レッド・メモリアル Episode19 第4章



 時間はゆっくりと過ぎていっているようだった。この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の高層
ビルの上層階では、外からの音がかき消されていて、まるで外界から隔離されてしまったかの
ようである。
 セリアはそんな状況にいながらにして、出会ったばかりの少女と対面していた。やはりこの少
女を、自分の本当の娘だと信じて良いのか、セリアにはそれが分からないでいた。
 軍役にまた就いている以上、全ての出来事には警戒心を払わなければならない。この少女
だって、自分の娘だと信じられるものか。何しろ、ベロボグによってこの場所へと連れて来られ
たのだから。ベロボグはテロリストであり、セリアにとっては敵でしかなかった。
 そしてかつて自分から我が子を奪い取った男であり、国にとっての敵である以上に、自分の
人生にとっても大きな敵であったのだ。
 そんな男の言う事など信用する事ができるだろうか。
 この娘が自分の本当の娘であるという事など、信じてはならない。ベロボグはまた自分を使っ
て、騙そうとしているに違いない。
 セリアはそのように自分に言い聞かせ、目の前の少女に向かってさらに口を開いた。
「あなたを、ここに連れてきた、ベロボグという男は信用できない。それだけは言っておくわ」
 それがセリアの出していた結論だった。
「私の養母も同じ事を言っていました」
「だったら、あなたの育てのお母さんの言う事の方が正しいわね。あなたとわたしはあくまで他
人同士よ」
 きっぱりとセリアは言う。いい加減、この状況に置かされているのも、彼女にとっては嫌にな
ってきていた。
 何かしら、ベロボグには目的があるのだろう。その目的の為に、またしてもセリアは利用され
ようとしている。そのような事など、彼女にとってはもはやごめんだった。
「でも私は、あなたの事を本当の母親だと信じたい」
 目の前の少女、アリエルはセリアにそう言って来た。その言葉は、セリアを引き留めさせる。
「わたしだって、そのように信じたいわ」
 そうだ。セリアとこの少女の想いは今、同じになっているのだ。お互いに、本当の親子だとい
うように思いたがっている。しかしながらそこにベロボグという存在が立ちはだかる。彼がいる
からこそ、お互いに信用する事ができないでいるのだ。
「こんな事は、早く終わりにしたいものね」
 セリアはそう言って椅子から立ち上がった。自分でもかなり冷たい言葉であったように思う。
しかしそう答えるのもこのアリエルのためだろう。彼女だって、騙されてここに来ているようなも
のなのだ。
 だったら、それを目覚めさせてやる必要があるだろう。
 セリアは立ち上がって、フロアの端の方にいるベロボグの方へと向かっていく。どんどんと足
早に。そして、まるで彼に立ち向かっていくかのような姿で。
「もう話は良いのか?」
 部下に囲まれているベロボグはそのようにセリアに言って来た。
「ええ、終わったわよ。お互いにあなたには騙されない。親子だって言う作り話も信用しないこと
で決まったわ」
 堂々たる声でセリアはそのように言った。だがベロボグは、
「私は作り話など何もしていない」
 と、セリアに言うのだった。
「そうかしら?あなたが今までにしてきた事を考えれば、作り話をしたとしても不思議ではない
はずよ」
 セリアはそのように言うが、
「いや、嘘などは私は何もついていない。私を警戒しようとする君の気持ちも分からなくはない
が、とにかく話を聞いてほしい」
 ベロボグはセリアを引きとめようとする。しかしながらセリアは、そんなベロボグの手を振り払
った。
「あなたとわたしは敵同士。確かに、わたし達の間には子供がいたのかもしれない。でも、今と
なってはそんな事はもはやどうでもいい事になってしまったのよ。わたしの目的は、敵であるあ
なたの身柄を確保する事にある」
 セリアはベロボグの前に立ちふさがってそのように言った。
 思わずベロボグの周囲にいる者達は警戒心を強めるが、
「本当か、セリア。本当に君はそのように思っているのか?」
「ええ、その通り」
 セリアは周囲をテロリスト達に囲まれている状況ではあったが、変わらず堂々とした姿を見せ
つける。
(お父様。この女に構っていても仕方がありません。ここは早く撤収しましょう)
 ベロボグの娘であると言う赤毛の少女が、ベロボグにそう言った。
(いや、いいのだ。セリアも我々の元へと連れていく。計画のためには彼女の存在も必要にな
ってくる)
 ベロボグはそのように答えた。
「連れていく?今、そう言ったの?私は誰のところにも連れていかれないわよ」
 セリアはベロボグの前で身構える。
「セリア。君にはまだ時間が足りないのだ。時間をかけて、アリエル、つまり君の娘と話し合え
ば、本当の親子だと言う事を理解する事ができるはずだ」
 言い聞かせるかのようにベロボグはそのように言葉を並べてきた。だが、セリアにとってはベ
ロボグの全てを信用する事ができないでいた。この男は大罪を犯したテロリスト。国家の敵、そ
して自分の娘を奪い去った憎き相手。
 その男の一体どこを信用する事ができるというのか。
「遠慮しておくわ。ベロボグ。どうせ、あなたはいずれ『タレス公国』側によって逮捕される。戦争
の状況を見ていれば分かるわよね。あなたの味方は他にどこにもいない。観念した方が良い
ようね」
 セリアはそのようにベロボグに忠告する。この場で、セリア一人でベロボグ達を確保する事は
できないだろう。
 だからそれは『タレス公国軍』に任せるようにしよう。
 もうセリアの目的はだんだんと叶って来ていた。今はもう、ベロボグを逮捕するだけでよい。
幽霊のような存在になってしまった自分の娘を探そうとしても、結局は騙されていくだけだ。
 そう思ってセリアは、アリエルという名の少女を振り向いた。彼女はこちらを切実な目で見つ
めて来ている。
 そのような目で見ないでくれ。セリアは思ったが、アリエルはその瞳でセリアをじっと見つめて
来ている。
 自分が18歳の頃はどのようなものだったか。やはりまだ母親に甘え、愚かな事もする、子供
でしか無かった。そして自分はその18歳の時に、自分の娘を産んだ。
 何とかして、自分の娘だと彼女の存在を確かめる方法はないだろうか。セリアはそのように
思ったが、そんな上手い方法があるとも思えなかった。
「もう少し、話をしていると良い。まだ会って間もないのだ」
 ベロボグはそう言って、セリアを促す。彼にそう言われるのは、どことなく命令されている気が
してセリアには不愉快な思いだった。
 セリアはゆっくりと今まで話していた少女の元へと戻っていく。そして、彼女ともう少し話をして
見ようと思った。それはベロボグに押し付けられた意志ではなく、自らがそのように思い、行動
しようと思った意志だった。
 その時、突然、ベロボグのすぐ横にいた、また幼い娘が突然声を上げた。
(お父様。今、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》に向けて攻撃命令が下されました!『WN
UA』の爆撃機がまっすぐこちらに向かって来ています!)
 セリアは彼女の言葉を上手く理解する事はできなかったが、彼女の口調から危機感というも
のを読みとる事はできた。
(いよいよやって来たか。この建物は危険だ。恐らく『WNUA』側もこの建物をマークしているだ
ろうからな)
 ベロボグは自分の部下達に向かってそのように言う。
「何よ、一体、何が起こったって言うの!」
 セリアは声を上げた。
「『WNUA』軍の爆撃機がここに向かって来ている。一気に首都制圧へと乗りだそうとしている
のだろう。セリアよ。この建物は危険だ。すぐに逃れるしかない!」
 ベロボグは鬼気迫ったような表情でセリアの方を向いてきている。それは嘘などではない、本
当の事だろう。
「どこへ逃げると言うのよ!」
 セリアはそう言うのだが、
「このビルの地下から逃れる事ができるようになっている。君はアリエルを連れて地下まで私と
一緒に来い!」
 ベロボグのその言葉に、セリアは戸惑った様子の少女の方を見た。『WNUA』の爆撃機が来
ているというのならば仕方がない。この場は避難するしかないだろう。
 セリアはライダースーツを着た、まだ自分の娘だと言う事を疑っている少女の手を取り、立ち
上がらせた。
「セリア…」
 フェイリンが戸惑った様子でセリアに言ってくる。
 すると、セリアは、アリエルという名の少女の手から、何か奇妙なものを感じ取った。それは
フェイリンの声も遠くに聞こえてくるくらい、自分を忘れさせる、何か奇妙な感覚だった。
 どこか、遠い彼方で、これと似たような感覚を感じた事があるような気がする。セリアはそう思
うのだが、フェイリンに体をゆすられ、ようやく正気を取り戻した。
「セリア。ここは危険だって、早く逃げなきゃ」
 フェイリンにそう言われ、セリアはアリエルの体を引っ張った。
「どうやら、危険が迫っているようだからね。あなたが、わたしの娘であるかどうかという話はま
た後にして、今は逃げるしかないようよ!」
「え、ええ、分かりました」
 アリエルがセリアにそのように答えた時、
(お父様!ミサイルの一弾がこちらに向かって来ています!)
 と、先程の幼い少女が声を上げる。
 直後、どこからともなく空を一直線に突っ切る音が聞こえてきた。
 それが、ミサイル攻撃だと分かった時はすでに遅く、セリア達のいるビルにそのミサイルが直
撃して、彼女らの体は吹き飛ばされるのだった。
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