レッド・メモリアル Episode21 第5章



 シャーリは前々から父に聞かされていたから、もちろんその事は知っている。自分には9人
の兄弟姉妹がいて、それは世界各地に離散している。その内の一人であるレーシーは、彼女
が幼い頃から姉妹のように接してきた。アリエルはと言えば、小学生から同じ学校に通ってき
ていた。
 だが、残りの7人については、顔を合わせたのも今が初めてだった。彼らが本当に父の息子
や娘達なのかという事など、外見からは全く分からない。父はわざと、異なる人種の女性と関
係を持った。だから7人それぞれが異なる人種の血と、父の血を受け継いでいる。
 しかしそれを証明する事ができる手段が一つある。それは、彼ら、彼女らが『レッド・メモリア
ル』を起動させる事ができるかだ。もし父の子であるならば、シャーリ達と同じように、脳の中に
小さなチップが埋め込まれていて、それが脳に直結しているはずだ。それによって『レッド・メモ
リアル』を動かすことができる。
 父はそのテストの為に、彼らに『レッド・メモリアル』を渡した。彼らはすでに、父が発した啓示
のようなものを受け取っているはずで、ここにやってきた7人の男女は皆、脳の中にあるデバ
イスに導かれてこの地へとやって来た。父はこれからそれが本当の事かどうかテストしようとし
ていた。
 だがそんな中シャーリは、父の部下の一人であるジェイコブに呼ばれ、ある男の存在を知ら
されていた。
「シャーリ様。あのストラムと名乗った男は、この地の存在を知っていました。いかがいたしまし
ょう?」
 その男、ストラムの存在はシャーリも気にかかっていた。無関係のものとしては、あまりにも
自分達の事を知りすぎている。そして、全身を焼け爛れたと言う姿で、指紋などから身元も分
からないらしい。
 これから行う計画を進めるためには、ストラムの存在は邪魔だった。
「わたしが話を聞き出してやるわ。お父様の手を煩わせたくはない」
 シャーリはそう言って、テストが行われている部屋から、室内でもフードを目深く被った、ストラ
ムを部屋から出させた。しっかりと彼の背後には大柄な部下をつけさせ、少しの隙も見せない
ようにする。
 しかしながらストラムは、そんな事など構わないとでも言うかの様子で、その醜い顔をシャーリ
へと見せつけてきていた。
「一体、どうなさったのですかな?」
 シャーリはストラムの目を見て理解した。この男は、その醜い顔の背後から、隙を伺ってい
る。彼はこちらの動きを探ろうとしているのだ。
 隙を見せまいと、シャーリは彼の前に堂々と立つ。こうした連中に言う事をきかせるため、剥
き出しのショットガンを片手で担ぎ、攻撃的な視線を相手へと向けた。
「あなたは、どうしてここにいるの?どうやって、この場所を知った?」
 シャーリはストラムにそう尋ねる。だが、彼の表情は変わらなかった。
「ふふ。私は『ジュール連邦』政府と少し繋がりがありましてね。更に、あなたのお父上の演説
をも聞いた。わたしもあなた達と同じ意見です。古き体制は滅び、新しき世の中になる日があ
ると私も思う。
 あなた方が作ろうと思っている王国に、私も是非とも参加をさせてもらいたいのですよ?いか
がでしょうか?」
「そのためにはお父様の許可がいるわね。そう簡単にあなたの思い通りになんてならないわ」
 まだ手の内は見せない。この男が何者であるのか、それを完全に知っておく必要があるの
だ。
「確かに、それはあなたの言う通りですな。ですが、このわたしに一体何ができると言うので
す?できる事と言えば、こうしてあなたと話すくらいのものだ」
 ストラムはそのように言う。同情でも誘って来ようとでも言うのだろうか。だがそんなものを感
じるシャーリではない。
「あなたの体を検査させてもらうわ。それで、何も異常がなければそれでいい。更に、何を知っ
ているかも、洗いざらい話してもらうわよ」
 そう言って、シャーリはショットガンの台尻の部分で部下達を促した。
「おー怖い。ですけれども、私が知っているのは、今話した通りですよ。そして身体検査をしても
無駄だ。私は何も持って来ていないのですからね」
 ストラムはそう言ってうそぶいた。
「せいぜい言っていなさいよ」
 シャーリはそのように言って、後は部下に任せる事にした。この手負いの男を尋問して楽しむ
シャーリではない。
 だが、まだ安心する事はできない。この男が現れたと言う事は、きちんと肝に銘じておかなけ
ればならないだろう。
 そして、自分の兄弟たちもだ。父はあの者達を歓迎すると言っていたが、シャーリにとっては
そうではない。いくらシャーリと同じように、体内に『レッド・メモリアル』を有しているとはいえ、ま
だ得体のしれない者達ばかりだ。
 シャーリは目を離すつもりは無かった。自分はお父様のために、決して警戒を揺るがすわけ
にはいかないのだ。

《ボルベルブイリ》郊外『WNUA軍』駐屯地

 《ボルベルブイリ》の郊外にはかつて、ほんの一か月前までは『ジュール連邦』の軍施設があ
り、首都の防備に目を光らせていたが、今となってはその軍施設は『WNUA軍』によって制圧
されるものとなり、『ジュール連邦軍』で使われていたほぼすべての兵器や、軍の防衛システム
が押収されていた。
 それらはほとんど旧時代のものであって、『WNUA軍』がそのまま流用するには、あまりにも
時代遅れ過ぎるものばかりであったが、こうした大国が解体した際に、最も警戒を払わなけれ
ばならないのが、安価な兵器類が、国内外のテロ組織や過激派に流れてしまわないかと言う
事にある。
 現に核の兵器に関しては細心の注意が払われていた。核兵器を開発していたと目されてい
る『ジュール連邦』内の大半の施設は制圧されていたが、そこで核兵器や核燃料棒といったも
のは、全ての所在が明確にされた。
 現在では、国外や、東側の国に流れ出している核兵器類を初めとする、ありとあらゆる兵器
の追跡調査が軍によって行われている。

 『ジュール連邦』解体後、新たに動き出している国内の情勢の下、『WNUA軍』に最重要命令
が下されていた。それはベロボグ・チェルノの組織に対する攻撃命令だった。
 『タレス公国』のカリスト大統領をはじめとする、各国の首脳から同時に出されたその命令
は、『WNUA軍』全てを動かす。今や、ベロボグ・チェルノは世界の西側の国々にとっては最も
脅威となる存在だった。
 彼は、その気になれば世界の半分を手中に収めることができる力を持っている。第二の『ジ
ュール連邦』になろうという事は明らかだった。
 ベロボグ・チェルノはその気になれば、東側の大国の最高権力者でさえも処刑する事がで
き、軍事技術力も『WNUA』に匹敵するものを持っている。それはもはや、この世に君臨する
怪物でしかない。
 彼らの本拠地がエレメント・ポイントと呼ばれる場所である事が判明し、全軍がその場所の制
圧に向けて動き出していた。
 軍の者達が慌ただしく、しかしながら整然と攻撃に向けて動き出している中、組織のメンバー
である、リーとタカフミもその攻撃に参加しようとしていた。
「危険な真似をする事になるな。俺達は後ろにいればいいだけだろう?」
 攻撃に参加しようとしているリーに向かって、タカフミは背後から言うのだった。
「ベロボグ・チェルノの組織の解体を、この目で見なければ、安心する事はできないだろう。そ
れに、『レッド・メモリアル』の事がどうしても気になる。ベロボグはあれを使って、世の中を支配
するつもりだろう。
 そして、『WNUA軍』だったら、我々組織の方が、よくあのデバイスの事を知っているからな」
 駐屯地で次々と大型ヘリや、軍用機が動かされている中、リーはその光景を見つめて言って
いた。ここにやって来ている軍の兵器は皆、『WNUA』側から持ち込まれたものだ。旧時代の
兵器類は全て一新され、この国にも新しい兵器がやってきている。
 もちろん、ベロボグに対する最終攻撃を仕掛けるのも、そうした最新兵器を用いた攻撃によ
るものだ。
「お前は、あのデバイスを破壊するつもりだな?」
 タカフミは、そんな最新鋭の兵器を見つつ言った。
「必然的にそうなるだろう。『WNUA』は、エレメント・ポイントの空爆を決行するだろうから、完
全に奴らの組織もろとも破壊されてしまうと言うわけさ」
 そのように無機質な声で言うリー。彼は何を考えているのか。それはタカフミでも分からな
い。
「しかしベロボグの事だ。そんな事くらいはすでにお見通しだろう。軍に空爆される事くらいは分
かっている。前回も地対空兵器を備えていた」
「それは、『WNUA』側も同じだ。ベロボグが備えをしている事くらい分かっている」
 と、タカフミ。
「いいや、ベロボグは、要は『レッド・メモリアル』を守るつもりだ。あれの中に全ての情報が含ま
れている。その情報を奴だけが持っている。それが奴の最終目的だ。『WNUA』との戦争に勝
とうとなどはしていない」
「だから、お前はそれを破壊して、ベロボグの脅威を取り払おうと考えているのか?だが、組織
の目的は、『レッド・メモリアル』の回収…」
 タカフミがそう言いかけた時、彼らがいる元へと、『タレス公国軍』に所属している一人の軍人
がやってきた。これから攻撃を仕掛けようとしている奇襲部隊の部隊長、ハワード少佐だった。
「リー・トルーマンさん。もし我々の奇襲攻撃に参加されるのでしたら、すぐにもヘリに乗り込ん
でください」
 ハワード少佐は何か気に入らなそうにそのように言ってきた。無理も無い。つい一か月前、リ
ーも同じ『タレス公国軍』にいた。しかしながらそれは表面上の立場であり、彼は軍を裏切って
組織のために動いた。
 軍に所属している者が、軍を裏切る事は国家反逆であり、当然の事ながら、国に忠誠を誓う
者達からは嫌悪の目で見られる。だが、リーは正しい事をした。だからこそ、ベロボグの陰謀
が暴かれているのだ。それはカリスト大統領も認めている。
 しかしながら、ハワードにとっては、リーは得体のしれない者、軍を裏切った者として映るらし
い。
「ああ、分かっているさ」
 リーはそう答えるだけだった。もはや、自分が『タレス公国』の軍人にどう思われようが、そん
な事など関係は無い。
 リーを伴いながら、ハワードは言ってきた。
「私の一存では、あなたを連れていくつもりはありません。ですがこれは大統領命令だ。あなた
方が、ベロボグ・チェルノについて詳しく知っているから、だから連れていくだけです。もし、余計
な事、例えば、作戦に差し障るような事をすれば…」
「分かっている。作戦を妨害するような真似は許さんのだろう?私も元軍人だからそのくらいの
事は分かっている」
 リーはハワードの言葉を遮ってそう言った。
「それが分かれば、あなたはただ見ているだけだ。爆撃機による空爆が成功すれば、いちいち
地上に降りる必要も無くなる。例の物についても海に沈むだけで済む」
 と、ハワードは言うのだが、リーはその言葉で納得などしなかった。
「ベロボグが、そう簡単に空爆はさせてはくれまい。奴はただのテロリストじゃあない、もう一つ
の王国を作っているんだ」
「なるほど。では、我々奇襲部隊が行く意味もあるわけだ」
 ハワードがそこまで答えたところで、リー達は『タレス公国軍』のロゴが入れられた大型ヘリの
入り口までやって来ていた。
 これを使って、ベロボグの拠点地、エレメント・ポイントまで向かうのだ。
 続々とヘリや、ジェット機が動きを見せている。すでに海上に展開している『WNUA軍』空母
にも作戦開始命令が伝わっており、それらが一斉に攻撃を開始するのだ。
 果たしてこの攻撃にベロボグはどのように対処するのだろうか。

《ボルベルブイリ》郊外

「少しお手洗いに行かせてもらえませんか?街を出る前に行っておきたくて」
 アリエルは養母であるミッシェルと共に、保護されたまま、行き先も知らされぬままに連れら
れていく。まだ彼女らの保護観察は続けられており、西側の国の者達によって、遠くの地、父
の目の届かないところへと向かおうとしている。
 もう《ボルベルブイリ》の街並みを見ることも無いのだろうか。名残惜しい気持ちを自分の中
に秘めつつも、アリエルは車を止めさせた。
「いいですよ。ただし、トイレの中までお供します」
 そう言ってきたのは、女性の護衛官だった。もうすでに、この一か月の拘留の間で、顔なじみ
になっている。
「ええ、扉の外で待っていてくれれば」
 アリエルはそう答えた。
 車が止まったのは、《ボルベルブイリ》郊外にあるホテルの前で、アリエルはこの通りを知っ
ていた。それも遠い昔の事であるかのような気がしていたけれども、学校に通っていた時、よく
この通りをバイクで走り抜けていったものだった。
 ホテルの中のトイレにまで案内されたアリエル。ホテルに宿泊客はまるでいないらしい。それ
どころか、ホテル自体が閉鎖されており、中には係員はおらず警備員しかいなかった。
 『WNUA軍』の駐屯の後も戒厳令が敷かれており、このホテルも閉鎖されており、更に『WN
UA軍』の駐屯地の一つとされているようだった。
 中には軍関係者が緊急で宿泊するようになっている。だから緊張感のようなものが漂ってい
た。
だがアリエルは自分に言い聞かせる。自分は拘束されているわけではなく、保護されている身
なのだ。背後からついてくる女性の護衛官も、決してアリエルに銃を向けたりしているわけでは
ない。
 ただ、父ベロボグの手先がどこに来ているかという事も分からない今、アリエルを彼らに渡さ
まいと警戒しているだけに過ぎないのだ。
 アリエルはトイレに入り、その護衛官もトイレの中に入ったが、個室の中までは入ってくる事
がなかった。
 ホテルのトイレだがあまり衛生的ではない。この一か月間、管理もあまり行き届いていないよ
うだった。
 窓のない個室。そして外には護衛官がいる。だがアリエルにはしなければならない事があっ
た。

「アリエルさん。いい加減にしてください。入りますよ」
 トイレの中に20分近くもいたのだ。アリエルには鍵のかかった扉が蹴破られる音が聞こえて
いた。
 だがその時にはアリエルは、男子トイレ側から飛び出しており、ホテルの裏口へと向かって走
っていたのだ。

 アリエル達が入っていったホテルの方で何かがあった、という事は、外の車の中にいるミッシ
ェルも気が付いていた。ただ単にトイレに入っていっただけにしては、あまりにも時間がかかり
過ぎている。
 そして自分達を車の中で待たせている護衛官が無線機でやりとりをしている。
「何?それで、彼女はどこへと向かったのだ?」
 車の中にいる護衛官の口調が変わったことは、ミッシェルにもはっきりと分かっていた。
 普段落着き、何事にも動じない彼らがそこまで慌てている。これはただ事ではない。ミッシェ
ルにはすぐに分かった。自分達の護衛艦である彼らが騒ぎ立てているのだから、これはアリエ
ルに何かあったのか。
「ねえ、アリエルに何かあったって言うの!?」
 ミッシェルは後部座席から運転席にいる護衛官に向かって叫ぶ。
「あなたはここにいてください」
 護衛官はそう言うばかりだ。
「わたしが聞きたいのはそんな事じゃあなくって、アリエルに何かあったかって聞いているのよ」
 しかしながら車の護衛官は無線機の方に集中したままだ。
「それで、すぐにホテルの警備へとは伝えたのか?でも見つからない?急いでホテルを固める
んだ。彼女をどこにも行かせてはならん」
 その言葉を聞いて、ますますミッシェルも落ち着いてはいられなくなってしまった。
「一体、アリエルはどうしたっていうのよ!」
 後部座席から身を乗り出してミッシェルはそう言い放っていた。すると護衛官は無線機を離
し、彼女の方を向いて答えてきた。
「お嬢さんがいなくなりました。ですがご安心ください。すぐに見つけて保護をします」
 その護衛官の言葉ぐらいミッシェルには分かっていた。だが彼女は、
「護衛官は、何をしていたのよ…」
 と呟くことしかできなかった。次に彼女が思った事は、アリエルは何を考えているのかと言う
事だった。彼女の考えそうな事をミッシェルも同じく考えようとする。そうすると、どうやら一つの
事しか思い当たらない。
 アリエルは、もう行ってしまったに違いない。

 ミッシェルにアリエルが再びいずこかへと行ってしまった、という事が告げられていた頃、彼女
はホテルから裏路地へと出ており、そこから急いで表の通りへと向かっていた。
 ホテルの警備は甘かったから、簡単に護衛官たちを巻くことができたが、あまりのんびりもし
ていられなかった。それに、これから自分が向かうべき行き先を知られるわけにもいかない。
 アリエルは表通りに駐車してあった、一台のバイクを見つけた。東側の国で使われている旧
時代のバイクだが申し分ない。燃料もきちんと入っているようだから、目的地まではこれで向か
う事ができるだろう。
 アリエルは素早くバイクのハンドル下から配線を引っ張り出し、手慣れた事であるかのように
エンジンをつけた。
 保護をされていた一か月間、バイクに乗る機会などなかった。自分の自慢のバイクはもう《イ
ースト・ボルベルブイリ・シティ》陥落時に倒壊したビルや、実の母と運命を共にした。だから今
は他人のバイクを借りるしかないのだ。
 素早くバイクにまたがるアリエル。これは他人のバイク。それにヘルメットも無いままだった
が、すぐにエンジンをふかしたアリエルは一気にバイクを加速させ、静かな《ボルベルブイリ》の
街を疾走していった。

「お嬢様の行き先に心当たりはありませんか?」
 車の中で、再び護衛官がミッシェルに向かって訪ねてきた。
「するとあの子は、またどこかに行ってしまったと言うのね」
 ミッシェルは頭を抱え、そう言うのだった。
「トイレに行くと言って、そのまま個室から脱出したのです。しかしながら誘拐されたと言うわけ
ではありません。自らの意志で、どこかへと向かわれたのです。お嬢様の行き先に心当たりは
ありませんか?」
 護衛官がそのように言って来るので、ミッシェルは再び頭を抱えて答えるのだった。
「あなた達、わたし達の護衛官なんでしょう?だったら、あの子がどこに行くかといったら、もう
一つしかない事くらい、分かっているんじゃあないの?」
 呆れたかのようなミッシェルの声。だがアリエルは何故、あの者達の居場所を知る事ができ
ているのか。当てもなくどこかへと行ってしまったはずがない。アリエルは確固たる意志を持っ
たからこそ、彼らの元へと行ったはずなのだ。
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