レッド・メモリアル Episode18 第4章



 セリア達はシリコン・テクニックスのビルの20階へと辿りつこうとしたが、エレベーターはその
20階を通り過ぎてしまう。エレベーターには、20階に行く事ができるスイッチが用意されていな
かった。
「リー達は、どのようにして、20階に行ったと思う?」
 セリア達は1つ上のフロアである21階に降り立ち、フェイリンにそのように尋ねた。
「さあ、分かんないけど、どうやら彼ら、金庫みたいな部屋に入っているみたい。とても頑丈な
作りになっている」
 フェイリンはそう言った。セリア達がいるのは、一つ上のフロア。そこはモダンな作りのオフィ
スルームになっている。とても『ジュール連邦』にある建物とは思えない。ここにあるものは、全
て世界の西側の世界のものだ。
「さて、どうしたものか」
 セリアは考える。床一枚を隔てた先にリーはいる。フェイリンは物体を透過してそれを見る事
ができるが、セリアにはそれができない。カーペット張りになっているその下にリーがいるとい
う。
「ねぇ、セリア、それで、あのリーという人を捕まえて、あなたはその後、一体どうするって言う
の?」
 フェイリンは尋ねる。とても戸惑っているかのような表情を彼女は見せていた。
「わたしにできる事は、奴を軍に突き出す事くらいかしらね。そうすればわたしも収まりがつく。
あいつが何をしようとしていたのか、私をどう利用しようとしていたのか、という事についても、
全て聞き出す」
 そう言ってセリアは床に向かってしゃがみ、床下の様子を探ろうとした。
「床の厚さはどれくらいある?フェイリン?」
「本当は、あなたの娘さんの居所を突き止めたいんじゃあないの?」
 フェイリンが遮って質問をしてくる。だがセリアはそれを無視した。
「床の厚さは、どれくらいあるかって聞いたのよ、あなたの能力でそれは分かるでしょう?」
「多分、1メートルくらいはある。コンクリートだけじゃあなくって、その、金属みたいなのも見える
から、多分、金庫みたいになっていて…」
 フェイリンがそう言いかけた時、セリアは床のカーペットを剥がしにかかった。
「何をする気なの?」
「見た所、20階に降りる方法は何も無い。エレベーターだけしか行く事はできないようだけれど
も、そのエレベーターでも向かう事はできないようね。だったら、するべき事は一つしか無いの
よ」
 そう言ってセリアは剥がしたカーペットの下に覗いた、コンクリートの床に向かって思い切り拳
を振り下ろした。
 拳は床を砕く。大きくヒビを入れて、コンクリートの床を陥没させた。大きな振動が床を揺るが
す。
 だが、セリアの拳の一撃ではそこまでしか陥没できない。深さは10cmほどだった。
「やれやれ、強化コンクリートね」
 そう言いつつ、セリアは手を振った。かなりの衝撃が拳に跳ね返って来て、彼女自身、手に
ダメージがある事が分かる。能力者ゆえ、彼女は自分の拳から繰り出される強大な力で、壁を
も砕く事ができる自信はあった。だが、このコンクリートの床は、彼女が今まで繰り出してきた
拳の与える感触の中でも、最も硬いものだ。
「セリア。あなたの拳でもこの床を掘れるとは到底思えないよ」
 フェイリンがそう言うのもつかの間、セリアは更に一撃、床に拳を繰り出し、床の陥没を深め
るのだった。しかしそれでもまだ先は長そうだ。
 セリアは自分の拳が壊れそうになるのを感じた。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「フェイリン。あんたは、他に20階へと降りるところがないかを探してきなさいよ」
 フェイリンに向かって指示を出すなり、セリアは今度は左の拳を床にたたきつける。今度は左
の拳にも痛みが広がった。

 シャーリは国会議事堂から続いてきた地下道を幾つも曲がり、迷路のような道を抜けていく。
追手がやって来ないだろうか。国会議事堂の地下についてはいつ、軍の部隊が突入してもお
かしくない状況だ。
 そうすれば、この地下水道が発見され、軍によって封鎖される事になる。お父様の計画によ
れば、国会議事堂に残った者達が、最大限に食い止めれば、あと数十分は持ちこたえられる
はずだ。
 そしてその頃には、西側諸国がある決断を下すに違いない。その頃には《ボルベルブイリ》は
混乱の渦中に陥るはずだ。
 その前に行動しなければならない。
「シャーリ、着いたよ」
 レーシーはそのように言って、水路の行き止まりの部分で止まった。彼女はそのまま歩いて
行き、水路を閉ざしている鉄の巨大な扉の様なものの前に立つ。
 彼女が見上げると、その鉄の扉は重々しい音を立てつつ両側へと開いていく。ここは、入り
口だった。
 だが、水路の行き止まりはレーシーの力を使わなければ開く事はできない。彼女が無線通信
をした事により、鉄扉のロックを解除して開かせたのだ。今のところ、この力はレーシーしか使
う事ができない。
 鉄扉のロックの先には、階段が続き、その先はこの不気味な空気さえ漂う、真っ暗な地下水
道とは違う、殺風景な真っ白な廊下が伸びている。
 ようやく目的地にたどり着いた。シャーリは地下水道の下水に埋もれていたブーツを進めて、
その真っ白な床に汚れた足跡を付けていく。
「レーシー。このビルに来るのは初めてでしょう?でも、あなたなら、セキュリティを全て解除で
きる。このビルはあなたを受け入れてくれる」
 シャーリはレーシーに向かってそのように言った。
「分かっているよ。今、解除コードを入力している所なんだから」
 するとレーシーは自分の額の部分を叩きながら、何かを考える仕草をして見せる。そうする
事によって、彼女はこのビルのセキュリティシステムにアクセスする事ができるのだ。
「はい、できたよ。問題なし」
 レーシーはそのようにシャーリに言った。本当にセキュリティが解除されたのだろうか?あま
りにもあっけなさすぎるような気がする。
 だが、お父様が言っていた。レーシーはこのビルの全てを支配できると。それが彼女に与え
られている『能力』なのだ。
「シャーリも、近いうちにこれができるようになるから、感覚が分かるんじゃあないの?」
 レーシーが言ってくる。すると、シャーリはにやりとした。
「ええ、お父様からの贈り物を、早くわたしも手に入れたいものだわ。さて、あいつらは無事に
例のものを入手できたのかしら?」
 シャーリはそのように言い、レーシーと部下を引き連れて、その殺風景な廊下を堂々と進み
だした。
 シャーリは握りしめたままの携帯電話を再び通話にした。

「この赤いものが『レッド・メモリアル』か。ものの重要ささえ分からなければ、ただのガラスの板
にしか見えないな」
 リーはケースの中に入れられた『レッド・メモリアル』というデバイスを見つめて言った。
 そこには一つだけではなく、正確に9つ入れられていた。精密機器を入れるためのクッション
材の隙間にガラス板のようなそのデバイスが入れられている。
 タカフミはその『レッド・メモリアル』の一枚を手にとって掲げた。
「この中には、恐ろしいまでの技術が秘められている。それこそ、今までの人類が手にした事も
ないほどのな。ベロボグはこれを求めていたのか?」
 その時、タカフミの持っている携帯電話が鳴る。それは本来リーのものだった携帯電話だ。
「もしもし、ブツは手に入れたぜ。これを誰に渡せばいい?」
 相手はあのベロボグの娘だ。
(遣いの者をそっちによこしたから、そいつに渡しなさい。もし約束がこじれたような事があった
りしたら、どんな事になるか、分かっているわね)
「ああ、分かっているさ」
 タカフミは金庫室の中で、銀色のケースの蓋を閉じながらそう答えた。そして自らがそのケー
スを持っていこうとする。
(あんた達はその20階で待っていること。決してどこにもいかないようにしなさい)
 女はそのように命じてくる。
「分かったぜ。こっちも急ぎの用事があるんだからな、早くしろよ」
 タカフミがそのように言った時に通話は切れたようだった。
「ふん。人遣いの荒い女だな。ベロボグの奴はきちんと教育って奴をしたのか、あんなんじゃ
あ、将来、ろくな大人に育たないぜ」
 タカフミは吐き捨てるかのようにそう言った。だがリーは、疑いの目でタカフミの方を見るのだ
った。
「そのスーツケースの中が良く見えなかった。確認させてほしい。それと、本当にそのデバイス
だかをベロボグに渡すつもりなのか?」
 リーはそう言うと、タカフミは少し戸惑ったようだったが、スーツケースを開いてリーに中身を
見せつけた。
「ベロボグに渡すつもりはないさ。これでいいか?」
 だが、開かれたスーツケースに向かってリーは視線を向け、すぐにそこにある疑問に気がつ
く。
「スーツケースの中には、そのデバイスを入れるところは10あるが、埋まっているのは9つまで
だ。残り一つはどこにある?」
「お前には関係ないだろう?」
 タカフミはそう言うなりスーツケースを閉じてしまう。
「いいや、関係ある。ここまで来てしまったのだからな。疑いも無く、きちんと物事を片付けてお
きたい」
「組織の機密に触れる事になるぜ」
 タカフミはあくまで答えないつもりのようだったが、リーは食い下がらなかった。
「教えてもらおう。私にとっては、そのデバイスというものを手に入れるために戦争まで起こして
いるベロボグの理由がまだ分からない」
 そのリーの言葉にタカフミは躊躇しているようだった。いくら組織の工作員であるリーとてその
機密に触れる事はできないのか。
 だが彼自身にしてみれば納得のいかない事だらけだ。
「ここにある空きは、すでに使われているんだよ。実験用って事さ。ベロボグは恐らく自分の娘
の一人に、この『レッド・メモリアル』をすでに使わせている。生体と融合させる事によって、ベロ
ボグはすでに『レッド・メモリアル」を使っているんだ」
「ベロボグ自身がか?」
 リーが尋ねる。
「いいや、奴自身じゃあない。だが、奴自身はどうやら自分の娘に対して脳に改造を施して、レ
ッド・メモリアルの使用者のプロトタイプ1号を造ったようだな」
 タカフミがそこまで答えた時だった。エレベーターがこの階に到着した事を示す、軽いコール
音が廊下の方から響いてきた。
「どうやら、来ちまったようだな。この世界の常識を変えるような技術をベロボグに渡してよいの
かどうか」
 そう言いつつもタカフミはスーツケースを抱え、すでに行動に移そうとしているようだった。
「いいや、渡すべきではない」
 そう言い、リーはタカフミの腕を掴んで制止させた。
「いつから、お前は組織のトップになったんだ?」
「組織の利害は、世界の安定だろう?ベロボグがその技術を手に入れたら、この戦争以上に
世界が混乱する危険性がある」
 リーははっきりと言った。そしてスーツケースへと手を伸ばそうとするが、その時、老化の向こ
う側から大柄なジュール系の男達が二人現れた。
 リーは思わず舌打ちし、スーツケースから手をひっこめた。
「それを渡してもらおう」
 男はタカフミ達とスーツケースを確認するなり、すぐにそのように言って来た。
「これを渡す事には抵抗があるんだぜ。少しは敬意を…」
 タカフミはそのように言いながら、スーツケースをゆっくりと渡そうとする。
「余計な事を言うな」
 大柄な男の一人はそのように言い、タカフミから乱暴にケースを奪った。
「おいおい、その中には精密機器が入っているんだぜ、丁寧に扱わないと、あのお嬢様が怒る
ぜ」
 タカフミはたどたどしいジュール語でそのように言ったが、男は鼻を鳴らしてスーツケースを
手にした。
「いいか?俺達を追おうなどと考えるなよ。人質は、このケースの安全が確認されるまでは確
保しておく」
 男はそのように言い付けるのだった。
 リーにとっては歯がゆい思いだった。人質さえいなければ、この男達からケースを奪い返す
事もできると言うものを。
 男達が去っていこうとする。その後ろ姿を見ていた時、突然、エレベーターの方から何やら爆
発するかのような衝撃がやってきて、思わずリー達はひるんだ。
「一体何だ?」

 セリアとフェイリンは、エレベーターの箱の上からその天井を突き破って、ようやく20階に降
り立つ事が出来た。
「ちょっと、セリア!あたしもいるんだよ!」
 フェイリンはそのように言って来たが、セリアは構わなかった。
「あんたはそこにいなさい!できれば、バックアップしてね!」
 そう言って、自分の拳によって打ち砕いた天井の裏からセリアはまずエレベーターへと降り立
った。そして、エレベーターから飛び出して、通路へと出る。
(フェイリン。あのリー・トルーマンとかいう人達は、通路の曲がり角の先にいる。多分、テロリス
トだと思うけど、そんな人達もいるから気をつけて)
 耳元でフェイリンの声が響く。彼女の透視能力のバックアップを受けて、セリアは素早く廊下
を移動した。
 そして彼女はその先にいる者達を目の当たりにした。
 そこには、リーがいる。そして、見知らぬレッド系の男がいる。そして大柄なジュール人の男
が二人いる。
 この状況はセリアにとって、まだ掴む事ができない。だが、目の前に自分を裏切ったリー・ト
ルーマンがいるのは事実だった。
(これは、どういう事だ?)
 ジュール系の大男がそのように言った。
「セリアか。余計な所に来てくれたな」
 リーがそのように言った。
(これはどういう事だ?仲間が他にもいたという事か?話に聞いていないぞ)
 またもう一人のジュール人の男が口を開く。セリアはジュール語に堪能では無かったが、彼ら
が何かの取引をしようとしていたのは明らかだった。
 セリアはリーの方に向かって、一歩足を踏み出そうとする。
(おい、まて。お前は何者だ?こいつの仲間なのか)
 そう言ってセリアの肩を掴んでくる男の姿があった。セリアはすかさずその大男の腕を掴み
返してそのまま転倒させる。
「あんたに用事は無いのよ。わたしに用があるのは、そっちの男だけ」
 そう言って、セリアは一歩足を踏み出す。
「おいおい、待て。人質が取られているんだ。人質の命がかかっている。俺達はこのスーツケ
ースをそいつらに渡さなきゃあならないんだ」
 そう言ったのは、レッド系の男だった。彼は組織の人間だと、彼の仲間から聞かされていた
が、セリアはこの状況を完全に把握していたわけではなかった。
「いいや、セリア。そのスーツケースを渡させちゃあならない。ベロボグの奴が、恐ろしい力を手
に入れるかもしれないんだ」
 リーが言った。
「何を言っているのか、分からないわ!わたしに分かる事は、あんたがわたし達を裏切ったと
いうだけ」
(おい!そのケースを渡せ!人質がどうなっても構わないのか!)
 ジュール人の男が言い放ってくる。すると、レッド系の男は恐る恐ると言った様子でスーツケ
ースをジュール人の男の方へと渡してしまった。
(おい、早くするぞ!)
 ジュール人の男はそう言って仲間を起こし、その場から走り去ってしまおうとする。リーはそ
の後を追おうとしたが、セリアがさせなかった。
「あんたは逃がさないわよ」
 彼女はそのように言うのだが、
「セリア。余計な事をしてくれたな。あのスーツケースには、もしかしたらこの戦争よりも危険な
世界危機を招く機密が入っているのかもしれない。私達はそれを守るためにここまで来たん
だ」
 リーは真剣な顔でそのように言って来た。彼の言っている言葉が真実であるのか分からな
い。
「あんたは軍を裏切ったのよ、どういう事か分かる?」
 セリアはリーの襟首を掴みあげる。
「いいや、分かっているさ。だが軍務などよりももっと大切な事がある。私はその為に動いてい
た。事の詳細を知れば、君も私に同意するだろう」
「その通りだ。だから、リーは離してもらうぞ」
 背後から聞こえてきた声に、セリアは目をそむけた。そこでは、リーと行動を共にしていたレ
ッド系の男が、小型マシンガンを片手で持ってその銃口をセリアへと向けていた。
「あんた。何様のつもりよ。このリー・トルーマンと仲間なの?」
 セリアはその男に向かってそのように言ったが、
「例のスーツケースの中にあるデバイスがベロボグの手に渡れば、何が起こるか分からない。
待ちうけているのは戦争よりも大規模な危機かもしれん。リーが軍を裏切った理由は確かにあ
る」
 マシンガンの銃口をセリアへと近づけながら男は言ってくる。
「だが、あんたはスーツケースを奴らへと渡しただろう?」
 リーはそのように言うが、
「違う。人質がいたからやむを得ずにだ。あのスーツケースには発信機がついている。ベロボ
グの手に渡るよりも前に、奪い返すつもりでいた」
 タカフミはそう言って、セリアにマシンガンの銃口を向けている。
「何が何だか分からないけれども、あんたはそんなマシンガンでわたしを脅そうって言うの?随
分とチャチな脅しじゃあない?」
 セリアは強気にそのように言って、リーの襟首を掴んだままだった。
「いいや、いくらあんたも『能力者』だったとしても、この至近距離からじゃあ弾をかわす事もで
きないだろう?まだ自分の娘に逢ってもいないあんたを撃つような真似はしたくないぜ」
「どういう事よ?」
 セリアは今度は攻撃的な目でリーを睨みつけた。
「言葉通りさ。俺達はあんたの娘を知っている。俺達と一緒に来れば、いずれは娘に逢う事も
できるんだぜ」
 タカフミはそのように言った。マシンガンの先にある彼の顔は不敵なものであり、油断が無
い。
「さあ、どうするんだ?早く行動しなければ、あのデバイスがベロボグの手に渡っちまうぜ」
 だがそのように言われても、セリアにとってはこの男を信用して良いのか、そうではないの
か、今ではとても判断を下せなかった。
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