レッド・メモリアル Episode18 第5章



 アリエルがそのビルの地下へとバイクを走らせていった時、ビルの中は異様な静けさに包ま
れていた。《ボルベルブイリ》の街はどこも先日からの戒厳令により、市民の外出が禁止され、
どこもかしこもひっそりと静まり返っている。
 このビルも同じようだった。しかも地下駐車場は異様にその音が反響する。アリエルのバイク
が侵入していっただけで、激しい物音が聞こえてくるほどだった。
 父の命によれば、このビルでシャーリ達と合流する事になっている。そして彼女達の仕事を
手伝う事が、アリエルに任せられた任務だった。
 今の自分ができる事はそれしかない。この世界的な危機を前にして、まだちっぽけな自分が
どこまでできるのか分からない。だが、父の命令に従う事しかできない。
 それが今の自分にとってできる事のすべてだった。
 駐車場の一つにアリエルはバイクを停車させた。この駐車場は妙に清涼感に包まれている。
バイクを停車させるという事だけでも、床を汚してしまわないかと心配になってしまうような清潔
感だ。
 『ジュール連邦』の建物など、どこにいったとしても、薄汚れて、壁などひび割れているような
状況になっている。だがこのビルはまだ建てられたばかりなのだろうか。真っ白な壁に包まれ
ており、異様なほどの清潔感だ。
 アリエルが止めたバイクの他にも、2台の大型車が置かれていた。まるで銀行の金庫輸送車
のような車まである。
 まだ警戒を解く事はできないでいた。アリエルはバイクから降り、ヘルメットを座席下へと置く
と、周囲の様子に目を移らせながら建物の中へと入っていった。
 そして今度は父から渡されていた携帯電話を使う。
「着きました。これから私は何をすれば良いんですが?」
 すると父の方からはすぐに返答がやってきた。何やら風の激しい音が聞こえてくる。どこか風
の強いところにいるのだろうか。
(アリエル。思ったよりも速かったな。そのビルの1階にシャーリ達が到着するはずだからそれ
までロビーで待っていたまえ。シャーリ達は地下での仕事を終えた後に合流する手はずになっ
ている)
「分かりました」
 アリエルは周囲を見渡す。シャーリの地下での仕事とは一体何だろう?だがそれは自分が
知るべきことでは無いのだろう。
 アリエルは駐車場にあったエレベーターの方へと向かった。

 シャーリは地下の通路を進んでいく。そこは非常に大きなフロアになっており、シートがかぶ
せられたものが幾つも置いてある。
 それは人の体の大きさよりも大きなものであり、ずらりと地下フロアに並べられている。
 シャーリ達はそのシートがかぶせられた物体達に目配せをしながら、通路の中を進んで行
く。
「シャーリ。これ、本当にお父様が全部用意させたの?」
 レーシーが周りの様子に興味心身な様子で言ってくる。
「あなたも計画についてはきちんと知っているでしょう?その通りよ。お父様が西側の軍需産業
から買い寄せたものばかり。こいつらがいれば、『ジュール連邦』なんて簡単に滅ぼす事ができ
るわ」
 そう言いつつシャーリはシートがかぶさっているものの一つのシートを剥がした。するとそこに
は重厚な金属の塊のような物体が姿を見せる。
「まさか、どこの国よりも進んだ軍事技術が、『ジュール連邦』のしかも首都地下に隠されてい
るなんて、誰も予想しないでしょうよ」
 シャーリの目の前に現れたのは兵器だった。それもただの兵器ではない。そこにいるのはロ
ボット兵であり、心を持たない兵士だ。それがこの地下施設におよそ100台設置されている。
 シャーリはにやりとした。このロボット兵を、今、《ボルベルブイリ》の街に解き放ったらどうな
るだろう?これはお父様の力を世の中に示す事ができる手段の一つだ。
「レーシー」
 シャーリはすぐ後ろにいるレーシーの名を呼んだ。
「すべき事は、分かっているわ」
 そのようにレーシーは答えた。彼女はどうやら、すでにこのロボット兵達との同期を始めたよ
うである。
 レーシーが、自分の頭に埋め込まれているデバイスを操作する時、必ず彼女はこめかみの
あたりを叩く。その仕草をしている時、彼女は自分自身の脳をそのままコンピュータに直結させ
ている。
 それは、レーシーが機械と融合できる『能力者』というだけではない。父が生み出させた技術
によって成せる業だった。
 やがてシャーリの目の前のロボット兵の、頭部に当たる部分、視覚センサーの部分が青い色
に点灯した。
 それはあたかも人の眼が開いたかのようだった。やがてロボット兵は、まるで目覚めたばか
りの動物であるかのように頭をきょろきょろと動かして、シャーリ達の顔を見てくる。
 明らかに彼は目の前の存在を認識している。
「こいつらの配置図をアップロードして、全機、この街に配備するようにしなさい」
 シャーリは面白いものを見るように、ロボット兵の顔を見つめながら、レーシーにそのように
命じた。
「今、やっているところだよ」
 レーシーはそのように言い、こめかみの部分を叩くスピードを上げている。人間の脳がコンピ
ュータと直結するとはどんな感覚なのだろうか、それはシャーリにも分からない事だった。だ
が、レーシーは今、この地下施設にいるロボット兵全てを動かそうとしている。
「はい、完了」
 レーシーがそう言ったのとほぼ同時に、地下施設にいるロボット兵達に動きがあった。シート
が被さっていた彼らは、そのシートを自らほどき、その姿を一斉に現した。
 彼らはキャタピラに乗った自らの体を、その足となるキャタピラで動かしていき、やがては
各々が異なる行動を始める。
「こいつら全部を操作できるの?あんたは?」
 そのようにシャーリはレーシーに向かって言うが、
「ほとんどは自動操縦できるようになっている。あたしは命令を下すだけだから、そんなに大変
なことじゃあない」
 それを聞いてシャーリは周囲を見回した。ロボット兵達は、地下施設に設けられている通路
を、各々が意志を持っているかのように移動していく。そして地下施設の通路のいくつかは地
上に繋がっている。
 ロボット兵達は地上に向けて動き出している。戒厳令で人気の無いイースト・ボルベルブイリ・
シティに向けて彼らは解き放たれたのだ。
 なかなか、壮観な光景だった。この兵士達は恐れも知らない。また慈悲も無い。お父様の計
画がまた一つ足を進めたのだと思うと、シャーリは湧きあがってくる達成感を抑える事ができな
い。
「さあ、行くわよ。わたし達は、『レッド・メモリアル』を手に入れなきゃあならないわ」
 シャーリはそう言って部下達を先導した。

「何か動きがあったようだ」
 シリコン・テクニックスのビルを地上へと向かうエレベーターに乗りながら、タカフミは何かを
感じ取ったようだった。
 例のテロリスト達が先にエレベーターに乗って地上まで行ってしまったため、リー、セリア、フ
ェイリンそしてタカフミの4人は、一度エレベーターが登ってくるまで待っているしかなかった。
 そのため彼らは出遅れてしまっていた。
「まだ説明が終わっていないわよ」
 セリアがリー達の顔を見ないでそのように言った。
 天井には先程セリアが穴を開けて通って来た穴が開いたままだ。その上に潜んでいたフェイ
リンの身体を降ろしてやらなければならなかった。
「これから、どうするのよ」
 天井から降りてきたフェイリンはそう尋ねるが、セリアは構わなかった。
「あなた達を軍に突き出して、真相を突き止める。わたしにできる事はそれまでの事よ」
 セリアはそう言って、エレベーターの中でリーとタカフミに近づくが、
「だから、真相は今話しただろう?それに、軍に捕まっているような暇は無いんだ」
 リーはセリアには構わないといった様子だった。しかしながら、セリアが更に彼らに迫ったた
め、二人は銃を抜く。
「そんな脅しが通用するとでも?」
 セリアは銃口を向けられても動揺しない。逆に更に二人に迫るほどだった。
「まだ、前に撃った傷が治っていないだろう?だから、無理をするんじゃあない。それに、本気
で私達がしている事の真相を突き止めたいならば、私達に…」
 リーがそのように言いかけた時、エレベーターは1階に到着した。
 エレベーターの扉が開く。扉の方に目をやったフェイリンは、その眼前にいた存在に思わず
声を上げた。
「あれは何?」
 彼女が見たものは、エレベーターにいた全員が見た。シリコン・テクニックスのがらんとしたロ
ビーに、先程はいなかったはずの、巨大な何か達がいた。
 それは金属でできた存在だったが、ただの人形では無かった。顔があった。彼らはその顔を
エレベーターの中にいる者達へと向けるのだった。
 彼らは何かを確認しているようだった。その時間までは、ほんの1秒程度もかからなかった。
「伏せろ!」
 リーがそのように叫んだ。次の瞬間、そこにいたロボット達は、腕に付いていたガトリング砲
を放ってきた。
 ロビーに激しい銃声が響き渡る。それは何かが崩れるかのような激しい音だった。
 ガトリング砲から放たれた銃弾は、リー達の頭上のすぐ上を通過していき、エレベーターの壁
に次々に穴を開けた。
「何だ?何が起こった?」
 タカフミは突然起こった出来事に理解できない様子だった。
「エレベーターの扉を閉めろ!どこでもいい、地下だ。地下に行け!」
 そうリーが銃声の中で声を響かせる。セリアはリーの言う言葉に従うつもりではなかったが、
素早くエレベーターの扉を閉じた。
 ロボットが放ってくる銃弾は、エレベーターの扉さえも貫通してきたが、エレベーターはきちん
と機能した。銃弾はエレベーターの上部へと穴を開けていき、やがてその銃声も遠くに聞こえ
るようになる。
「何なのよ、あいつらは?」
 突発的な危機が過ぎ去った事を確認したセリアは、その身を起こした。銃撃は凄まじく、エレ
ベーターの壁の破片を彼女らは浴びていた。
「あれは、タレス公国軍の、無人兵器だ。《プロタゴラス空軍基地》にあったやつだ」
 リーはセリアに向けていた銃を、今度は警戒の姿勢で構えながら、エレベーターの入り口か
ら離れた。
「《プロタゴラス空軍基地》って。あの基地にいた、ロボット達が、どうしてこんな所に?」
 フェイリンがそう尋ねた時、エレベーターは地下へと到着した。地下2階に到着したエレベー
ターは、セリアがとっさにボタンを押す事ができた行き先だった。
 その階は、エレベーターを出てすぐの場所を廊下が横切っている。
 とても静かな様子だったが、どこからともなく、何かの機械音が聞こえてきていた。
 リーはゆっくりと、エレベーターから顔を覗かせ、廊下の両方面を見渡した。そして素早く確認
を終えると顔をひっこめる。
「ロボット兵がいた。2体いる」
「なんで、西側の国の兵器がここにいるのよ」
 セリアが攻撃的な口調で尋ねる。
「さあな。考えられる事は一つ。まずあのロボット兵は、『グリーン・カバー』が開発をした。そし
てここはベロボグの息のかかったビルだと言う事」
「ベロボグがあのロボット兵を手に入れて、この国に持ってきたっていう事?」
 セリアはリーの言葉にすかさずそのように返した。
「それしか考えられない。奴は二つの大国同士で戦争をさせているくらいだ。ロボット兵を輸入
する事くらいできるんだろう」
 リーは銃を握り締めたまま、何かを待っているようだった。
「だが、参ったな。あのロボット兵は、ジュール連邦軍の兵士なんて比較にならないほどの強さ
を持っている。一台一台が戦車なみの戦闘力を持っているし、何しろ頭も良い。多分、今の攻
撃は、私達を敵性戦闘員だとみなして攻撃したんだろう。銃を持っていたからな」
 そうは言いつつもリーは銃を手放す事を止めなかった。
「だが、ベロボグめ。こんなに大規模な事をしでかして、一体何をしたいってんだ?」
 タカフミは吐き捨てるかのようにそう言うのだった。
「このままでは、例の物を持っていかれたままになってしまうな。さて、どのように奴らを追跡す
るか?この事を予期してベロボグは、あのロボット兵をけしかけたのか?いや、それだけでは
ないだろう…」
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