レッド・メモリアル Episode19 第5章



タレス公国 プロタゴラス 緊急対策本部


「大統領。第一陣の攻撃は完了しました。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の、ベロボグ・チェ
ルノが保有していたと思われるビルにミサイルは着弾。壊滅的な被害を与える事に成功しまし
た」
 軍事補佐官がカリスト大統領に報告する。その攻撃の模様は、レーダーという形ではあった
が、大統領もしかと見つめていた。
「ああ、確認したよ」
「続いて、第二陣、三陣の攻撃が行われます。『ジュール連邦軍』側からの反撃もあるでしょう
が、それに対しての対処も出来ています。まずは空爆によって《ボルベルブイリ》全土を制圧し
た後、地上部隊によって、陥落に追い込む準備もできています」
 すかさずと言った様子で、軍事補佐官はカリストに言ってくる。
「すぐさま、攻撃に移りたまえ。早々に《ボルベルブイリ》を制圧してしまえば、この戦争とも決着
が着くだろう」
 カリストは画面を見つめながらそのように言ったのだが、内心には不安があった。その存在
の一つが、ベロボグ・チェルノの存在だ。
 彼の組織が暗躍していると言う、混乱の渦中にある『ジュール連邦』果たしてこの攻撃は成功
するのか。
「大統領。ベロボグ・チェルノの拠点とおぼしき、ビルの破壊の報告がありました。こちらを破壊
してしまえば、彼らの拠点はもうありません。ベロボグが連邦に影響を及ぼすような事もなくな
るはずでしょう」
 軍事補佐官はそのように、カリストに力説するのだが、
「だが、国会議事堂で起こっている件はどうするのだ?」
「それについても早々に解決するでしょう」
 その軍事補佐官が言った言葉が何を意味するのか、カリストにはよく分かっていた。
「第二陣、第三陣が、国会議事堂周辺の政府施設を攻撃します。こちらを制圧してしまえば、も
う『ジュール連邦』、いえ、東側の国自体が陥落したも同然でしょう」
 だが彼の声も、カリストは素直に納得する事ができない。果たしてこの攻撃が正しいものであ
ったのか。それを自問自答してしまう。


国会議事堂 ジュール連邦 ボルベルブイリ


 拘束されたままのセルゲイ・ストロフは、何とかして現在の状況を打破する方法を考えてい
た。彼はテロリストの隙あらば、この場を脱する心の構えを備えていた。
「サンデンスキー議員。奴らの注意を惹きつければ、この場を脱せます」
 そのようにストロフは言い、テロリスト達には注意されないように準備を進める。
「ああ、だが、人質達は大丈夫なのかね?」
 サンデンスキーは言って来た。その事に対しては、どうしてもストロフは頷く事ができない。恐
らくテロリスト達と撃ち合いになどなったりしたら、人質達にもその被害は及んでしまうだろう。
「ご心配なく。被害は最小限に抑えます」
 ストロフはそう言った。そして、サンデンスキーとさきほどから練っていた計画を実行に移す時
がやってきた。
 サンデンスキーは突然、うめいたような声を地下シェルターの中に響かせる。それはとても息
苦しいかのような声だった。
「議員!サンデンスキー議員!どうしましたか?」
 ストロフは、声を上げ、床に突っ伏した彼の体を揺さぶる。
 だがサンデンスキーは声を上げ、更に苦しそうに体をくねらせ始めた。
「おい、そこ、何をしている?」
 マシンガンを持ったテロリストの一人が、ストロフの方へとやってくる。思った通り、反応が少
し鈍く、すでに彼らも人質をとって24時間以上が経過している。目の下に隈ができており、疲
れた顔をしているのは明らかだった。
 彼らも交代しながら警戒に当たってはいたが、人質を取っている側も、相当な精神的緊張感
を伴うものだ。
 一方で、サンデンスキー議員は、胸を抱えて、床で痙攣したように体をばたつかせる。
「議員は心臓病を持っている!もう1日も薬を飲んでいないんだ!」
 ストロフはそのようにテロリストに向かって言った。
 更にサンデンスキーは、激しい声を上げる。
「議員!議員!おい!早く薬を持って来るんだ」
 テロリスト達の一人が、何事かと、顔を覗かせて来る。
「議員の部屋は、奥の方にある。そこに鞄がある!」
 ストロフはテロリスト達に向かってそう言う。
 一人が顔を近づけて来て、
「おい、お前、薬の入った鞄を持ってこい」
 と命令したが、その瞬間、こちらに近づいてきた方のテロリストに向かって、ストロフは猛烈な
タックルを仕掛けた。
 タックルを仕掛けられた方のテロリストはたまらず、そのまま壁にまで激突する。そして彼は
テロリストの持っていたマシンガンを奪い取った。
 すぐさま安全装置が外れている事を確認して、ストロフは銃底でそのテロリストを殴打して失
神させた後、既に位置を確認しておいた武装集団に向かってマシンガンの銃弾を浴びせた。
 地下シェルターの中に激しい銃声が響き渡り、人質達が悲鳴を上げる。だがストロフは冷静
だった。彼は次々にテロリスト達を打ち倒していく。
 だが彼らの方が多勢だった。ストロフは反撃を受け、思わず人質達がいるホールの奥の方
の通路へと難を逃れる。
「こっちへと!援護するから逃げて!」
 彼はそのように言い放ち、人質達を誘導しようとした。だが、テロリストはストロフの方に向か
ってマシンガンを発砲してきている。
 戦場さながらの状態に、議員達以下の者達は怯えきり、とても行動に移る事はできないかの
ようだった。
 この状況下、人質たちにはその場にいて耐えてもらうしかない。すでに総書記が処刑されて
しまっているような状況では、多少の人質の犠牲もやむを得ない。ストロフはそのように考えて
いた。
 だが、このテロリストたちの包囲網から脱するためには、何としてでも、この場を脱して外に
いる突入部隊と連携しなければならない。
 人質が銃弾の雨の中で身を伏せているのを、ストロフは助けることもできないまま、自分は
地下シェルターの出口へと直行する。外に脱出することができれば何とかなるはずだ。
 通路を曲がり、ストロフは地上の国会議事堂ホールへとつながっているエレベーターへと走
る。背後からはテロリストたちが追ってきて、ストロフへと銃弾を浴びせてかかる。
 だがストロフは恐怖することもせずに直行する。エレベーターまであと少し、そしてそのスイッ
チを押したとき、ストロフは自分の右脚をつんざく痛みを感じた。それにうめいて思わず足をつ
いてしまう。
 右脚を撃たれていた。これではもう走ることはできない。だが、テロリストたちと差をつけてエ
レベーターの場所までやってくることができた。
 開いたエレベーターの中に滑り込んだストロフは、このエレベーターにテロリストたちが乗って
こないようにと、奪い取ったマシンガンを構え、その弾倉に入っている弾をすべて使い切るよう
な気持ちで、追っ手の者たちに向かって発砲した。
 通路先で何人かがうめき、仕留めることができたようだった。ストロフが乗ったエレベーター
はするすると音を立ててしまっていく。
 何とか自分は逃れることができたようだ。右脚を被弾しており、そこから大量の血がエレベー
ターの床へと流れていく。だが、ストロフはそんな痛みになど屈することはなかった。今は、この
国会議事堂の地下シェルターを、何としてでもテロリストのもとから解放しなければならない。
 地上へと登っていくエレベーターにかかる時間が、とてつもなく長い時間のように感じられた。
じりじりといらだちさえ感じられる。自分の行動によって地下にいる人質の議員たちはどうなっ
てしまっただろうか。すでに何人かの命が失われているかもしれない。
 やっとエレベーターは止まり、ストロフは、地上の国会議事堂へと出ることができた。
「何者だ!」
「負傷しているぞ!誰だ?」
 地上のエレベーター入口にいた、突入部隊の軍の兵士たちがエレベーターでやってきた、ス
トロフに向かって銃を向けてくる。
「国家安全保安局のストロフだ!地下では銃撃戦が起こっている!テロリスト共は、疲弊して
いるから、突入するなら今だ!」
 ストロフはそのように言い放つと、地上にいた突入部隊の者たちは、マシンガンをおろし、負
傷しているストロフの体を支えた
「大丈夫ですか?」
 そのように軍の隊員が気遣ってくる。
「問題ない。それよりも、人質達を救出しろ。俺のことはかまうな」
 とはいうものの、ストロフは絨毯の敷かれた国会議事堂の中を、肩を担がれたまま歩かされ
ていく。
 議事堂の外には突入部隊や医療チームの姿が見えた。ここまで人質を脱出させることがで
きればよいのだが。そうストロフが思った時だった。
 空の方から、一気にこちらに向かって飛んでくるものの音が聞こえてきた。
「何だ?何の音だ?」
 ジェット機か、それよりももっと速い何かが一気にこちらへと迫ってくる。さらに何かの発射音
が聞こえたかと思ったら、また別の速い何かが迫ってくる音が聞こえてきた。
 その音を聞いてストロフはすぐに気が付いた。
「ミサイルだ!」
 ストロフがそのように叫んだ時はもう遅かった。国会議事堂の建物へと、ミサイルが高速で着
弾して、その歴史ある建物を炎と爆風によって吹き飛ばした。
 ストロフたちはその衝撃によって、吹き飛ばされてしまう。
 建物の破片が、そして炎が吹き荒れる。ミサイルの一撃によって国会議事堂の建物の一部
が木端微塵に吹き飛ばされていく。
 その場にいた者たちが、爆風に、そして爆炎に巻き込まれた。それはストロフとて例外ではな
かった。
 彼は叫び声を上げつつも、この状況を理解しようとした。これは『WNUA』側の攻撃に違いな
い。戦争はついに首都決戦へと突入してきたのだ。彼らは、首都への空爆を行い、この地を制
圧するに違いない。
 だがストロフは体の一部に火傷を負い、何とか地面を這いつくばって移動するしかなかった。
 パニックの騒音も、何もかもが、続いてやって来た数発のミサイルによってかき消される。
 轟音が何発も、続けざまにやって来たミサイルによって引き起こされる。
 ストロフは身を伏せたまま、何度もやってくる爆風にその体を吹き飛ばされていく。やがて彼
の体に炎がまとわりつくかのようにやって来た。
 熱いという感覚に襲われるストロフ。炎は全身を覆い、彼はその身を焼かれていく。
 叫び声を上げたが、全てが炎によって包まれてしまっていた。その場は獄炎の地獄と化して
いき、国会議事堂の建物は、ミサイル攻撃によって完全に破壊されていく。
Next→
6


トップへ
トップへ
戻る
戻る