レッド・メモリアル Episode22 第2章



 一方で、その更に500kmほど北を飛行している黒塗りの、そしてリーが乗っているものより
も小型のヘリにはアリエルが乗っていた。
 アリエルは黙ったまま、父が手配したと言うヘリのシートに身を埋め、更にシートベルトを締め
たまま、落ち着くこともできないでいる。
 あの父と一か月ぶりに対面する事になるのだ。一体、何を話したらよいか。そして、どのよう
な顔を見せて彼と出会えば良いのだろうか。
 そして彼の計画は。
 父はこれから、世の中を変える計画を動かすと言っていた。その計画とは、果たして一体、ど
のようなものになるのだろう。
 それを考えてしまうと、アリエルは落ち着かない。自分で選びとり、養母と共に安穏な生活を
望むよりも、この道を選んでしまった。
 アリエルが体を硬直させたかのようにしていると、隣の座席に座っていたブレイン・ウォッシャ
ーが彼女に手を重ねるようにして乗せてくる。
「安心して。何も心配はいりません」
 聾人用の装置を使って、ブレイン・ウォッシャーはそのように言ってきた。その通り、父は自分
を何の心配もさせないようにしてくるだろう。安心させて、そして自分の計画通りに動かそうとす
る。それが父のやり方だと言う事は、アリエルも良く分かっていた。
「ええ、分かっているわ。向こうには、皆揃っているの?」
 アリエルはブレイン・ウォッシャーに向かってそのように尋ねる。
 するとブレイン・ウォッシャーは、
「ええ、揃っています。ベロボグ様はもちろんの事、シャーリ様にレーシー様、そしてあなたの兄
弟姉妹となられる7人の方たちがすでに控えているのです」
 そのようにブレイン・ウォッシャーは言って来る。7人の兄弟姉妹というところにアリエルは反
応した。確かに、彼女は自分の脳に埋め込まれていると言うデバイスの情報から、自分は10
人の異母兄弟の一人であるという事を知っていた。父親は共通してベロボグ・チェルノ。それは
世界各地に優秀な人材を集めるために父がした手段なのだと言う。
 自分にそんなに兄弟がいたという事は、アリエルも驚かされてしまう事だったが、父はそこま
でして自分の計画を推し進めていたのだと思い知らされた。
 父は本気だ。自分の全てをかけてこの計画を進めようとしている。
「えっと、ブレイン・ウォッシャーさん?あなたも、本当にこの計画が成功してほしいと思っている
の?」
 アリエルはそのようにブレイン・ウォッシャーに尋ねた。まだアリエルにも良く分かっていなか
ったが、聾人用の装置がアリエルの口の動きを解析して、即座にそれがブレイン・ウォッシャー
にも分かるようになるらしい。
 彼女は空間に現れた光学画面の文字、それはアリエルが喋った言葉だ。それを読んでから
答えてきた。
「ええ、もちろんその通りですよ」
 そのように答えてきた。
 急にヘリがその向きを変えていこうとしている。どうやらそろそろ目的地へと到着するようだ。
アリエルはヘリの窓から外を覗く。すると視界には、夜の暗闇の中に浮かぶ、一つの灯台のよ
うな所が見えてきた。
 石油採掘基地のような姿をしている建物だった。しかしそこには、灯台のようなものが備え付
けられており、明かりが周囲を照らしている。海上から突如生え出した塔であるかのような姿を
している。
 ここは沖合数百キロメートルは離れている海上。孤立した場所に突然現れた大きな施設だっ
た。
 アリエル達を乗せたヘリはそのまま、その施設へと降下していった。

 海上に孤立した施設でありながら、どうやらここには多くの人間がいるようだった。『エレメン
ト・ポイント』と名付けられたここにいる者達は皆が、父の部下達。そしてアリエルは自分の異
母兄弟姉妹がここにいる事を知っていた。
 空気は相当に肌寒い。ヘリの中で防寒着を与えられたアリエルだったが、それでも更に寒い
ほどだ。極寒の土地、ここに本当に父が自分の頭の中に残したようなものがあるというのか。
 『エレメント・ポイント』と名付けられるような、膨大なエネルギーがこの地下に埋もれており、
そして、それが世界を変えられると言うのか。
 ヘリを降り、巨大な赤い灯台を見上げてアリエルは考える。確かにここは石油採掘基地のよ
うな姿をしていた。もしかしたら、元は本当に旧時代のエネルギー元であった、石油の採掘基
地として使われていたのかもしれない。
「こちらへ。ベロボグ様がお待ちです」
 ブレイン・ウォッシャーも同じように分厚い防寒着を着ながら、アリエルをそのように促してく
る。
「父は、私を待ってくれているの?」
 と、アリエルは尋ねながら、ブレイン・ウォッシャーと共に施設の中へと向かうのだった。
「ええ、この一か月間、あなたのお父上は、あなたをお待ちしていました。あなたの居所も、『レ
ッド・メモリアル』のデバイスを通じて分かっていましたが、下手に手出しをするのは危険と考
え、あなたからこちらへと来るように待っていたのです」
 それは父としては意外な行動だ。一か月前は、自分達を誘拐してまで自分達の方に来るよう
に仕向けたのに。
「意外な行動と思われるでしょうか?ですが、ベロボグ様は、あなたを無理矢理自分の計画の
中に引き込もうとはしませんでした。よく考えてみてください。あなたは常に、自分の行動で、ベ
ロボグ様の元へとやってきています」
 ブレイン・ウォッシャーは、聾人用の装置を使って、アリエルに長々とそのように言って来る。
長い言葉だ。聾人用の装置が使われているから、感情がこもっていないが、言いたい言葉は
伝わってくる。
 確かにブレイン・ウォッシャーの言う通り、アリエルは今まで自分の行動は、自分で決めてき
た。父に無理に強要されてきたわけではない。
 父親がテロリスト、そして非人道的な事をしていると何度も言い聞かされてはきたものの、そ
れでも心の底では父が正しい事をしているのだという思いがあった。
 母にした手術も、そして、自分達をこの場所へと集めてきているという事も、全てに対して意
味がある。幾らリーや、養母に言われようとも、アリエルは自分の道を進もうとしていた。
 ブレイン・ウォッシャーと共にエレベーターに乗る。それは鉄骨が剥き出しのエレベーターであ
り、建設現場にあるようなエレベーターだった。施設の中は、外とはうってかわって、蒸気や熱
い熱気が立ち込めてきており、アリエル達は防寒着をすでに脱いでいる。
「ベロボグ様は今、お身体がよろしくありません」
 ブレイン・ウォッシャーはそのように言って来る。アリエルは思わず彼女の方を振り向いた。
「何か、怪我をしているとか?」
 エレベーターの騒々しい機械音の中でアリエルに尋ねた。
「いえ、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の空爆での怪我は、あなたのお母様の能力を使って
ベロボグ様は完治しました。しかしながら、その後遺症とも言えるのでしょうか。
 ベロボグ様の能力、他の人間の超能力を吸収する事ができる力は、確かに使いようによって
は大きな力を得ることもできるでしょう。ですが、肉体に大きな負担をもかけてしまう。一度は脳
の機能が回復したベロボグ様ですが、肉体はまだそれに追いついていなかったようです」
 つまり再び父は病気のようになってしまったのか?ブレイン・ウォッシャーの言葉だけではア
リエルには分からなかった。
 そしてエレベーターは地下のかなり深い場所へと到着したようだった。
 地下どのくらいの深さになるのだろうか。海上にある施設だったが、エレベーターに乗ってい
た時間からしても、明らかに海面下の施設だろう。もしかしたら、海底深くにある施設なのかも
しれない。
 アリエルとブレイン・ウォッシャーはエレベーターを降り、狭い通路の中を進んでいった。時々
すれ違う者たちは、マシンガンで武装をしている者だけではなく、光学画面を連れた技術師らし
い人物もいた。
 ここで高度な技術を要する何かをしている事は明らかだった。

 ある地点までアリエル達はやって来た。そこは扉で閉じられている部屋であり、通路の突き
当りにある。この工場のような施設で特別な部屋である事は明らかだった。
「アリエルさんを連れてまいりました」
 そのようにブレイン・ウォッシャーが備え付けられているインターホンに言った。
「そうか。中へと入れなさい」
 インターホンごしに父とは別の声が聞こえてきた。
 すると扉はするすると開き、中の落ち着いた内装の部屋が見えてきた。中にはシャンデリア
なども備えられた部屋があり、大きなソファーが後ろ向きに備えられていた。
 そのソファーには大柄な人物が座っている。後姿であったためか、すぐには分からなかった
が、部屋の中に足を踏み入れたアリエルは、そこに座っているのが父である事が明らかだっ
た。
 部屋の中は温度が一定に保たれている。こんな無機質な施設の中でも、落ち着いたものだ
と思えたが、どこか鼻を突く匂いがするような気がした。この匂いは病院の匂いに似ていた。
 あの薬臭い匂いが部屋の中に漂っている。
「よく連れてきたわね、ブレイン・ウォッシャー。お父様がお待ちかねだわ」
 黒塗りのソファーの背後にいたシャーリが姿を見せ、ブレイン・ウォッシャーに向かってそう言
った。その時、一か月ぶりにシャーリの姿を見たアリエルは、彼女が今までに増して不機嫌そ
うな顔をしているのを知った。
 すると、ブレイン・ウォッシャーはその部屋から引き下がった。
 そしてシャーリはソファーを回転させ、そこに座っている人物をアリエルの目の前へと向ける
のだった。
 ソファーに座っていた人物を見て、アリエルは思わず足を後ろへと下げてしまいそうになっ
た。そこにいたのは確かに自分の父だ。
 しかしながら、その顔は半分崩れかけており、それをマスクのような補強具によって補強して
いるようだった。
 更に体にもチューブが伸びており、点滴までもが設置されていた。たくましいような父の体を
知っていたアリエルだったが、今となっては枯れ木が朽ちていくかのような姿を見せていた。
 ブレイン・ウォッシャーが言っていたかのように、父は本当に『能力』の使い過ぎによって肉体
を崩されてしまっているのか。
 それは哀れにも思えてしまうような姿であった。
「良くやって来たアリエル。私の姿を見て、君は正直戸惑っていると思う。だが、これも私の自
業自得によるものなのだ。私は己の能力を過信してしまった。故にこのような姿になってしまっ
た。だが、アリエル、君やシャーリならば、次世代の世界を担っていく事ができるだろう」
 そこまで言うと父はせき込んだ。激しい咳では無かったが、それはとても苦しそうな咳だっ
た。咳はしばらく続き、シャーリは父を気遣おうとしたが、彼は自分の手で手元のテーブルに置
かれていた水を口にした。
 するとどうにか父の咳は止まった。
「すまないな…。この状態になってしまってからというもの、身体が様々な障害に冒されてしまっ
ている。もう私は長くはない。レーシーと、君の養母の力が大きな原因だな。これは報いだよ。
君の養母には申し訳ない事をしてしまったが、故に私はこのような目に遭ってしまったというわ
けさ」
 だから父を許す事ができるのか、と言えばそれはアリエルにとっては難しい。こうして父の元
へと向かってきたのも、過去の事を受け入れてから来る事ができたのだ。正直のところ、今で
こそまだ戸惑っている。
「それで、私は一体、何を?」
 アリエルは、父をどう気遣って良いか分からず、ただそのように尋ねるばかりだった。
「あなたがする事は簡単よ。ただ、この施設の鍵になってくれればいい。それだけよ」
 今度はシャーリがそう言った。
「鍵って?」
 アリエルは思わず拍子が抜けたかのような声をして尋ねた。
「あなたも、ここに埋まっているデバイスを通じてすでに理解できたはずよ。わたし達10人の兄
弟姉妹と、『レッド・メモリアル』が揃う事によって、お父様の夢がかなうって」
 シャーリはそう言って、アリエルの額の辺りを押してきた。その辺りに『レッド・メモリアル』とい
うものが埋まっているのだろうか。そう言えば、このデバイスを起動させてからというもの、その
部分が時々うずく事がある。
 アリエルは、シャーリから少し後ずさって答えた。どことなく今のシャーリは攻撃的な雰囲気が
放たれていて、それがアリエルを近づけまいとしているような気がする。
「つ、つまり私は、いわゆるその、この施設にある大きな装置を動かすための鍵のようなもので
あって、私が『レッド・メモリアル』を動かす事で、その装置を起動できるというわけなのね」
 とりあえず分かっている範囲でアリエルは言うのだった。
「まあ、そんな所ね。重要なのは、十人全員が揃わなければならないと言うところ。そうでなけ
れば、装置は起動しないし、鉱脈を発見する事も出来ないのよ。お父様がそこまでして封印し
た装置よ。発見できる鉱脈と言うものは相当なものだわ」
「鉱脈って?石油とかじゃあないんでしょう?」
 シャーリの言葉にアリエルが尋ねた。
「膨大なエネルギーだ。この場所を何故私達が、『エレメント・ポイント』と呼んでいるか分かる
かね?アリエルよ。君もすでにデバイスを通じて理解したはずだ。かつて、『ゼロ・エネルギー』
というものが、地表へと流れていった。それは莫大なエネルギーであり、人類が未だかつて目
にしたことが無いほどのものだ。
 その莫大なエネルギーを、我々は手にする事ができる。ただ一方でそれは非常に危険なも
のだ。間違った者達にそのエネルギーを渡してしまってはならない。もしそのような事があって
は、世界が間違った方向へと動いていく事になるだろう。
 この巨大なエネルギーを与えるのは、君達息子、娘達だ」
 父は時々せき込みながらアリエルにそのように言って来る。それは父から娘へと告げられ
る、とても大切な言葉、それこそ、遺言にも似た言葉であるかのように思えた。
「それで、その準備はもう整っているの?」
 アリエルは尋ねる。
「ああ、もちろんだ。君がここに着き次第、即座に始めるつもりでいたよ」
 そう言うなり、父は椅子から立ち上がろうとしたが、足元がおぼつかない。父はもはや立つこ
とさえまともにできない体になってしまっているというのか。
 シャーリに体を支えられ、何とかその大きな体、しかしながら、朽木のようになってしまってい
る体を、ソファーの横にある椅子へと移す事ができるのだった。
「すまんな、シャーリ。だがもう手を煩わせるつもりはないぞ。もし君達が、この施設を起動させ
る事ができるのならば、もう、私に思い残すことは無い」
「そんな事はありませんわ、お父様。私はお父様が全てです!あなたがいなくなってしまった
ら、わたしは一体どうしたら!」
 シャーリは声を上げてそのように言い放つ。その言葉はまるで、狂信者が声を上げるかのよ
うな声であり、アリエルにとっては、それが不気味なものとさえ思えてしまう。
 父親を失うと言う事が、シャーリにとってどれだけ辛い事なのか。自分が実の母を失ったと
き、アリエルは何も感じることができなかった。それは彼女と出会っていたのは、18年の人生
の中で、ほんの1時間程度に過ぎなかったからだろう。
 シャーリは今、どれだけ辛いのだろうか。
「行こう、アリエル。私達の新しい世界へ」
 父はその歪んでしまった顔を見せつつも、アリエルを促してきた。

 その部屋は中枢部制御室と呼ばれていた。『エレメント・ポイント』と呼ばれるこの施設の中で
も中核部に位置しており、この施設にある、巨大なエネルギーくみ上げ装置に直結した部分に
あった。
 アリエル、シャーリ、そしてベロボグの三人は再びエレベーターに乗り、その中核部へとやっ
て来る。そこは灯りが落とされており、所々にファイバーの赤い光、そして光学画面が光ってい
る部屋だった。
 あたかも仮眠室であるかのように、寝台が中央の柱の回りに置かれている。その数は数えて
みれば正確に10個。そこにはすでに8人の男女が横たわっていた。
 皆、眠っているように見える。頭の部分に脳波を測る装置のようなものが備え付けられてお
り、どうやら接続しているようだった。アリエルもこのような巨大な装置で退官したことは無いか
ら分からなかったが、この顔も知らない者達は皆、『レッド・メモリアル』を使ってこの施設全体
と繋がっている。
 そして彼ら彼女らは、アリエルの異母兄弟姉妹なのだ。
「お待ちしておりました。すでに『レッド・メモリアル』は10個全てを設置完了してあります。です
ので、いつでも装置を作動させる事ができますよ」
 そう言ってきたのは、白衣に身を包んだ、頭が禿げている男だった。どうやら技術者らしい。
 父のもとで働いている技術者。という事は、彼も父の行いを信奉しているという事なのだろう
か。だからこそこの地にいる。
 異母兄弟姉妹達も、皆が父の行いを信じているからこそこの地にやってきているのだ。
 シャーリはアリエルよりも先に、寝台のような場所へと座り込んだ。
「アリエル。準備はできているのよ。今すぐにでも始めることができるわ」
 膝を立ててくつろいでいるかのような姿勢で、シャーリはそのように促してきた。これから起こ
ろうとしている事を、シャーリはきちんと知っているのだろうか。
「ねえ、怖くは無いの?あなたは?」
 そのようにアリエルは尋ねる。すると、シャーリは一か月前には見せたことも無いような表情
を見せつつアリエルに言って来る。
「一体、何を恐れるという事があるの?」
 そう言うなり、彼女はその寝台の上に横になり、脳波を測る装置のようなものを自分の額へ
と付けるのだった。
「これでわたし達は、一つになれるのよ。何も恐れる事は無いわ」
 シャーリはアリエルを促してくる。アリエルも寝台の一つを前にして、その上に横になろうとし
た。
 父がこちらの方をその半分崩れかかった顔を見せながら見てきている。アリエルがこの『レッ
ド・メモリアル』の装置に繋がる事を待っているかのようだった。
 アリエルはその目に従った。彼女もシャーリと同じように寝台の上に横になり、彼女に従っ
て、脳波を測る電極のような装置を額へと乗せるのだった。
 決して苦痛に感じる事はない。痛みも、電流が流れるような痺れさえも感じるような事はなか
った。アリエルはこの巨大な装置に接続された。
 同時に、彼女の意識は、まるで赤色の海へと落ちるかのような錯覚を味わった。目の前の視
界の全て赤色の空間が支配する。そこには無数の画面が流れ、自動的に何かの作業が行わ
れているようだった。
 その作業は、アリエルの目には追いつけないほど高速で行われていく。画面や文字の滝が
上から下へと一気に落ちていく。
 アリエルは下へと目をやった。そこには、10の方向から一気に一点に集まってくる10の滝
があった。
 画面は、一点にある巨大な球体のようなものへと集まっていく。球体は、赤色の空間の中で
白色で輝いており、だんだんとその光を増していくようだった。
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