ならば、白血病が進行してい
ても治す事ができる」
 父は語った。不治の病であった少年を救った父を、どう思ったらよいのか、アリエルには理解
できない。
「この医療施設にいる子供達は、ほとんどが『スザム共和国』から連れてきた。白血病、小児
がんから、戦争で大きな怪我を負った子供達ばかりだ。私はそうした子供達を救う所から、世
界を変えようとした」
 父は、真剣なまなざしでアリエルを見つめてくる。その目には一点の揺らぎも無い。そんな目
をする人物をテロリストとして見る事ができるだろうか。彼の眼は正義を持っていた。それはい
い加減で中途半端な正義などではない。
「でも、あなたは、テロリストを率いているのでしょう?シャーリ達を使って、酷い事をしてきた」
 アリエルははっきりと言った。正義に満ちあふれた父の目に反抗するかのような言葉だっ
た。だが、アリエルはどうしても父親が自分にした事を、許す事はできないでいた。
 今、こうして対面するまで、アリエルにとって、この父親は恐ろしい存在の他何者でもないの
だ。
「アリエル。君にした事はすまない事だと思っている。恐らく、君は私を許してくれないだろう。し
かし、真実を知ってほしい。私は君への愛情を感じている。父親として、君達娘に残すべき、本
当に価値のあるものを、私は残していくつもりだ。
 もちろん、この病院にいる子供たちに対しても、私は大切なものを残そうとしている。それが
何であるか、君はすでに記憶の中にあるはずだ」
 父はそう言ってくるが、アリエルは何も思い出す事ができない。数日前に父親と再会したのが
初めてであって、それ以前にはアリエルは父親が生きていると言う事さえ知らなかったのだ。
 一体、彼の言う言葉をどのように信じたら良いと言うのだ。
「私には、何の思い出も無い。あなたと出会ったのも、あの病院が初めて。それに、私は、あな
たがどんな事をしてきたとしても、テロリストとしてしか見る事ができない!」
 アリエルはそのように言い放つ。それが本心だった。この父親をどのように信じろと言っても
信じる事ができない。
「無理も無い。君がそこまで私を嫌悪しても無理も無いと言う事は私にも分かる。だが、君を信
じさせる方法が私にはある。どうか、その方法を使って、私達を信用して欲しい。
 そうすれば君にも理解する事ができるはずだ。この世界が一体何を必要としているのかとい
う事を」
 父はそのようにアリエルに言ってくる。しかも自分の大きな手を乗せて来ていた。そこからは
父の体温が感じられ、アリエルははっきりと父と言うものの存在を感じた。
「それは、病気の子供達の治療をするという事?」
 アリエルは尋ねる。
「それは手始めにしか過ぎない。いくら子供達を救おうとも、大人が考え方を変えなければ、永
久に悲劇は連続する。必要なのは大きな変革だ。それも、歴史上、今まで行われてきたような
変革では何も変わらない」
 父の考えている事を探ろうとするものの、アリエルにはやはり理解する事ができなかった。彼
の考えが複雑すぎ、あまりに子供でしか無い自分には理解する事ができないのだ。
「私には、まだ分からない。あなたが何を考えているのか、という事が」
 アリエルは頭を抱えた。父の考えがあまりに複雑すぎて頭が痛くなってきそうだ。そんなアリ
エルの前に、どこから現れたのか、一人の女が立っていた。
 その女は冷たい目でアリエルを見下ろしてきている。そう言えば、さっき父親と一緒にいた女
だった。白衣だらけの人物と、真っ白な病院の様な施設の中で、その女が着ているダークスー
ツの存在感は大きい。
「彼女はブレイン・ウォッシャーと言われている。分かるかね?西側の国の言葉で、記憶洗浄と
呼ばれる者だ。元々は孤児で生まれながら言葉を話す事ができない。私が『スザム共和国』で
引き取った。
 ここ最近は、西側の『タレス公国』で活動をしていたが、計画が始動したために戻ってきた」
 父の言った事は本当であるようだった。ブレイン・ウォッシャーという奇妙な名の女は、西側
の国の様に洗練された姿をしていたものの、顔立ちはスザム共和国のような内陸地方の国の
顔立ちをしている。
「記憶洗浄とは?」
 アリエルが尋ねる。
「ブレイン・ウォッシャーは君から記憶を引き出す事ができる。君は私の事も何も覚えていない
だろう?それは私がこの時のために、封印しておいた記憶なのだ。私は何度も君と出会ってい
る」
 そのような事を父親から言われても、アリエルは全く理解する事ができない。出会った事があ
ると言われても、それは記憶にないのだ。
「君を利用していたと思うかね?ブレイン・ウォッシャーは記憶に入り込む事ができ、コンピュー
タのメモリーのように、自在に、記憶を抜き差しする事ができるのだ。君には、この計画までず
っと平凡に生活をしてきて欲しかった。
 だが、今は君に協力をして欲しい。その理由は、ブレイン・ウォッシャーが呼び起こしてくれる
だろう。安心してくれ。ブレイン・ウォッシャーは丁寧に記憶を返してくれるだろう。リラックスした
まえ」
 アリエルはそう言われたものの、父の言ってくる言葉が完全には信用する事ができなかっ
た。だから目の前の女の冷たい視線にも、どことなく恐怖を感じざるを得なかった。
 ブレイン・ウォッシャーと呼ばれる女は、アリエルの前にしゃがみ、その両手をアリエルの額
の両側へと持ってきた。
 このまま、この場所から逃げてしまいたいともアリエルは思った。しかしながら、何故、自分が
こんな事に巻き込まれているのか、そして父親の正体をも知りたい気がしていた。
 その事に答えを出してくれるのか。
 そう思い、アリエルは自ら、自分の頭をブレイン・ウォッシャーの手の中にゆだねた。
 ほのかに暖かい感触が、アリエルの頭を包み込んだ。
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