レッド・メモリアル Episode No.19 第3章



 すでに丸一日が経過をしていて、外界の情報からは完全に遮断されてしまっている。そのよ
うな中、セルゲイ・ストロフは、この状況から果たしてどのように脱するか、その事ばかりを考え
ていた。
 テロリスト達は宣言をしたばかりだ。つい先ほど、『ジュール連邦』の最高指揮官であるヤーノ
フを処刑したところであると。
 その言葉に、地下シェルター内で拘束されている議員達に動揺が走った。特に、ヤーノフの
政策に同調している、社会主義急進派の議員達は、自分達の末路がやって来た事を嘆いてい
た。
 ヤーノフ亡くしては、この社会主義の体制を成り立たせる事などできない。もはや『ジュール
連邦』が解体しようとしている事は目に見えていた。
 ストロフも、自分達の国の内情が分かっていなかった訳ではない。しかしだからこそ、国に壊
滅的な被害をもたらすような出来事を抑えたかったのだ。今、テロリスト達の手によって人質に
されたストロフは、すぐそばで、国の最高指導者が処刑されるのを、黙って見ている事しかでき
ないという、またしても苦い思いをしていなければならなかった。
 奴らを前にして、何もする事ができない自分がふがいない存在のように思えてくる。
 だが、小一時間ほど前、丁度、ヤーノフが処刑されたという話が聞かされる直前ごろから、ス
トロフは、テロリスト達の動きが段々騒がしくなり、明らかにこの国会議事堂地下を占拠してい
る者達の数が減っている事に気がついていた。
 やがて、サンデンスキー議員が、人質達が集められているホールへと連れ戻されてくる。彼
はあたかも何日も荒野に放り出されていたかのような、そのような憔悴しきった表情をしてい
た。
「サンデンスキー議員。大丈夫ですか?」
 ストロフは動ける範囲で動き、人質達の元に連れ戻された彼に言った。
「ああ、何とかな。だが、もう少しで殺されるところだったよ」
 息も絶え絶えと言った様子で、サンデンスキーはそのようにストロフに尋ねた。ストロフは周
囲を見回す。ここ1週間程度の間に、2度も同じ組織の人質にされるとはストロフにとっても、た
まったものではない。
 議員達もこの地下施設にいる役員達もそろそろ限界が近づいてきているようだった。丸一日
中も銃を向けられたままでいる彼らは、すぐにでもこの状況から解放されたがっている。
「ストロフ君。君に伝えておく」
 サンデンスキーが、テロリスト達には聴こえないような小声で、ストロフに言って来た。
「何ですか、議員?」
「このテロリスト達の目的は別にある。我々人質を使って、彼らは外で、恐らく《ボルベルブイ
リ》内部にある何かを入手しようとしているのだ。恐らく奴らがそれを入手したから、私は殺され
なかった」
 サンデンスキーはそのように述べた。この国会議事堂を占拠して、ヤーノフを処刑する事が
目的では無かったのか。
「何を入手しようとしていたのです?」
 ストロフは尋ねる。
「そこまでは言えないが、君に連れて来てもらった、あのリーと、タカフミという男達もそれを入
手したがっている。だが、それがテロリスト側に渡ってしまったのだ。だから私はこうして生きて
いる」
 サンデンスキーの告白に、ストロフは思わず身を乗り出した。
「それは、一体何なのです?いいかげんに教えてください。この国は最高指導者も失い、もは
や崩壊の危機に直面している!あなたは一体何を隠しているのですか?」
 そこにテロリストの一人がやってきて、ストロフへと銃を向けた。
「おいお前!大人しくしていろ」
 ストロフはそのように言われたが、攻撃的な視線をテロリストの方へと向けた。
「お前達がそうしていられるのも、今のうちだけだ」
 そのように言ったものの、武器も取り上げられていては、ストロフも何もする事はできなかっ
た。奴らにこの場で殺されてしまうのは、ストロフにとっても不甲斐なかったが、いつまでも言い
なりになっているつもりはない。
 外にいるはずの突入部隊は一体何をしている。一日以上も拘束状態が続いていて、彼らは
全く何もできない状態にあるのか?
 何度もストロフは思っていた事を、苦虫をかみしめる思いで再び思う。
 だがその時、突然、地下の避難施設に動きがあった。どこからか、足音が聞こえてくるような
ものが聞こえて来たのである。
 これが何かの前触れであると、ストロフは思わず身構えていた。


イースト・ボルベルブイリ・シティ
5:22P.M.


 セリアとフェイリンは、ベロボグの部下達によって、誰もいないひっそりとしたビルの仲を移動
させられていた。
 気絶させられたリーとタカフミからは引き離され、エレベーターに乗せられ、このビルの中でも
高い階。25階まで移動させられる。そのエレベーターには、ベロボグ、赤毛の少女二人も一緒
だった。
 やがてセリア達は連れられるがままに、ビルのだだっ広い一室に連れて来られる。どうやら
外観はできているが、内装は建設中のビルであるらしく、ところどころの壁や天井が剥き出し
になっていて、塗装の匂いも漂っていた。
 セリアはこのような場所に自分達を連れ込んで、一体何をするのだろうと、ベロボグの方に
警戒を払う。このまま抵抗すべきだろうか。それとも彼に従うべきだろうか。
 今の状況を今だに掴む事ができないセリアは、無駄な抵抗はする事をせず、今はベロボグ
達に従ってみることにした。とりあえずベロボグは、リーやタカフミという男を除いて、自分達に
危害を加えるつもりは無いらしい。
「こんな所に、わたし達を連れ込んで、一体何をしようって言うの?」
 セリアは、だだっ広いフロアの真中に立ち、ベロボグに向かって尋ねる。
「久しぶりに自分の娘に会えたのだ。話す事は沢山あるだろう?」
 ベロボグはそのように言って、赤く髪を染めた少女をセリアの前に立たせた。彼はさっき、こ
の娘が、自分の生き別れになった娘だと言って来たが、果たして本当なのだろうか。セリアは
まだ疑っていた。
「わたしはあなたを信用していないわ。ベロボグ・チェルノ。あなたは私の娘を奪った。ボブなん
ていう名前を使って、わたしに近づいてきたあなたが、本物のわたしの娘と会わせてくれるなん
てとても思えない」
 セリアは疑いもたっぷりにベロボグに向かって言い放つ。だがベロボグは表情を変えなかっ
た。
「それには目的があったからだ。君の娘を使って非常に重要な仕事をしなければならなかっ
た。今では彼女も、その仕事の重大さを知っている」
 そう言って、ベロボグは少女の両肩に手を乗せた。セリアの娘だと言うその少女は何だか戸
惑った様子だった。
「その言葉。あなた達が気絶させたリー達も似たような事を言っていたわよ。仕事だの、任務だ
のって言って、上手い具合に事をはぐらかす。あなた達の得意技じゃあないの。この国の総書
記を処刑してまでやりたい仕事って何よ?」
 セリアが言うと、ベロボグはすぐに答えてきた。
「それは、新しい国をこの地から作り出す事だ。そのためには、旧体制は滅びなければならな
い。そして優越した人種が必要だ。私はそれは『能力者』であると思っている。そして、新時代
の技術が必要だ」
 そう言えば同じような事をリーも言っていた事をセリアは思い出す。ベロボグはその目的の為
に動いていると言っていた。
「で、わたしの娘を奪い取って、駒にして使っていると言うわけ?」
 あくまでセリアは攻撃的にベロボグに向かって言い放つ。だが、ベロボグはセリアがそのよう
な態度を取る事など、すでに予期しているかのように言ってくる。
「駒などではない。決して私は自分の娘達を駒などとして使った覚えは無い。彼女達はこの国
においても裕福な生活をしていた。君の娘のアリエルも、学校に通い、教育を受け、人格者の
母の下で育ってきた。
 だからこうして君と引き合わせた。本来ならばもっと早く君に会わせるべきだったとも思ってい
るよ」
 ベロボグはそのように言って、セリアのすぐ前にアリエルと言う名の少女を立たせる。
「その子が、本当にわたしの娘だって言う、保証はあるの?」
 セリアは自分でも動揺している自分に気がついていた。このような場で、自分の娘と出会う事
になるなんて思ってもいなかった。いや、まだベロボグの事を信用しているわけではない。目の
前にいる少女が自分の娘であると信じたい。だが、信用しきれない。
「では、アリエルと良く話してみると良い。実の親子であるという波長のようなものが、君にも分
かるはずだ」
 そのように言って、ベロボグはその場から後ずさった。
「どうするつもりなの?」
 セリアはそう言ったが、
「二人きりで話す時間を与えてあげようというのだよ。セリアよ、君達には時間が必要なはず
だ」


 父はそのように言って、アリエルから距離を離し始めた。アリエルは初めて出会った女性の
前に立たされ、一体自分がどうしたら良いのかという事も分からなかった。
 父に言わせれば、この目の前にいる女性が自分の実の母親なのだという。だが、実の母親
に一度も会った事が無いアリエルは、本当に目の前の女性が自分の母親なのかと戸惑った。
「いいんですか、お父様?」
 自分の後ろの方でシャーリが父にそのように言っている。
「ああ、いいんだ。どこにも行きはしないだろう。我々はこのフロアの外で待つ」
 父が行ってしまう。シャーリ、レーシー、そして部下達と共に、このフロアから外へと出ていっ
た。
 だだっ広いフロアに残されたのは、アリエルと、彼女の実の母親であるという女性、そしてそ
の女性についてきた、レッド系の眼鏡をかけた女性だけとなった。
「あのう、私…」
 アリエルは思わずジュール語でそのように言った。
 だが、相手の女性はよく理解できていないようである。無理もない。その金髪の女性は明ら
かに西側の世界の人間であったからだ。
(ごめんなさいね。あなたの言葉はわたしには良く分からないわ)
 そのように『タレス語』で返してくる。だが、アリエルもまったくもってタレス語が理解できない訳
ではない。学校での語学の成績もそれなりに優秀だった。
「わ、私の名前はアリエルと言います。その、あなたが、私の父が言っていた、私の本当のお
母さんなんですか?」
 学校で何とか習った程度の『タレス語』を使い、アリエルはたどたどしくそのように言った。発
音も文法も荒削りなものだったかもしれないが、相手の女性には理解してもらう事ができただ
ろうか。
「なるほど、言葉はある程度できるみたいね。だったら良かった。それで、あなたは、あのベロ
ボグ・チェルノが本当に自分の父親だと思っているの。その証拠もあるの?」
 疑り深く相手の女性は言って来た。
「でも、セリア。この娘は、あなたが見せてもらった、あなたの本当の娘さんの今の写真そのも
のじゃあないの」
 彼女の名を呼んだ背後にいた女性がそのように言っていた。セリア。それが自分の本当の
母親の名前なのか。アリエルは改めてそれを確認する。
「ええ、でもね。この子を、私の娘だと思って騙そうと思えば、いくらでも騙す事ができるのよ」
 セリアはそう言ってくる。上手く意味を掴めないアリエルだったが、おそらくそれは、まだ自分
が本当の娘だと言う事を、この女性は疑っているのだろうという事だった。
「でも、そんな事をわざわざする意味なんてあるの?」
 眼鏡をかけたレッド系の女性はそう言った。
「とにかく、ベロボグの事は信用できないのよ。あなたが本当にわたしの娘だったら聞かされた
はずよ。ベロボグの奴がどうやって、あなたをわたしの手から奪ったかという事をね」
 セリアは堂々とそのようにアリエルに言い放つ。
「いえ、ただ私の父は、自分が父であり、あなたが母であるという事を名乗っただけです」
 アリエルは戸惑ったままそう答えた。
「ほら、ごらんなさい。本当にあなたは、わたしの娘なのかしらね?そして、ここで偶然出会っ
た?でき過ぎじゃあないの」
 戸惑うアリエルをしり目に、セリアはどんどん言葉を進める。どうしたら良いのかはアリエルに
も分からない。
 このセリアという女性が自分の本当の母であると言うのならば、それを信じたい。だが目の前
の彼女はあくまでもそれを否定しようとしている。
 セリアという女性は金髪の髪を長くしており、顔立ちもアリエルよりもずっと大人びている。ア
リエルの母と言うには少し若すぎるかもしれない。
 アリエルの今は染めているが髪の本来の色は黒髪であり、目の前の女性は明らかな金髪を
していた。だが瞳の色は同じ。もしかしたら、母親かもしれない。
 アリエルも、完全なジュール人ではないという事になる。だが、ジュール人自体が多民族国家
だったから、アリエルもそんな事を気にした事も無かった。目の前の女性がアリエルの母親で
あるならば、アリエルは半分は『タレス公国』の血が入っている事になるのか。
「その子、戸惑っているよ、セリア」
 眼鏡の女性がそのように言った。
「多分、ベロボグに無理矢理ここに連れてこられたんでしょう。それで、私が本当のお母さんだ
っていうように思い込まされているのかもしれない」
「そんなこと、言わないで下さい」
 アリエルは精いっぱいのタレス語を使って、セリアに向かってそう言った。
「あなたは、ベロボグの奴について、どれくらいの事を知っているの?」
 セリアが話を変えてきた。だが、アリエルはまた戸惑ってしまう。何しろ彼はつい数日前に出
会ったばかりだ。最初は自分の父はテロリストだと思ってさえいた。だが、今は彼も大義のた
めに動いており、自分を必要としている事が分かっている。
「父は、何かをしようとしています。それはとても大切な事だと私は教えられました。世界を変え
る事ができる、そして不幸な子供達を救う事ができる大義なのだと言っていました。実際に私
も、父が病気の子供達の施設を作っているのを見ました。
 私は、父がテロリストとして活動しているのを見てはいません。ですから、自分の父がテロリ
ストとは思えないんです。ただ、あなた達がそのように誤解しているだけのようにしか思えない
んです」
 アリエルは言葉を並べる。それだけでも彼女にとっては難義だった。でも、相手の女性には
父の事をしっかりと伝えておきたかったのだ。
「そうする事が、ベロボグの作戦なのよ。あなた、あいつの部下が、わたし達の国で何をしでか
したか知らないのね。戦争の事くらいは知っているでしょう?それを引き起こしたのは、まさに
ベロボグの奴の仕業なのよ」
 セリアはそう言ってくる。だが、アリエルにはまだ納得する事ができないでいた。
 納得はできなくてもいい。今、この女性が自分の母親であると言う事を認めてくれなくてもい
い。だがアリエルは、この女性が自分の母親であると信じていたかった。
 セリアはどんな思いでアリエルの事を見ているのだろう。アリエルには伺い知れない事だっ
た。
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