レッド・メモリアル Episode19 第6章


 リーとタカフミは縛り上げられ、ビルの倉庫の中に閉じ込められていたが、突然やって来た、
地震のような衝撃に襲われた。彼らはべロボグによって気絶させられていたが、今の衝撃で目
を覚ました。
「一体、何が起こった?」
 リーがまず目を覚ました。彼とタカフミはお互いの背中同士をくっつけ合わされて縛り上げら
れて、椅子に座らされたという姿勢になっている。だが今の衝撃で、彼らはその椅子ごと床に
倒れていた。
「この衝撃。ただものじゃあない。ビル全体が壊れていくような感じだ。見ろ、天井にもヒビが入
っているぜ」
 タカフミはそう言って天井を見るようにリーを促す。すると、天井にも大きな亀裂が走り、がれ
きの一部が落下してきているほどだった。
「何が起こったと思う?」
 リーがそのようにタカフミに尋ねるが、
「聞くまでもないだろう?『WNUA』がついに首都空爆に踏み切ったんだ。それで、ミサイル攻
撃をしてきている。いつ攻撃が来てもおかしくはない状況だったが、こんな状況の時に襲ってく
るとはな!」
 タカフミはリーにそう言った。
「ベロボグは、セリア達はどうなった?」
 リーがその場から脱そうとさせながら、タカフミに尋ねるが、
「分からんが、この状況、俺達も空爆に巻き込まれるわけにはいかない。早く脱出しないといけ
ないぜ」
 天井は崩れてきており、今にもこの倉庫の中は崩落してしまいそうなほどだった。
「ああ、分かっている。今、『能力』を使う」
 リーはそのように言って、自らの『能力』を使う。レーザーのように放たれる光の力を使って、
自分とタカフミを拘束している縄を焼き切ってしまう。
「よし、早く、アリエルを取り戻さないといけないぜ。ベロボグの奴はこの攻撃も想定しているは
ずだから、どこかへと脱出するつもりだろう」
 そのようにタカフミは言い放ち、リーとタカフミは行動を始めた。


「お父様!お父様!大丈夫ですか?」
 そのように聞こえてくる声があり、ベロボグは気が付いた。どうやら今の衝撃によって、一時
的に気を失ったらしい。
 だが、ベロボグはすぐにその体勢を立て直して、自分を気遣ってくるシャーリの顔を見た。
「大丈夫か?シャーリ?」
 そのように尋ねるが、どうやらシャーリは無事なようである。だが、今の衝撃はかなり激しいも
のだった。
 『WNUA』の者達が首都攻撃に踏み切ったのだろう。しかもそれだけではない、今のミサイル
攻撃は、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にあるこの建物を狙った攻撃だった。
「『WNUA』は、私達の居場所をすでにつかんでいるようだ。今のミサイル攻撃が、明らかにこ
のビルを狙っていることからも明らかだ。首都制圧と同時に、我々をも消し去るつもりだろう」
 ベロボグは今の状況をシャーリへと説明する。するとシャーリは尋ねてくる。
「どうなさるのですか、お父様」
 ベロボグは、シャーリの隣にいるレーシーの姿を見た。彼女も無事な様子だった。
「シャーリよ、何のために、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にロボット兵を配備したの
か、分かっているのか?」
 そう言って、ベロボグはレーシーへと顔を向ける。
「レーシー、分かっているね。もしこの街を攻撃してくる者達がいたら」
「徹底的に破壊しつくしちゃうんだね!」
 ベロボグの声に呼応するかのようにレーシーは言った。
 レーシーがこれから何をするのか、その光景をベロボグもアクセスして見ることができてい
た。レーシーの『能力』を吸収しているベロボグにも、そのプログラムはインストールされている
から、ベロボグにとっても外部にいる者達を操ることはできる。
 だが、ベロボグはあえてその行為をレーシーにやらせた。レーシーという後継者にやらせる
事によって、ベロボグは、これからの時代を彼女らに託す。
 心配は無用だ。レーシーはどの部下よりも自分に忠実な存在だ。ベロボグが見ている中で
も、レーシーはその操作を何なくやって見せた。


 ベロボグ達がいるビルの外では、ロボット兵たちが変わらず街の中を巡回していたが、レー
シーからの命令を受けた彼らは、その照準を地上ではなく、空中へと向けた。
 高速のスピードで巡回していく戦闘機の轟音が聞こえてきている。ただの人間にはそのよう
にしか見えないだろう。だが、ベロボグが『グリーン・カバー』によって作らせていたロボット兵た
ちは高性能だった。
 音速以上のスピードで展開している『WNUA』軍のステルス爆撃機を、彼らは即座に発見し
た。発見することができない個体もいたが、すでに街中に100体巡回している彼らは、ステル
ス機能を持つ戦闘機をも発見する。
 そして、一斉に彼らは自分たちに備え付けられているアームを上げた。そこにはミサイルが
備え付けられており、一斉にミサイルを発射する。地対空兵器をも兼ね揃えているロボットたち
から、ロックオンされた戦闘機が逃れる術はない。
 ミサイルは一斉に発射されていく。


 アリエルとセリア、そしてフェイリンは、天井から崩れてきた瓦礫のせいで、ベロボグ達とは引
き離された場所にいた。
「一体、何が起こったのよ」
 フェイリンはそう言いながら、自分がかぶっていた天井の埃を払いながら言った。
「どうやら、首都が戦時下の真っただ中に入ったようね」
 セリアは窓から外の光景を見つめてそのように言った。高層ビルの窓から望むことができる
首都の光景には、黒煙が上がる建物が見えている。
「あれは国会議事堂の方向よ。『WNUA』は本格的な攻撃を始めたようね」
 セリアはそういいながら、アリエルの体を起こした。まるで地震でも起こったかのような揺れ
に、彼女らはその場に投げ出されたかのようになっていたのだ。
「ここは、どうなってしまうんですか?」
 アリエルは尋ねる。彼女はこの場で何が起こったのか、全く分からない様子である。
「多分、『WNUA』はこのビルがベロボグのアジトの一つだという事を突き止めて、同時攻撃を
仕掛けてきているんだわ。という事は、さっさとこのビルから脱出しなければならないようね」
 そう言ったセリアはすぐにも行動を開始しようとしていた。アリエルの手を引っ張り、その場を
先導する。
「あの、一体、どこへ!」
 アリエルが戸惑ったように声を上げるが、
「こうして出会ってしまった以上、あなたの事を放っておくわけにはいかないのよね。あなたが
わたしの本当の娘であるか、どうかという事はいずれ分かる事。でも、ベロボグの組織の重要
参考人であることも確かよ」
 セリアは素早く言ってしまうと、アリエルの手を引っ張って、どんどん瓦礫の中に道を見つけて
進んで行ってしまう。
「ちょっと、セリア。そんなに乱暴に!」
「フェイリン!あなたは脱出ルートを探しなさい!」
 セリアはそう言うばかりだった。
「ちょっと、離してください!私は、私はその、父と共に行くって決めたんです。もう、誰にも左右
されたくない。そのように決めたばかり」
 アリエルは言いかけるのだが、セリアは彼女に顔を近づけて、アリエルの顔を凝視した。
「あなたは、それを本気で言っているの?あのベロボグと一緒に行くっていう事は、テロリストに
成り下がるという事になるのよ?今なら、あなたはその道に進まないで済むことができる。まだ
罪も犯していないんでしょう?違う?あいつはあんたとは違う存在なのよ!」
 セリアがそこまで言ったとき、突然、轟音が鳴り響く。それは天から降り注いでくるかのような
音だった。
 続いて、何かが墜落してくる音が聞こえてくる。墜落してくるものは、火を噴き、煙を上げてお
り、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の一角へと墜落していく。
「あれは、ミサイルとかじゃあないわよね」
 窓から外を覗いているフェイリンが、恐る恐ると言った様子でセリアに尋ねる。
「あれは、『WNUA軍』の爆撃機よ。どうやらベロボグ達も空爆による攻撃は予期していたよう
ね。あのロボット兵達がやったのかも」
 セリアはそう言って、再びアリエルの腕を掴むのだった。
「な、何を」
 アリエルはそう言って抵抗しようとするのだが、
「あなたは、ベロボグ・チェルノの重要参考人なのよ。あなたが、どう言おうと、わたしにはあな
たをここから連行していくための義務がある」
 セリアは、アリエルの手を引っ張っていこうとするのだった。
「わ、私の父は、間違った事をしていません。何としてでも子供達や、この国を救おうとしてい
る。それを私はこの目で見てきたんですよ。誰かがしなければならない事を、私の父はしようと
しているんです」
 アリエルは、必死になって嘆願するかのような声で言った。それだけこの娘は、自分の父の
事を信頼している。
 信頼しているからこそ、セリアに対して抵抗する事ができるのだ。
 だがセリアはアリエルを連れていこうとする足を止めた。外では再び遠くから轟音が迫ってき
ている。
 その轟音は、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》をかすめていき、首都中心部の方へと向
かっていく。そして、首都の中心部では大きな爆発音がして大地を揺るがすようだった。
 再び立ち上る煙と炎。
「どうやら、ベロボグの奴は、首都の方の攻撃にはかまわないようね。この街に攻撃をしてくる
爆撃機だけを撃ち落としている」
 窓の外から《ボルベルブイリ》の街を見つめて言った。今、このビルに再び爆撃機がやってく
るのではないかという状況でも、セリアは落ち着いていた。不思議なくらいの落ち着きだという
事が、セリアにもわかっていた。
「セリア。この場から早く逃げないと」
 そのように言ってくるフェイリン。フェイリンはとても慌てている様子だった。
「あんたはさっさと逃げなさいよ。もうここはとても危ない状況なのよ」
 セリアはフェイリンだけを突っぱねるように言う。
「そんな話は後に…」
「話を後にしたら、このアリエルって言う子は、このままではベロボグの元へと戻ろうとしてしま
う。洗脳されているのよ。だから今、この場で説得しないと、ベロボグから心は離れるようなこと
はないでしょう」
 セリアはフェイリンの言葉を遮って言った。
「私の気持ちが変わる事はありませんよ。洗脳?今、洗脳とか言ったのですか?」
 アリエルが言い返す。その時、再び地上の方からミサイルが発射されて、空中へと飛んで行
った。だんだんと《ボルベルブイリ》の方から東側のこの場所へと近づいてきている事が分か
る。
 爆撃機の飛行音も、そして、ミサイルが飛び交う音もさらに大きくなってきている。
 もはやこの場所がとても危険な状況下にあるという事は明らかだった。
 だがセリアはアリエルと向かい合い、彼女に向かって真剣な顔をして言うのだった。
「あなたが、私の娘であるかどうかという事は、まだ分からない。でもね。あなたみたいな子が、
偽善者を気取るテロリストに成り下がるのだけは黙って見ている事ができない。それが、たとえ
たった一人でもね」
 そう言ってセリアはアリエルの返答を待った。ビルの外では爆撃音が激しく響き渡るが、二人
の間にはその音が入ってくる事は無かった。


 偽善者を気取ったテロリスト。自分に向かって言ってきた、このセリアという女性の言ってい
る事をアリエルはまだ受け入れることができないでいた。
 父は、自分の父はそんな存在ではないはず。そんな存在などではないはずなのに。アリエル
にとっては、セリアの言っている事も正しい事のように思えてきた。
 何故なのか。彼女は今まですれ違う事は何度かあったけれども、アリエルにとっては初めて
出会ったも同然の女性に過ぎない。
 それなのに彼女の言って来る言葉は、アリエルにとって奇妙な説得力を持ったところがあっ
た。その説得力は父親の持っている説得力と似たところがある。
 しかしその意見は明らかに相反するものだ。父は自分のしている事を正しい事と言い、セリ
アはそれをテロリストの行っている行為だという。
 アリエルはどっちに進んでいったらよいのか迷う。ビルの周辺ではミサイルが飛び交い、戦争
はこの首都にまで迫ってきているというのに、アリエルはまるで時間が止まってしまったような
感覚に陥っている自分に気が付いていた。
 どうしたら良いのか。アリエルには分からなかった。
 再びミサイルの音が接近してくる事は分かった。だが、アリエルはこの場所を動くことができ
ない。一体、どのようにしたら良いのか、それがまるで分からないのだ。
 ミサイルはこのビルに直撃して、猛烈な轟音を響き渡らせ、アリエルとセリア達との間を炎と
煙で遮ってしまった。
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