レッド・メモリアル Episode17 第3章



ボルベルブイリ市内

 《ボルベルブイリ》の国会議事堂からそう遠くない場所に、自分達の陣を構えていたセリア達
は、ようやく国会議事堂の方で動きがあった事を知った。
(人質二名が解放。依然として総書記殿は地下シェルターの中に捕らえられたままの模様)
 そのように傍受した無線機からは言葉が漏れていた。セリア達はそれを聞き逃さず、即座に
フェイリンは、双眼鏡を使って国会議事堂の方を見る。彼女の眼は、幾つもの建物をも透過し
て、議事堂の方を見る。
 相変わらず議事堂の周囲は、戦時中として、更に敵の侵入した敵地として、何台もの洗車や
装甲車までが配備されていた。彼らが丸一日以上も動けていないのは、その入口が狭すぎる
事と、総書記を人質に取られている点だろう。
 街の外側には『WNUA』が攻めてきており、内側には総書記を人質に取る存在。このダブル
パンチを『ジュール連邦軍』はどのように潜りぬけるのか。
 だが人質が解放されたと言う事で、膠着状態に少し動きが出ていた。
「どう?フェイリン。解放された人質は分かった?」
 一日以上の張り込みの最中、セリアはずっと椅子にリラックスした姿で座り、しかも時々つま
らなそうに居眠りまでしていた。しかしながら、いざ、動きが見せられはじめると、彼女はその目
を開け、ベランダから、議事堂の方を探るようにと、フェイリンに指示を出したのだった。
 フェイリンは、普通の人間では見る事ができない、建物を透過して議事堂を探る。こちら側の
姿は、議事堂側からは見えず、自分達の捜査が妨げられるようなものはない。
「セリア。もしかして、あの人達って」
 少しフェイリンは驚いたかのような声で言って来た。
「何事ですか」
 セリア達と一緒にいる、組織の男もテーブルから身を乗り出す。
「何が起きたのか、言ってくれなきゃあ、わたし達はあなたみたいに物が見えないんだから、分
からないわ」
 セリアもそのように言う。彼女達に見えるものは、ただ通りを隔てて建っている隣の建物しか
見えない。ただ、その先に議事堂はある。
「あれは、リー・トルーマンって言う人。そして、もう一人はあなた達の仲間だよ」
 フェイリンはそのように言いながら、組織の男の方を振り向いた。
「ワタナベ氏ですか?」
「ああ、確かそんな名前の人。その人が解放されている」
 フェイリンのその言葉に、セリアは状況を考えた。ベロボグの軍が国会議事堂を襲撃したの
は、総書記や政府機能を麻痺させ、更に解体に追い込むつもりだろう。
 それに関係の無い、リー達は解放されたと言う事なのだろうか。
 だがそれだけではないはず。セリアはここ数日で、いい加減リーの狡猾な性格にも慣れてき
た。恐らく彼は首尾よくテロリスト達から解放されたに違いない。そして、新たな目的の為に動
こうとしている。
 だからセリアは、すぐに組織の男の前に立ち、彼に向かって尋ねた。
「リー達が解放されて、する事と言ったら何?」
 セリアは堂々たる声で質問をする。それはもはや軍で行う尋問に近いものだった。
「我々との合流をするはずです。いくらあの方達でも、この状況でできる事は限られていますか
ら」
 すかさずセリアは電話を手にした。それは目の前の男が持っている電話だった。
「電話でもかかってくるって言うの?でも、電話も連絡も来る気配は無いわ。フェイリン。リー達
はどこへ向かおうとしているの?」
 双眼鏡を覗きこんでいるフェイリンに尋ねるセリア。すかさずフェイリンは言葉を返してきた。
「車に乗り込んで…、こっちじゃあない。別のどこかへと向かおうとしているみたい。どうも街の
東側へと向かおうとしているみたいだよ」
 するとセリアは光学画面を展開させて、《ボルベルブイリ》の街の地図を展開させた。この街
は広大で、歴史ある街並みが入り組んだ姿をしている。地図を持たなければ旅行者は迷うだ
ろう。
 しかしながら、迷路の様な街の中心部と違って、東側の街の一部区画のみは、正方形に整
備されている事が伺える。
 セリアの目の前に展開される光学画面の地図は、立体化される。すると、その東側の区画に
は高層ビルが立ち並んでいる事が分かる。
「イースト・ボルベルブイリ・シティ?」
 セリアはその地区の名前を読み上げた。すると組織の男は立ち上がり、セリア達に説明を始
めた。
「ええ、先進的な開発が進められている、この東側の世界唯一の高層ビル街です。多数の企
業がビルを構えている場所ですよ」
 セリアは頭を巡らせた。そう言えば、閉鎖的とも言われている東側世界の共産主義社会に
も、唯一開かれた場所があると言われている。それが、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》
だと言う。
 そこには東側の世界で幅を利かせる企業などが、唯一の拠点として活動を続けている。
「リー達の乗った車は?」
 セリアは窓から監視しているフェイリンに向かって呼びかける。
「ずっと東に向かっている。表通りを通って、まっすぐ東の方向へ」
 国会議事堂から伸びている東向きの表通りは、まっすぐ《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を
目指していた。
「ベロボグの財団でも何でも良い。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》に、彼に関係した施設は
無い?きっと、リー達はそこへと向かっているのよ」
 セリアは直感を信じた。窓からはフェイリンがずっと監視している。それに、リーに興味がある
のは、ベロボグの組織に関する事だけだ。
「『チェルノ財団』は、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にありますが、すでにこの国の軍に差し
押さえられています。テロリスト達のアジトとして、徹底的に捜査されたばかりで一般人は近づ
けませんよ。
 ですがベロボグは、財団を通じて、幾つもの企業に業務を委託していたと言います。その企
業は《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にあるかもしれません。我々もマークしていたはずなの
ですが、ベロボグは巧妙にそれを隠させていて…」
 組織の男がそこまで言ったところで、すでにセリアは寒い外に出るために上着を羽織ってい
た。
「それはリー達を追跡すれば分かる事よ。国会議事堂の下で何かを掴んだのかもしれない。ど
っちにしろ、わたし達はリーを追うわ。フェイリン。ついて来なさい。あなたの眼が必要になる
わ」
 そのようにセリアはフェイリンに言った。彼女は双眼鏡を持ったまま窓枠に座り、戸惑った表
情をセリアへと見せていた。
「何やっているの。行くわよ。それからあなたは、ベロボグと繋がっている企業を洗ってもらう
わ。何かあったら、リーだけじゃあなくって、わたし達にもきちんと連絡するようにしなさいよ!」
 セリアは組織の男に言葉を投げかける。この男がどこまで信用する事ができるか分からなか
ったが、リー・トルーマンにも、ベロボグ・チェルノにも近づくには、この男の組織というものを利
用する他無かった。
 フェイリンもようやく支度ができたのか、さっさと玄関からアパートを出て言ってしまうセリアの
後を追った。
 組織の男は一人アパートに取り残され、果たしてここからどう動こうかと迷う。
 すべき事は一つ、リーに対して連絡を入れる事だったが、彼の携帯電話は国会議事堂で人
質になった時に没収されたらしく、出る事は無かった。
 もし組織に彼から連絡を入れたい時は、向こうから連絡を入れてくるはずだ。そうしたら、セ
リア達が後を追いかけた事を教えておく事にしよう。

 一方、リー達は、テロリスト達に与えられたデータを元にして、車をまっすぐ《イースト・ボルベ
ルブイリ・シティ》へと向かわせていた。
 リーは車体に設置された光学画面を見ながら、それを叩き、一点を示す素ぶりを見せた。そ
こにはポイントが示されており、きちんと《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の一つのビルを示し
ている。
「ここに何があると思う?」
 タカフミに確認するかのように尋ねるリー。運転は彼へと任せ、周囲への警戒を張っている。
「さあな、だが、お前はもう知っているんじゃあないか?」
 運転しながらタカフミが尋ねた。
「何をだ?」
「ベロボグの部下達が、わざわざ俺達をご指名になって命令してきたようなものだ。奴らが直接
動く事ができない、よっぽど危険なものなんだろうぜ。だが、奴らはそれを欲しがっている。一
体、何だと思う?」
 だが、そのタカフミの質問にはリーは答えずにただ言った。
「依然として尾行は、黒塗りの大型車だけだ。恐らく奴らによって監視されている。それ以外の
尾行は無い様子だ」
「ああ、そうかい。俺達はテロリスト共の監視の下で、何かを手に入れさせられる。それが何か
って事は、俺達にもまだ分からないままだ」
 タカフミは背後から尾行が来ている事を知りつつ、餌に泳がされている魚のような気分になり
ながら、じっと車の運転をする。正面にはこの東側諸国では唯一となる、高層ビル街が見えて
きた。
「目的地は《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の更に東側にあるビル。ここに入っている会社は
幾つかあるが、先端技術開発を行っている企業、シリコン・テクニックスの施設だろう。この会
社は『WNUA』側の会社で、この東側の国に技術提供を行っている。
 基本は一般的なコンピュータデバイスの開発だが、更に進んだ技術開発も行っているようだ」
「ベロボグの奴の息のかかった会社だと思うか?」
「いや、もしかしたら、ベロボグはこの会社が保管か管理をしている、何かを奪いたいのかもし
れない。それで我々を送り込んだのかもしれない」
 リーはじっと真剣な表情をして、自分の膝元においた立体画面へと見入っていた。それは手
で回転させようと思えばいくらでも回転させる事ができ、リーは何度も、《イースト・ボルベルブイ
リ・シティ》の立体画面を回転させていた。

タレス公国 プロタゴラス 大統領官邸

 西側の諸国、WNUAで最大の勢力を持つ『タレス公国』では、カリスト大統領が、開戦した以
降は国全土に厳戒態勢が張られており、中でも《プロタゴラス》、そして大統領官邸は最大の警
戒態勢が張られていた。
 『ジュール連邦』がいつ、いかなる反撃を仕掛けてくるか分からない。開戦からわずか24時
間で『WNUA』側は圧倒的優勢によって戦争が進められていたが、『ジュール連邦』側は不気
味な沈黙を守ったままだ。
 国全土を覆う、防空レーダーは常にミサイルや戦闘機の動きを察知し、東側諸国からの攻
撃が無いかを警戒する。
 大統領や関係閣僚、上院・下院議員のほとんども、国会議事堂の地下に避難をし、警戒に
当たっていた。
 カリスト大統領は、自分が下した決断がどのようなものであるかは自分でもよく分かっていた
し、これが歴史を塗り替えるものであるという事も分かっていた。だからこそあそこまで迷った。
 国では思いの他、反戦暴動などは起こらなかった。むしろ、東側諸国から軍事基地に対して
核攻撃を受けたという事もあり、『ジュール連邦』を非難する声の方が圧倒的に高かった。
 国民はすでに用意していた地下シェルターに避難をし、いつ降り注ぐかわからない空爆に怯
えはしたが、大統領や『WNUA』側の軍を支持した。
 その応援が力になったかどうかは分からないが、『WNUA』軍は、《ボルベルブイリ》へと接近
しており、街のわずか10km地点の場所に緩衝地帯を向け、連邦軍とにらみ合っている。
 首都攻撃を行おうと思えば、カリスト大統領の命令で、いつでもそれを下す事もできた。
 そんな大統領はここ数日間、満足に眠る事もできないでいた。大統領としての仕事がそうさ
せているのではない。今、この世界の全てを変える事ができるという決断が、彼を眠らせない
でいた。
 実際に3日以上も眠らないような事もあった大統領の仕事だが、彼はその後でも、国民達に
そして世界に対して、堂々たるテレビ演説を行う事もできた。
 今も戦争の最高司令官として、堂々たる演説で、『WNUA』優勢を唱える事ができるようにな
っている。
 それは自分と同じ立場にいる、『WNUA』の他の七カ国の首相達に対しても同じだった。
「カリスト大統領。すでに我々は大きく優勢に立っています」
「大統領…、会談中に申し訳ありませんが、御覧に入れたいものがあります。関係各国の方に
も是非見てもらいたい」
 そのように言って来た補佐官は、そこに新たな光学画面を展開させた。その画面は他の首
相達にも見えるように展開される。
 大切な会談中何事かと、カリスト大統領は思わず顔をしかめたが、よほどの事なのだろう。
彼も新たに展開された画面に見入った。
するとそこには、一人の男が映っていた。
 彼は、あたかもどこかの国の指導者であるかのように演壇に登り、スーツ姿で演説を行って
いる。
「見た顔だ」
 カリスト大統領がすぐに言った。すると、
「彼は、ベロボグ・チェルノを名乗っています。実際、顔と声紋が一致しています」
 補佐官はそのように言って来た。どうやらすでにライブ中継は始まっていたらしく、それが今、
大統領の元へと持ってこられたのだ。
「何だと、では、こいつは我が国に攻撃を行ったテロリストではないか」
 カリスト大統領は自分の眼を疑う思いだった。ベロボグ・チェルノの顔は知っていた。あの男
は慈善団体を名乗り、この国にテロ攻撃を仕掛けてきた。更には軍事基地一体を中性子爆弾
で木っ端みじんにするなど、この国にも大きなダメージを与え、更にそれは『ジュール連邦』と
の戦闘にまで発展させたのだ。
 写真の顔は嫌でも覚えている。スキンヘッドで面長だが、堀の深い顔には威圧感があり、一
度見たら忘れられない男の顔だった。
 だが今、ライブ中継を前にして、壇上に上がっている男は、どこか、あのベロボグよりも若い
印象を受ける。10歳ほどは若く見える姿をしており、不思議な事にその姿は清らかささえ持っ
ていたのだ。
 ベロボグは演説を続けていた。
(すでに知っての通り、『ジュール連邦』の政府は東側諸国に対し、恐怖政治を敷いている。周
辺各国を、社会主義の名のもとに支配し、その政治のみならず、国民をも虐げている。その勢
いは留まるところを知らず、1世紀以上もの間、この国々は恐怖に支配されてきた。
 3年前の『スザム共和国』のペタの街では、民族浄化の名のもとに、多くの市民が虐殺され
た。女子供、全てが殺戮の渦に遭い。無数の尊い命が犠牲になった)
 この男は何を言っているんだ。自分も爆弾を使って、軍事基地を破壊し、我が国の兵士達を
大勢葬ったではないか。
 言っている事も、所詮は革命家を気取った言葉を並べ立てているに過ぎない。この男は、自
分だけの正義のために、多くを犠牲にする事をいとわない、偽善者に過ぎないのだ。
「発信元は特定できているのか?『ジュール連邦』政府の対応は?」
 カリスト大統領は尋ねるのだが、
「いえ、発信元は特定できません。ですがこの放送は全世界へと中継されています。『ジュール
連邦』政府は、国会議事堂の占拠で手いっぱいの様子で…」
 そこまで補佐官が言いかけた時だった。
(我々は革命を起こす。この『ジュール連邦』の圧政に終止符を打つために、一人の代表者に
責任を取らせる。我々は非人道的な事は行わない。きちんと西側諸国にもあるような作法にの
っとった処刑を行う)
「処刑だと?処刑と言ったか?」
 ベロボグはジュール語で話しているから、西側諸国の者達にとっては通訳が必要だ。カリスト
大統領も、ジュール語はある程度知っていたが、改めて補佐官に聴きなおす。
「翻訳ソフトを使いましょう」
 そのように補佐官が言うと、ベロボグの言葉に合わせて、タレス語になった翻訳が流れるよう
になった。
(処刑はきっかり1時間後に決行される。我々の代表だった総書記、ヤーノフは、自らの執務室
で処刑される事が適当だと判断した)
 そのようにベロボグが言うと、彼の壇上の背後に別の画面が現れる。薄暗い場所で撮影され
ている画面で、どこかの地下室である事を思わせる。
 それはどうやら、ベロボグの言った通り、『ジュール連邦』総書記、ヤーノフの執務室であるら
しかった。
 だが暗さからしても地上の執務室では無い。恐らく現在ベロボグ達によって制圧されている
国会議事堂の地下施設にある、臨時の執務室だろう。
 ベロボグは別の場所にいながら、あたかもその執務室に自分もいるかのように画面を合成し
ている。
 そしてその臨時の執務室には、屈強な姿をしたテロリストらしき者達の間に座らされている一
人の男がいる。彼を取り囲んでいるテロリスト達があまりに屈強であるため、とても小柄な中年
の男にしか見えない。
 だがその顔はカリスト大統領達にとってもよく知る人物だった。
「ヤーノフか?この男はヤーノフなのだな?」
 そのように大統領が確認するまでも無く、画面の向こうのベロボグは言って来た。
(今から1時間後、ヤーノフ総書記を絞首刑にかける。それには全世界が注目してもらいた
い。『ジュール連邦』は再編され、新たな国へと生まれ変わる。そしてその革命は世界へと伝わ
り、やがて、世界は大きな変革の渦に気が付くだろう)
 ベロボグの演説は続いた。
 カリスト大統領は、その演説を続けるベロボグの視線が、自分へと向けられているような気
がしてならなかった。この男は、ヤーノフの処刑を他でも無い、『WNUA』の国々へと向けてい
るのではないだろうか。
「ベロボグは、別の場所にいるという事か?何故、ヤーノフの処刑を部下に任せ、自分は別の
場所で見物などを?」
 カリスト大統領が一つの疑問を、部屋にいる者達へと投げかける。すると、
「これが撮影されているのは、包囲された国会議事堂の地下です。ヤーノフが死ねば切り札を
失い、ジュール軍の突入が始まる可能性が高い。自身の安全のためでしょう」
 軍事参謀の一人がそう言って来た。確かにそうかもしれないが、ヤーノフの処刑を行えば国
家転覆さえも図る事ができる。そのような歴史さえも変えてしまう出来事の首謀者が、処刑に
立ち会わない事には、何か別の理由がある気がしてならない。
「ベロボグには処刑以外にも別の目的があるのかもしれない」
 カリスト大統領は独り言のようにそう呟いていた。そんな彼の元へ、中継会議の真っただ中で
あり、同じベロボグの演説を見ていた、『マラゲーニャ共和国』のヨーゼフ首相が口を挟んでき
た。
「大統領。しかしながらこれはチャンスかもしれません。我々にとってヤーノフは敵であり、国会
議事堂は軍事作戦の最期の砦でもある。『ジュール連邦』を解体させるためには、ヤーノフの
処刑はむしろ好奇と見るべきかと。
 現に、『ジュール連邦軍』は国会議事堂の占拠により混乱しています。この機会を狙い、一気
に連合軍は首都制圧を目指すのです)
 ヨーゼフ首相はそのように自分を押してきたが、カリスト大統領は素直にはうなずけない。
「むしろヤーノフが処刑される事により東側諸国全土が混乱する。その後に、『ジュール連邦』
を制圧したとしても、混乱をそのまま、我々が引き継いでしまうだけだ。より戦後処理は悪化す
る。
 それに、ベロボグ・チェルノは幾ら革命家を気取ろうともテロリストである事に変わりは無い。
ヤーノフを処刑し、そのまま国を我々に渡すとは思えない」
 カリスト大統領達が議論している間も、ベロボグの演説は続いていた。
(これは、我々の祖国が西側の国に屈した事を示しているのではない。西側諸国が我々への
戦争を続けると言うのならば、『ジュール連邦』を解体した後にも、それを迎え撃つ準備が我々
にはある)
 やはりベロボグは、そのまま祖国を西側へと渡すつもりはないようだ。それどころか、これは
『WNUA』への宣戦布告とも取れる。
 ベロボグの勢力がどれほどか分からないが、少なくとも、『タレス公国』側に核攻撃をしかけら
れるだけの力は彼にはあるのだ。
「どちらにせよ、ベロボグの居所を掴み、『ジュール連邦』制圧と共に、こいつも捕らえる必要が
ある。発信元の特定を急げ」
 カリスト大統領はそのように指示を出した。その間もベロボグの演説は続く。
(この世の中にはまだ、多くの不幸な者達がいる。彼らはすでに自分達の秘めた力の存在を
知っているはずだ。我々の組織が『ジュール連邦』の国会議事堂を占拠でき、ヤーノフを処刑
へと持ち込めたのも、私が秘めた力を持った者を活かし、彼らに生きる目的を与えたためにあ
る)
 この男は、何を言っている?カリスト大統領は画面へと見入った。
(秘めたる力の存在を感じている者達よ。我々は『ジュール連邦』解体後に新たな王国を造ろう
としている。それは今までこの世界に無かった新しい王国だ。
超能力とも取れるこの力を私も有している。そして理解している。この力を有効的に使い、新時
代を造る方法を知っている)
 ベロボグはそこまで言うと、何やら身をかがめた。そして次の瞬間、突然彼は翼を広げた。
 カリスト大統領達ではない、その場にいる者達、そして世界中の者達が圧倒されただろう。ベ
ロボグの背中からは、あたかも天使の翼が出現したかのように、翼が現れた。
 しかし天使の翼のように純白の羽根が現れたのではなく、影のように黒く、それは金属で出
来ている翼のようだった。ちょうど戦闘機の翼のようにも見えるが、あまりに自然にベロボグの
体から、生えているように見えた。
「何だこれは?合成処理の演出か?」
 思わず大統領はそう言ったが、
「大統領。もうご存じのはずです。ベロボグ・チェルノはかの者の一人です。つまり、『能力者』で
す」
 補佐官がそう言った。
「では、自分の『能力』を全世界へと見せつけた、という事か?本当に?合成処理の演出でな
いのか、確かめさせろ」
「大統領、今は、それよりも、むしろ《ボルベルブイリ》への先制攻撃を発動する段階かと思わ
れますが」
 軍事補佐官がそのように言ってくる。
「だからと言って、ベロボグの件を見過ごすわけにはいかない。同時に処理する。《ボルベルブ
イリ》を制圧しても、それに乗じてこのベロボグの組織が台等してきたら、戦後処理が一層悪化
する。
「承知しました。分析にかけ、ベロボグの所在を突き止めます」
 軍事補佐官はそのように言い、引き下がろうとしたが、カリスト大統領は更に念を押した。
「あと、マスコミには、ベロボグの見せたものは、トリックだったと報道するように伝えておけ。
『能力者』の存在が公に知られれば、より世界が混乱するだろうからな」
 大統領は疑問に思っていた。一体、ベロボグは何を狙っている?よりこの世界を混乱させる
という事が、彼の目的なのだろうか?
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