レッド・メモリアル Episode17 第4章



《ボルベルブイリ》『ジュール連邦』

 全世界へとネットワークによって配信されたベロボグの演説。東側の国の長であった、ヤーノ
フ総書記の屈辱的な姿が、世界中を混乱させ、ヤーノフの処刑を行おうとしている人物、ベロ
ボグ・チェルノの存在を全世界の人間が知る事になっていた中、セリア・ルーウェンス達も、車
で移動しながら、その中継を目の当たりにしていた。
「下手な演出家ね。ベロボグは。これで、『能力者』が集まるとでも思っているのかしら?自分
が神か何かであるように、パフォーマンスを見せつけたに過ぎないわ」
 車はフェイリンに運転させ、まっすぐ《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を目指している。車内
で、携帯端末を使い、中継を見ていたセリアはそのように呟くのだった。
 この中継が今、東側の世界を震撼させ、西側の世界をも巻き込む影響力を持つ事は明らか
だったが、セリアはどことなくベロボグの力を認めたくはないようだった。
「でも、もし総書記が処刑されたら、この国は混乱しちゃう」
 フェイリンがセリアに向かってそう尋ねるが、
「ええ、そうね。そこの所を『WNUA軍』が一気に攻めてくるでしょう。つまりベロボグはヤーノフ
を処刑する事で、この街に『WNUA軍』を突入させ、混乱させるつもりでいるのよ。奴の目的は
恐らく、この国を解体する事よ、それはこのテレビ中継の中でも確かに言っていた通りだわ」
 ベロボグの演説は、何度も何度も、繰り返しネットワーク中継をしているようだった。この『ジ
ュール連邦』のテレビ局は現在、幾つもの報道規制がかかっているらしく、ベロボグの演説の
事については触れていない。
 しかしながら、世界中を駆け巡るネットワークは別で、それは世界中にいる傍観者達に向
け、ありのままの真実を報じていた。
(今日、ヤーノフが処刑された後から、新しい世界が始まる。それは今だかつて、この地上に
は存在しなかった世界だ。
 その世界では誰も差別されず、支配も無い。物質主義による競争もない。人間は、生まれ持
ったありのままの姿で生きる事ができる。私の元には、それだけの国を作る準備がすでに整っ
ている)
 何度目かのベロボグの演説だった。この『ジュール連邦』の支配者、ヤーノフを拘束し、いつ
でも処刑にかけられる立場にいるベロボグは、強い意志を持ち、自分がこの国の新たな指導
者であると言わんばかりの様子だった。
「誰も差別されず、支配もない世界、か。言葉で言うのは簡単だけれども、やはりこいつはテロ
リストよ」
 セリアはそのように言い、ベロボグの映っている映像をはねのけた。光学画面が空間上をど
けられる。だが画面に映るこのベロボグが、今まさに、東側の大国である『ジュール連邦』の最
高権力者であるヤーノフを処刑しようとしている。
 処刑と言っても、それは残忍な行為だ。この時代西側諸国『WNUA』の国々ではまず行われ
ていない。だが、東側諸国では国家反逆により、日常茶飯事で行われているという。
 ベロボグが行おうとしている処刑もそのようなものだ。ヤーノフを国を腐敗させた大罪者とし
て裁こうとしている。
 彼にそのような権利があるのか、『ジュール連邦』にも司法制度はもちろんあるが、ベロボグ
に裁判官として、また死刑執行人としての権限はない。
 つまり結局のところ、彼がやろうとしているのは残忍な行為なのだ。
 セリアがそのように考えを巡らせていると、突然、運転しているフェイリンが言って来た。彼女
は自らの能力を使い、建物を幾つも透過して、リー達の車とは一つ通りを隔てた場所を走行し
ている。そうすれば、さすがの諜報組織のリーであっても、尾行には気がつかない。そんな芸
当ができるのは、透視能力を持っているフェイリンだけだ。
「ねえ、セリア。さっき、あの人が言っていた事だけれども」
 フェイリンの言葉をセリアは、《ボルベルブイリ》の街並みを見つめつつ聞いていた。だんだん
と背が高い建物が増えてきて、街に清潔感が現れ始めている。
「何?」
「ベロボグの元に、あなたの娘さんがいるって言っていたけれども、それは本当なの?」
 フェイリンが言ってくる。近く、彼女からその質問をされるだろうと思っていたセリアだったが、
あまりして欲しくない話だった。
「わたしの生まれたばかりの娘が誘拐されて、ベロボグの手下に成り下がっているかもって話
を、あなたはさせたいの?」
 セリアの口調は攻撃的なものだった。18年間も探し続けた娘が、ベロボグの元にいる。それ
だけでも信じがたい事だ。
「いや、そうじゃあなくって、どうして、あの組織の人達は、あなたよりも先にその事を突き止め
ているのかなって思って。実際に、今はあなたの娘さんがどんな姿をしているのかも、分からな
いんでしょう?」
 フェイリンは尋ねてくる。まさしくその通りだ。
「ええ、分からないわね。私は確かに大学時代にベロボグと関係を持った事がある。あいつは
何の警戒心も私に抱かせずに私に近づいてきて、私を身籠らせた。あなたと出会う前に私は
女の子を産んだことは知っている。でも気が付いたら、ベロボグも私の娘も消えていたのよ。た
だ、ベロボグって奴の本当の姿を知ったのはここ2、3日の間よ。それまではあいつがそんな
人間だとは知りもしなかった。これは本当よ」
 セリアはそのように言い放つ。自分に娘がいて、行方不明になっていると言う事は、大学時
代、それこそ軍に入る前からフェイリンには教えてある事だし、相談に乗ってもらった事もあ
る。だが、それ以上は話したくは無い。
 だから、あの隠れ家として使っていた国会議事堂近くにあったアパートから出てきた時、トイ
フェル、トイフェルには余計な事を言って欲しくは無かった。

 リー達が《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へと向かっている事が分かった直後、セリアはす
でに動き出していた。
 だが、焦ってアパートを出ていこうとするセリア達を、トイフェルは一瞬止めた。
「セリア・ルーウェンスさん。ベロボグを追えば、あなたの娘さんに出会う事になります。ベロボ
グもその娘さんが、あなたの娘であるという事を知っていますが、あなた方はお互いに親子だ
と言う事を知らない」
 そのトイフェルの咎めに対して、セリアは攻撃的に答えた。
「だったら、どうだって言うの?」
「あなたの娘さんは今、ベロボグの配下にいます。しかしながら、彼女はテロリストとしているの
ではなく、ベロボグに上手く言いくるめられ、今は保護されるような形になっているのです」
 セリアは彼の方を向き直った。そして、この18年間、どうしようもなかった事を彼に向かって
尋ねる。
「あなた達は、私の娘の今を知っているの?そして、会った事があるの?」
「私どもで、娘さんは保護しました。ですが、彼女はベロボグに誘拐され、彼の配下にいます。
ベロボグを追っていれば、必ず出会う事になるでしょう。そしてベロボグは、あなたの娘さんを
必要としている。
 その目的は分かりませんが、必ずベロボグは娘さんを利用するはずでしょう。ベロボグを追
い詰める事が、あなたの娘さんの救出にかかっている」
 トイフェルはそのように言ってくるが、セリアは彼らの事を信用する事がまだできないでいた。
「あなた達は、いつも口ばかり適当な事を言って、実際のわたしの娘の姿を見せてくれもしない
のね。本当は、ベロボグの手の中にいるなんていう事は分かっていなくて、ただわたしを上手
く、駒として動かせるから、そんな事を言っているんでしょう?」
 セリアはそのように言い、この男の言ってくる言葉を簡単にあしらおうとした。しかしながら男
は、セリアに向かって携帯端末を突き出した。
「いいえ。我々は確かにあなたの娘さんの居所を突き止めています。そして、すでに接触もして
います」
 セリアは男が突き出してきた携帯端末を受け取った。

 その携帯端末から表示されている立体画面を見つつ、セリアは《イースト・ボルベルブイリ・シ
ティ》へと向かっている。
 果たして、このままベロボグへと近づいていけば、この娘と会えるのだろうか。
 携帯端末から表示されている立体画面は、この『ジュール連邦』の国の身分証明書だった。
高校の学生証になっており、そこには顔写真と共に、年の頃17、8歳ほどの娘の顔が映され
ている。
「それが、あなたの娘さん?」
 フェイリンはそのようにセリアに尋ねてきた。しかしセリアは、
「顔だけじゃあ、分からないわ。18年も経っているのよ。私は生まれたばかりのあの子しか知
らなくて、高校生のあの子の姿なんて知るはずもない」
 セリアはそのように言い、携帯端末の画面を消した。
 そして自分に言い聞かせる。これさえも罠であるかもしれないのだ。敵は自分を意のままに
操るのならば、どんな事さえもしてくるだろう。
 だが、娘の存在をちらつかせれば自分が飛びついていく。そんな風に彼らは考えているのだ
ろうか?
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