レッド・メモリアル Episode22 第5章



WNUAボルベルブイリ情報本部
1:28 A.M.

『WNUA』軍のボルベルブイリ情報本部では、世界最大のテロリスト、ベロボグ・チェルノの本
拠地への攻撃作戦実行に向けて、緊張感が一気に高まっていた。最新鋭のステルス戦闘機、
そして、衛星システムなどが使われ、その攻撃の一点は、『エレメント・ポイント』に定められて
いる。
 そんな緊張感ある情報本部のフロアの2階の一室には、タカフミとフェイリンが控えていた。
彼らは正規の軍所属ではなかったが、協力と情報提供と言う名目でそこにいたのだ。
 タカフミは椅子に座りながら、自分では動かすことができない軍の人間達の動きを見ていた。
彼は、ベロボグの事は良く知っているのに、今では蚊帳の外だ。
「駄目ですね。アリエルさんの居所は分かりません。衛星で追跡しましたけれども、圏外まで出
られてしまっては」
 そのように、タカフミと同じフロアにいて、別のデスクで光学画面を見つめていたフェイリンが
言ってきた。
 勝手に軍の衛星を使って、アリエルの居所を探るのは、本来ならば軍の機密にアクセスする
事になるが、フェイリンにはその権限が与えられていた。今、全軍は『エレメント・ポイント』に集
中している。本来ならば、どこかへと逃走してしまったアリエルの事など、軍は構っていられな
い。もしアリエルがベロボグの配下に入れば、彼女はテロリストとなり、『WNUA』の敵となって
しまうだけだ。
 だが、タカフミもリーと同じように、アリエルの事を放っておくわけにはいかなかったのだ。
「アリエルを追っても、どうせ無駄だぜ。あの子は本気だった。恐らく、もうベロボグの元にい
る」
 タカフミは椅子をフェイリンの方へと向けながらそう答えた。
「じゃあ、彼女もテロリストになってしまうと?」
「そう言うわけじゃあない。そもそも、アリエルは今、自分の父親の事をテロリストなんて思っち
ゃあいない。実のところは俺もだ。奴は革命を起こそうとしている、その指導者なんだ。どんな
歴史も、国を潰して新たな国を作る奴は、皆テロリスト、売国奴だと思われている。ベロボグは
その現代版なのさ」
 タカフミはフェイリンにそう言ったが、
「ですが、あなたは、アリエルの事を助けたいと思っている」
「ああ、何しろベロボグは危険な男だからな。奴のしようとしている事は俺も止めるつもりでい
る」
 ベロボグの事を良く知るタカフミはそう言った。だが、タカフミが知っているのは若き日のベロ
ボグであって、今の彼の姿ではない。まさか彼がここまでの大事をしでかすとは、タカフミも思っ
ていなかったわけだが。
 フェイリンがどうとも答えられないでいる様子でいると、突然、彼女のデスクの一つの光学画
面が、コール音と共に赤く点滅し出した。
「どうした?」
 光学画面の方を向いてタカフミが尋ねる。
「無線傍受です。『エレメント・ポイント』の方に張らせていた傍受ですが、わたし達以外は気が
付いていないみたい。わたしのソフトは軍のよりも進んだ傍受ができるから―」
 フェイリンが少し自慢げに言いかける。タカフミは割り入った。
「『エレメント・ポイント』からだと?どこに向かっての無線だ?」
「それを解析中です。ですが、内容を聴くことはできますよ。たった今、発信されている無線で
すから」
「よし、聴かせてみせてくれ」
 タカフミはそのように言い、デスクに設置されているスピーカーの方へと耳を傾けた。やがて
雑音に紛れて声が聞こえてくる。
(…、こちら、暗号名ストラム。潜入に成功した。現在位置は、『エレメント・ポイント』。無線を掌
握…)
 そのように聞こえてくる声は、『ジュール連邦』で使われているジュール語だ。タカフミはすかさ
ず、この言葉を解析するよう頭を切り替える。
(…ストラム。こちらは、東スザム本部。位置を確認した。ただちに出撃命令と、コード1986を
発動…)
「東スザム本部だと」
 ジュール語を素早く頭で変換して、タカフミは言っていた。
「東スザム本部?それって」
 無線からやってきた言葉を、思わずフェイリンが繰り返した。
「『ジュール連邦』の残党部隊の基地だ。『スザム共和国』内に敗走した連中の基地」
 タカフミはすぐにその言葉を理解する。
「しかも、出撃命令って言っていましたよ」
 フェイリンの言ってきたその言葉の意味は、タカフミにはすぐに理解できた。
「『ジュール連邦』だ。奴らも『エレメント・ポイント』を狙っているんだ。もしあのエネルギーを手
に入れることができれば、国の再建だってできるだろうからな」
 『ジュール連邦』も完全にその社会主義体制を崩壊させ、国が存在しなくなったのではない。
首都こそ『WNUA』が掌握したものの、まだ国の大半は旧体制のままだ。そして軍の残党部隊
は新たな拠点を『スザム共和国』方面へと定め、新しい社会主義体制と、新しい総書記を立
て、国を建てなおそうとしている。
 もちろんその軍事力は、現在の『WNUA』には及ばないものだ。しかしながら、軍として機能
を果たすくらいの軍事力は彼らの元にまだある。
「じゃあ、彼らも『エレメント・ポイント』に向かうと?」
「そう考えて間違いないだろう」
 タカフミはそう言って、自分の操作していた光学画面へと向き合った。
「こりゃあ、すぐにお偉いさん達に連絡をしておかなきゃあならないぜ。『ジュール連邦』が出撃
したってな。やれやれ、厄介な事になって来たぜ」
 タカフミから発せられた報告はすぐに、情報司令部のみならず『WNUA』全体へと行きわたる
事になった。
 首都制圧から1カ月が経ち、『ジュール連邦』もその勢力を弱めてきたかに思われていたが、
実際の所はそうではない。彼らは影を潜め、機会を狙っていたにすぎなかった。
 世界の巨大勢力たちが、一堂に『エレメント・ポイント』にやってこようとしている。

 その連絡はもちろんの事ながら、『エレメント・ポイント』へと向かっている最中であった、リー・
トルーマン達の元へも届けられた。
「それは本当か?」
 ジュール連邦出撃の報告を聞いて、真っ先にそのように言葉を発したのは、ハワード少佐だ
った。
 『エレメント・ポイント』まで数キロメートルと迫った時に、ヘリへと情報本部から連絡を入れら
れたのだ。今、この地に『ジュール連邦』の残党軍が出撃してくると。
(ジュール連邦軍からの報告の傍受は確かなものである。『エレメント・ポイント』制圧作戦は、
速やかに遂行せよ)
「了解」
 本部からの連絡に、ハワードはそのように答える。しかしその顔は苦虫をかみつぶしたかの
ような顔だった。
「少佐。どのようにするつもりか?」
 無線連絡を終えたハワードに向かってそう言ったのはリーだった。
「作戦に変更は無い。このまま『エレメント・ポイント』に上陸する。それだけの事だ」
 すぐに軍人らしい態度に戻ってハワードは答えてくる。しかしリーは、
「『ジュール連邦』が介入してくるとなると、また厄介なことになるぞ」
「戦時中だ。厄介な事など付き物だろう」
 と、リーには厄介者を追い払うかのように答えるだけで、ハワードは元の姿勢に戻るのだっ
た。
 『エレメント・ポイント』が間近に迫ってくる。それはあまりにも無防備な姿だ。ベロボグは、何
の備えもしていないのだろうか。赤い鉄骨を組み合わせて作り上げたかのような、灯台と石油
採掘基地を組み合わせたかのような建物が見えてくる。
 人の気配は確かにあるようだ。建物は古びているが、照明が灯され、何よりも灯台のような
塔の頂上から灯されている赤い光が眩しい。
 そして、何かが稼働しているようだった。巨大な機械が動いているような音が、ヘリの飛行音
ごしに聞こえてきている。
「アリエルの『レッド・メモリアル』によれば、この基地それ自体が、巨大な掘削装置のようなも
のだとあった」
 リーがヘリの窓から外を見つめてそのように言った。
「ああそうだ」
「少佐!」
 ハワードに向かって声がかけられる。
「何だ?」
「地対空ミサイルの発射を確認。標的はこのヘリです!」
 そう言ってきたヘリのパイロットは、光学画面のレーダーを見ながらそう言ってきた。
「何?どこから発射されたのだ?すぐに迎撃しろ」
「了解」
 ヘリから迎撃用のミサイルが発射され、にわかに緊張感が高まる。ベロボグはやはり侵入者
の警戒をしていた。もちろん『WNUA軍』もそのくらいの事は想定内だ。
 近くで迎撃ミサイルが、攻撃してきた方のミサイルを撃ち落としたらしくヘリに衝撃が走った。
「続いて、第2弾、3弾のミサイルが接近中!」
 パイロットが声を上げた。
「このままでは撃ち落とされる。早く着陸しろ」
「了解!」
 ハワードの命令に、パイロットは操縦桿を握り、ヘリは急転回をした。同時に迎撃ミサイルも
発射され、地対空ミサイルめがけて迎え撃つ。
 リーも激しいヘリの旋回に備え、座席へと戻っていた。あたかもヘリ全体がジェットコースター
になっているかのような状況の中、『エレメント・ポイント』のヘリ着陸地点が見えてくる。
 ヘリ着陸地点には誰もいない。だが、ベロボグ達がリー達を歓迎していないのは明らかだっ
た。

 ストラムとベロボグ達に名乗った男は、無線機を置きながら、思わず深いため息をついてい
た。まさかここまで自分の体力が落ちているとは。いや、何人ものテロリスト達をやり過ごし、こ
の無線室を襲撃したのだから無理も無い。
 しかし全盛期の自分であったならば、これだけの任務をこなすのに、ここまでの体力は使わ
なかっただろう。
 あの、《ボルベルブイリ》の国会議事堂前で起きた爆撃が自分から全てを奪い去ろうとした。
その時から、セルゲイ・ストロフは、彼自身ではなくなり、その顔を失った新たな諜報員、ストラ
ムとして、ベロボグ・チェルノの組織に潜り込むことになったのだ。
 あの爆撃の時の火傷で、顔も大きく崩れ、治療のために体力も大きく費やしてしまった。その
ため、今ではあたかも老人であるかのような姿となってしまっている。
 しかし、これも今、連絡をした、祖国『ジュール連邦』への忠義のためだ。『ジュール連邦』の
残党部隊が、空爆によって全身に酷い火傷を負った自分を救い、また新たな身分を与えてくれ
た。彼らが、再び世界の覇権を取り戻すために、自分は何としてもベロボグ達の組織から、こ
の巨大なエネルギー鉱脈を奪い取らなければならない。
 震える手つきで、銃弾の残り弾数を確認する。もうこの無線室へと侵入するだけでかなりの
弾を使い尽くしてしまった。見張りについていた男の自動小銃を使う事は、この体でできるだろ
うか。手段を選んではいられない。ストロフは、無線室内で倒れている男から、自動小銃を手
に取った。
「銃声がしたのはこっちの方だぞ!」
 そのように叫んでくる声がある。どうやら自分は追いつめられてきてしまっているようだ。さ
て、この状況をどう打破するか。ストロフは、自動小銃を握る手を強めた。
「いや、待て!『WNUA』の連中だ!奴らがここに着陸して来ようとしている!」
 そのように別の方から声が聞こえてきた。
「奴らの部隊を着陸させるな、何としてでも阻止しろ」
「ベロボグ様に急いで報告を!」
 『WNUA』。このタイミングでやって来るとは。彼らもこのエネルギー鉱脈か、『レッド・メモリア
ル』を狙っているのだろう。三つ巴の争いになるという事は分かっていた。だが、今、一番、ベ
ロボグ・チェルノに近いのは自分だ。ストロフはそのように言い聞かせ、自動小銃を片手に通
路を奥地の方へと進んでいった。
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