レッド・メモリアル Episode21 第3章



 ベロボグ・チェルノに対しての攻撃を進めるか否か、その会議が終わったのちで、リーは再び
アリエルと出会うために彼女のいる部屋へと向かっていた。
 まだ彼女の保護観察は続いている。実際にアリエルが『レッド・メモリアル』と呼ばれるものを
体内に有していることが確信のあるものとして分かった以上、ベロボグ・チェルノとその配下の
者達が、新たに襲撃をしてくる可能性も高い。アリエルの居所もトップシークレットとして扱われ
ている。
 部屋の中に入ると、アリエルは、どうやら身支度を始めているようだった。養母であるミッシェ
ルも同様だった。
「ああ、すまないが…」
 リーは部屋の中に入るなりそう言いかけたが、ちらりとこちらを見たミッシェルが言って来る。
「ここを移る事になったわ。もうわたし達に用事は無いでしょう?だからもう、こんな所とはおさ
らばして、証人保護プログラムを受ける事になったわ」
「そうか」
 リーはミッシェルの言葉にそう答えるばかりだった。実際、リーには彼女らを止める事はでき
ない。アリエル達が証人保護プログラムを受けるという事は知らされていなかった。
 組織は、法律には介入できない。アリエル達は、もうリーから離れたところへと行ってしまうの
だろう。『ジュール連邦』を離れる事になり、『WNUA』にでも行くのだろうか。
 確かに、ベロボグの居所を掴んだ今では、アリエル達はもうこれ以上関わらない方が身のた
めだ。リーもそう思っていた。
 だがアリエルは、どうした事か、リーの方をちらちらと伺うように見ていた。まるで何かを話し
たくて仕方がないようである。
 リーはこの場を去ろうと思ったが、アリエルは突然リーの方へとやってきて、彼の腕を掴むの
だった。
「あの…、私が、これ以上何か、助けられる事はありますか?」
 そのように、わざわざ彼女の母国語ではないタレス語を使って、アリエルは言ってきた。
「アリエル」
 そう言ったのはミッシェルだった。
 リーはアリエルの目を見て言うのだった。
「君はこれ以上関わらない方がいい。もうこれは我々の問題だ。ベロボグは世界で最大のテロ
リストとなっているし、戦争も続いている。君達は関わらない方がいい。お母さんと一緒に、どこ
か遠い国で平和に暮らすんだ。世界で起こっている出来事も、そこでは君にもお母さんにも関
係がないはずだ」
「私の本当のお母さんは、私の見ている目の前で死にました」
 アリエルはリーの言葉を遮るかのようにそう言ってきた。
 確かにその現実はリーも知っている。何しろあの場には共にいたのだから。リーが助け出さ
なければアリエルも死ぬところだった。
「あれを、現実じゃあなかった事だなんて、思い込んで生きていく事なんて、できると思います
か?」
「そうは言っていない。セリアの事は気の毒に思うが…」
 リーはそう言いかけるが、
「アリエル。もうその人とは関わらないようにしなさい!」
 ミッシェルは言い放ち、アリエルとリーの間に割り込んできた。そしてリーの事はそっちのけ
で、アリエルに目線を合わせて言うのだった。
「駄目よ、駄目よ、アリエル。その人とかかわっては駄目。あなたの本当のお母さんは確かに
死んだ。でも、その過去を変える事なんてできない。例えあなたが、ベロボグ・チェルノに何とか
する事ができたとしても、その過去は決して変えられない。だから、今はこれからを生きるの。
これからの事だったら、幾らでもあなたが選ぶことができるでしょう?」
 ミッシェルはそう言うのだった。だがアリエルはミッシェルの言葉をそのまま返すのだった。
「ええ、変えることができるよ、お母さん。私は、今まで本当の自分を知らないで生きてきた。だ
からこそ、私はその現実に向き合わなければならないと思う。どこか他の遠いところってどこ?
 私達はこれから、私の本当の父に怯えながら生きていかなければならないの?お母さんは
そんな事ができる?私にはとてもできないわ」
 アリエルはそう言ってのけた。堂々たる声だった。彼女がこの一か月間で何を思い、過ごして
きたのかは分からない。
 だが、本当の両親に会い、実の母の死を目の当たりにして、確かに彼女の何かが変わって
いた。
 しかしながら現実は違う。ベロボグはこの世界で最も権力を持った存在の一人だ。そんな彼
に立ち向かう事など、今まではただの女子高生でなかった彼女にできるだろうか。彼女の平和
を考えるのならば、これ以上関わらない方が身のためである事は確かだ。
「アリエル。確かに君の言う事は同感できるところもある。だが、君はこの世の現実をまだ知ら
ない。だから、関わらない方がいいんだ。首を突っ込めば間違いなく…」
「私は死ぬと?」
 また言葉を遮るかのようにしてアリエルは言ってきた。
「もちろん、危険な事に首を突っ込めばそのようになってしまう。私だって、そんな事を君にさせ
たくはない」
 ついでにミッシェルも彼女に言うのだった。
「ええ、そうよ、アリエル。あなたがそんな事に首を突っ込む必要なんてない。だから、もういい
の!あなたのお母さんとは元々会えなかった。お父さんなんていなかった。時間はかかるかも
しれないけれども、それで受け入れる事ができるはずよ!」
 リーとミッシェルにそのように言われ、アリエルは納得する事ができるだろう。そのようにリー
は思っていた。いずれは彼女にも、耐え難い運命を乗り越えられる時が来るはずなのだ。
 しかしながら、アリエルの意志は思ったよりも硬いものがあった。
「お母さん。私は、正直、お父さんのしている事も間違っているなんて思っていない。お父さん
は、本当にこの世界を変えようとしている。そのためには、犠牲もつきものだと言っていた」
 意外な言葉がアリエルから飛び出してくるものだった。
「ちょ、ちょっと何を言っているのよ。ベロボグ・チェルノは、テロリストなのよ。あなたのお母さん
をだまして、無理矢理あなたを連れ去った」
 しかしアリエルは、
「だから、私はお父さんの役に立つためにこの世に生を受けたようなもの。逃げも隠れもしな
い。私はもう一度、お父さんの役に立てるかどうか」
「そんな事はさせないわ!」
 アリエルの言葉を遮るようにミッシェルが言い放つ。
「アリエル。君がどのように思うのも構わない。しかしながら、ベロボグ・チェルノは西側にとって
も、東側にとっても敵だ。もし、君がお父さんの下に入ったならば、世界を敵に回す事になって
しまう」
 リーも口を挟んでアリエルに言う。
「世界を敵に回すつもりなんてない。でも、もう一度、お父さんに会って私は確かめたい。彼の
している事は何なのか、そして自分に一体何をする事ができるのかという事を、しっかりと確か
めたいの。だからもし、あなた達が、父の居所を見つけたと言うのならば、私も一緒に連れて
行ってください」
「アリエル!」
 ミッシェルは言い放ち、アリエルの目前に立ちふさがった。だが今では、アリエルの方が落ち
着いているくらいだった。ミッシェルは荒波のような感情をもってして、彼女を引き留めようとし
ているが、アリエルは落ち着いていた。
「お母さん。私は今まで普通に暮らしてきたかもしれないけれども、ようやく自分がなんで生ま
れてきたのか。それが分かってきたような気がする。それを確かめる意味でも、誰かの役に立
ちたい」
 確かにアリエルの意志は決意に満ち溢れているようなものだ。しかしそれは危険性をも秘め
ている。若くて、まだ経験も浅く、何も知らないような彼女が踏み込んでいって良い世界ではな
いのだ。
「アリエル。そんな事をしては駄目なのよ。あなたのお母さんだって、あなたを引き留めようとし
たじゃあない。だから、あなたはもう、そっとしておいてくれればいいの」
「すいませんが…」
 ミッシェルがそう言ったとき、部屋の扉が開かれて、そこに『WNUA軍』の者が現れるのだっ
た。
「そろそろ出発のお時間です。あなた達を保護するところまで案内します。道中は目立たぬよう
に警備がつきますので」
 そのように軍の人間は言うのだった。アリエルの決意も確かに彼女の意志をしっかりと示し
たものだ。しかしながら、それももう遅いだろう。彼女が誰も知らないような遠い国に行ってしま
えばそれでいい。
 そして、リー達組織や、『WNUA』の者達が、ベロボグと決着をつければそれで済む。アリエ
ル達は平和な人生を送る事ができる。
「行くわよアリエル」
 ミッシェルは命令でもするかのように、アリエルにそう言うのだった。
「私は、諦めていません。もう一度、父に会いたいとそう思っている」
 アリエルはそのようにリーに向かって言うのだが、
「残念だがアリエル。君への危険性を考えて、そのような事をさせるわけにはいかないんだ」
 彼はそう言った。残念だが、全てはアリエルのためだ。それに、自分達がベロボグ・チェルノ
を捕え、組織を壊滅させる事ができれば、アリエルも怯えて暮らす必要はなくなるはずだ。
 アリエルはそこまで言うと黙ってしまったが、どうやら彼女はまだ何かを言いたかったらしかっ
た。
 もちろん彼女が何を言いたいのであったかは、リーにも分かっている。しかし今の世界の現
状が、アリエルにそれをさせようとしなかった。
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