レッド・メモリアル Episode22 第4章



 アリエルが見て、感じている光の集合体は、電子画面の中をあたかも泳ぐかのように下へと
下っていくと、何か白い発光体の球体が見えてきた。
 そこにはアリエルの他にも数人、自分も合わせて十人の者達が集まっているようだった。
 光の向こうには何があるのだろうか。大きな発光体は球体をしており、凸凹としたパーツのよ
うなもので構成されている。それはスロットに挿入される細長いガラスでできているようなパー
ツで赤色を示していた。
 アリエルもそのパーツの内の一つへと降りてくると、そのパーツには大きく7と描かれている。
 周りの者達、そこにはシャーリやレーシーの電子画面上での姿の者達もいた。その者達も、
十ある直方体のパーツに手を触れている。そしてそこから何かを感じ取っているようだった。
 アリエルも同じようにしてパーツに手を触れた。
 すると突然、彼女の目の前にイメージが現れてくる。そのイメージとは何者なのか、この電子
空間に突然現れた立体映像だった。
 何か、脈打つ何かの鼓動を感じることができる。それはまるで体内を流れている血液である
かのようだ。
 ちょうど、心臓の鼓動音を聞くかのようにそれを聞きとる事ができた。だがこの血液のような
何かが流れているのは体内ではない。どこか、暗い場所。その奥深くを流れている事が分か
る。
 アリエル達は、その場所へと向かっている。だんだんと鼓動音が大きくなっている事からも明
らかだ。
 巨大な直方体のパーツから手を伸ばしたアリエルは、どんどんその場所へと近づいていって
いる事を理解する。自分も含めた十人が同じように感じているだろう。
 無意識ではなかった。アリエルはその場所へと向かって、進んで行かなければならないと言う
意志に駆られていた。
 その鼓動に達する事で、何か、今まで誰も手に入れた事のないような幸福を感じることがで
きる。そのように思えていたのだ。
「ふふ、心配ないわ、アリエル」
 そのように言ってきたのは、同じようにパーツの方へと手を伸ばしている、シャーリだった。彼
女もこの電子画面の中にありながら、アリエルに話しかけてきている。
 今のアリエルは心配などしていなかった。ただ、この手の届く先、そこにあるものが何である
のかを確かめたかった。
 それが、自分の父が今まで探し求めてきたものなのか。ありとあらゆる手段を得ても手に入
れたかったものなのか。
 それに、あと少しで手を触れることができる。そこに感じることができるものは、身体の全て
が満たされていくような幸福である気がした。
 その幸福とは何なのか。アリエル達は脈打つ鼓動の血管のようなものに手を触れた。温かい
感触が手に伝わってきて、それが体を満たしてきてくれる事が分かる。美しい白い発光体がそ
こからあふれ出してきた。それはあたかも生き物のよう。だが、光り輝いている。金属のような
何かでもあった。
 アリエル達をその発光体が包み込んでくる。

「ベロボグ様。掘削機が鉱脈に達しました!」
 歓声を上げるかのような声で、ベロボグの助手はそのように言ってきた。今、ベロボグの目
の前には寝台に横になり、その掘削機の中枢となる部分と接続しているアリエルがいる。
 彼女の頭の中ではどのようなイメージが広がっているのだろうか。
「ついに見つけ出したか」
 自分も歓声のようなものを上げたいのだろうか。だが、この体では無理だろう。ベロボグはあ
たかも脱力するかのような声でそう呟いていた。
 ベロボグの目の前に展開している計器類にも、しっかりと表示されている。『エレメント・ポイン
ト』の真の地点はついに発見され、そこからエネルギー体を抽出し出す事に成功しているの
だ。
「これから、エネルギーを安定させるように操作します。施設の揺れが多少強くなりますが、ご
安心を」
「ああ、分かっているとも」
 ここまでは順調だった。ベロボグも安堵をしている。それを体を使って表現する事ができない
のは残念だった。
 この時を長年待ち望んでいたのだ。10人の自分の子供達に与えた『レッド・メモリアル』の機
能を最大限に使い、この鉱脈を発見させる。
 30年前に『ゼロ危機』危機の際に発生した巨大な鉱脈は、まだこの星の中を巡っている。そ
こにまで到達する事。これは油田を発見する事よりも更に凄まじい出来事だった。
 計算では、原子力発電と同一の稼働効率で更に50倍以上のエネルギーをここから抽出する
事ができる。石油、原子力に続く、新たな巨大なエネルギー源となる事ができるのだ。
 それを自分は発見する事が出来た。これは巨大な力だ。エネルギーを手に入れる事。そして
それを自らの糧にする事。
 巨大なエネルギー源を保有する事ができる国は、永遠とも言える価値と権力を持つことがで
きるようになる。
 ベロボグは自分が築き上げる王国は、何者にも侵害されない、完璧な、そして選ばれた者達
が集う事ができる王国だ。
 そこでは価値のある人間達が集う。そして今までこの世界に君臨してきたどのような王国より
も完璧になる事ができるだろう。ベロボグはそう確信していた。
「エネルギー安定値上昇中、あと10分ほどで、鉱脈をくみ上げることができるようになります」
「よし」
 ベロボグはそう頷いていた。ここまで来ることができれば、もはや誰も自分達を止められる者
はいない。いずれここを攻撃してくるであろう者達も、何も手出しをする事はできないだろう。そ
う思っていた。
 その時、一つのアラーム音が鳴りだす。
「何だ、どうした?」
 ベロボグは周囲を見回した。アラーム音が一つなっているだけで、他には何も異常はないよ
うだったが、
「駄目ですよ、今、起き上がっては。それにケーブルを外しても駄目です」
 その声が聞こえてきた方にベロボグは目をやる。するとそこでは彼の息子の一人、ジェフが
身を起こそうとしていた。『レッド・メモリアル』に繋がっているケーブルを抜こうとし、起き上がろ
うとしているではないか。
「すぐ横になってください。安定期に入ればあなた達も」
 ベロボグの助手の一人はそう言って、彼を再び横にさせようとするが、突然、ジェフは拳を繰
り出してその助手の一人を殴り倒してしまった。
「何をしている!」
 ベロボグはそのように言い放つが、ジェフは、
「ようやく時っていう奴が来たようなんでよ。それに迫ってきている」
 今度は助手を殴り倒した警備員の元に、武装した部下が迫る。もちろんジェフに銃を向ける
ような真似はさせない。何故なら彼は大切な存在だからだ。一人たりとも息子を失うわけには
いかない。
「お前、大人しく横になり、そのケーブルを元に戻せ」
 部下はそう言って、ジェフを脅そうとする。しかし彼はその脅しには乗らない。先ほどまでの、
ただの若者でしかなかったジェフがどうであろうか、今では、全く違う印象を見せている。
 ジェフはその部下の背後に素早く回った。彼は、部下がジェフに銃を発砲できない事を知っ
ている。そしてそのまま、彼の喉を締め上げて倒してしまった。
 そして部下が落とした銃を拾い上げる。ジェフは手慣れた手でその銃を持ち上げ構えてきて
いた。
「何のつもりだ?お前は只物ではないな?」
 ジェフは銃を構えたまま、ベロボグの方へと近づいてくる。
「俺は、正真正銘のあんたの息子さ」
 ベロボグの前に彼の部下が立ちはだかった。2人いて二人とも武装しているボディガードだっ
た。
「だが何だ、その手慣れた手つきは。ただの若者にそんな事は出来ん。貴様もしや、繋がって
いたのか。『WNUA』か、『ジュール連邦』か。どちらか」
 もはや、この息子を歓迎するようなつもりなどベロボグには無い。威圧感のある口調へとなり
替わっていた。
「どちらかとは言わねえがな。こいつは問題だぜ、あんたには息子は殺せない。必要ある存在
だからな。だから、こうして俺も潜入できたってわけだぜ」
 ジェフのふてぶてしいまでの態度に、思わずベロボグは自分の手に力がこもるのを感じてい
た。まさか自分の息子達の中に、間者が潜んでいるとは。そんな事が無いように、息子や娘達
には監視をつけておいたはずなのに。
「あんたが俺にご丁寧につけてくれた監視役だが、とっくに俺達の手中に収めておいたぜ。皆、
金次第で動くってわけよ。だから、あんたは、俺の監視役からは常に異常なしって話を聞かさ
れていたばかりだっただろう?そして俺はあんたの最終目的をこうして知る事が出来た」
「しかしただ一人、間者が入った程度で、我らが目的を破壊する事などできんぞ」
 ベロボグは怒りをこらえ、冷静な態度を保ちつつジェフにそのように尋ねた。すると彼はせせ
ら笑った。
「俺は何も計画を潰しに来たんじゃあないぜ。まして、あんたを暗殺しに来たんでもねえ。ただ
ここに俺がいる理由は一つ。こいつだ」
 そう言ってジェフは、顎で、掘削装置の方を指した。まだ掘削装置は安定したままだ。ジェフ
の接続が外れた事によって、安全の為に一時停止状態となっているが、再び彼が接続すれば
いつでも再起動できるようになっている。
「この巨大なエネルギー鉱脈を、お前の雇い主は欲しがっているという事か?」
 ベロボグはそのように尋ねる。
「そうだ。元々はお前の組織を壊滅させる目的で俺は潜入する事になっていた。だが、俺の雇
い主は、このエネルギー鉱脈だかに興味を示してな。この施設ごと奪ってこいって命令を下し
たんだぜ」
 ジェフはそのように言った。この若者の言って来る事は、生死の修羅場さえも乗り越えてきた
ベロボグにとっては、あまりにも幼く、暴走しているようにも思える。
 だが、この巨大な『エレメント・ポイント』のエネルギーを支配する事ができれば、同時に世界
のエネルギー覇権を手にするも同じこと。奪いに来る者達がいる事は想定していた。だが、そ
れが内部にいる存在だったとは。
「お前の雇い主は愚かだ。力で世界を支配しようとしていたってそうはいかないぞ」
 ベロボグはそのように言い4放った。
「負け惜しみにしか聞こえねえな。どうせお前はもう車椅子から立ち上がる事さえできねえんだ
ろ?それに、このエネルギー鉱脈は、俺達息子に引き継がせるって、自分でそう言っていたじ
ゃあねえか?自分の言ったことを忘れてんのか?」
 そう言ってジェフは自分が持つ銃の銃口をベロボグへと向けた。
 ベロボグの護衛二人が、ジェフに向かって銃口を向けて対峙する。
「お前がこのエネルギー鉱脈を狙っているというのならば、私達はお前を殺さねばならんな」
 そうベロボグは言って来る。
「そんな事ができんのか?あんたに?」
 そうジェフは言って来る。その言葉に、ベロボグは彼の迷い、恐怖の表れを少し感じた。彼も
自分の命までは賭していない。金か名誉か、そのために自分達の計画に参加をしているのだ
ろう。
 自分の信念でジェフは動いているのではない。彼を操る者達の糸に操られているだけの存
在に過ぎない。
「ああ、もちろんできるとも。やりたまえ」
 そうベロボグが命じると、護衛の一人が銃を発砲した。ジェフはうめき声を上げて体を折りた
たむ。そして自分の体に突き刺さっているものを掴んだ。
「麻酔銃か…。だが、こんな事をしたって無駄だぜ。ここに入り込んでいる回し者は、俺だけじ
ゃあねえ…」
 そう言ってジェフはベロボグの方へと銃を向け、それを発砲しようとした。だが体に一気に回
る麻酔薬に指に力が入らないのか、彼の手から銃はするすると落ち、ジェフは突っ伏すような
姿勢になった。
 そうして気絶したジェフの体を、ベロボグの部下は担ぎ上げる。
「何か持っていないか調べろ」
 そのようにベロボグが命令を下した時だった。突然、制御室の扉が外側から開け放たれた。
そこから中に入ってくる人物にベロボグは思わず目を見開いたが遅かった。
 制御室内には銃声が反響して響き渡る。金属に硬いものが当たるような鈍い音だった。
 ベロボグの体は銃弾を受けてそのまま、車椅子の上から転げ落ちた。
「貴様ッ!」
 そのように護衛の声が聞こえるが遅い。彼らはジェフに向けていた麻酔銃を、制御室への侵
入者へと向けようとするが、侵入者の方が行動は早かった。侵入者は先制攻撃を取り、銃の
火を吹かせ、制御室内にいる者達を次々と打ち倒すのだった。
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