レッド・メモリアル Episode22 第7章



 シャーリとレーシーがいなくなった。先ほどまで、この電子の海の中心となる、プログラムで出
来上がった柱に共に接続していたのに。
 何人接続しているのか、その表示にアリエルは目をやる。現在、自分も含めて7人。数が足
りない。もし一人でもかけてしまうと、プログラムは不安定な状態へと陥ってしまう。
 それだけはしてはならない事だと、父は言っていた。
 だが、それでもこの状況は異常だった。どうしたら良いのか。自分もこのプログラムを離れる
べきなのだろうか。
 警告アラームが鳴り響いている。もしかしたら、このプログラムの外の世界で、何かが起きて
いるのかもしれない。
 だとしたら、外の世界では眠ったような状態でいる自分はあまりにも無防備であるはずだっ
た。
 自分も起きなければならない。そうアリエルは考えた。

 リーは、ハワード達の部隊と共に、次々と中へと押し進んで行った。
 何かがおかしい。リーはそのように考える。ベロボグ達はテロリストとはいえ、もっと統率のと
れた者達であるはずだ。
 だが、今は指揮系統を失ったかのように行動が乱れている。やすやすと、10人足らずのハ
ワードの部隊を中へと押し入れてしまっている。
「クリア!」
「こちらでは、2人を拘束!」
 そのように部隊の隊員達は次々と声を上げていた。
「よし、情報にあった、制御室にこのまま向かう。ベロボグは恐らくそこにいる」
 そのようにハワードは携帯端末を確認し、先へと進もうとするが、
「待てハワード少佐。どうも様子がおかしい事に気が付かないか?」
 リーはそう言ってハワードを止めようとする。
「何だ?今は一刻を争う」
 ハワードはリーの事など放っておきたいという様子だが、
「ベロボグの部下達の統率が取れていない。こうもやすやすと侵入できるとは、何か罠がある
のかもしれない」
「細心の警戒は払っている。罠が待ち受けていようと、我々には通用しない」
 そう言って、ハワードは手にしているマシンガンを構え直す。その時だった。
 突然、ハワードの背後から、覆いかぶさってくる何者かの姿。それは、彼の頭を鷲掴みにす
る。
 彼は呻き声を上げ、マシンガンで反撃する間も無いまま、そのまま床へと崩れ落ちる。
 同時に襲ってきた者の背後からの銃撃。リーはすかさずそれを避けるが、隊員の一人が銃
撃に遭った。
「ブレイン・ウォッシャーか」
 リーは目の前に襲ってきた者の姿を見る。彼の知っている女だった。
 彼女はぐっとリーに向かって詰め寄り、彼の頭を鷲掴みにしようとしてきた。もし彼女に頭を
触れられるとどうなってしまうか、リーは良く知っていた。
 頭の中に入って来られ、記憶を操作されてしまう。ハワードのように一瞬で気絶させられてし
まう事も可能だ。
 リーはブレイン・ウォッシャーに向かって銃を向けるが、背後から機関銃によって攻めこま
れ、素早くパイプの陰へと身を隠さざるをえなかった。
 銃弾がパイプに命中して振動が伝わる。敵がこちらへと迫ってくる。
 だが、すでにリーはブレイン・ウォッシャー達を罠にはめ込んでいた。
 彼女らがリーのいる所まで、あと数メートルと迫った時、ブレイン・ウォッシャー達を拘束する
ものがあった。
 彼女らの足元に張り巡らされた、光の網のようなものが、ブレイン・ウォッシャー達を拘束し
て、そのまま転ばさせる事に成功した。
 彼女らが倒れると、パイプから素早く飛び出したリーは次々と銃弾を彼らへと撃ち込むのだっ
た。
「光の網を張る事ができる。それは物質を拘束する事もできるし、レーザーとして使う事もでき
る」
 リーも『能力者』だった。『能力者』には、『能力者』で対抗する。組織のやり方だ
奇襲してきたテロリスト達を倒したリー。だが、ブレイン・ウォッシャーは。テロリスト達を倒した
リーだったが、リーは銃の引き金を引くのを一瞬待った。
 このままでも彼女はしばらく動くことができない。ならば彼女を撃つ必要は無い。そして元々
は彼女も組織側の人間。仲間だったのだから。
「ブレイン・ウォッシャー。私は君を撃ちたくない。何故、君がそちら側に行ったのかは分からな
いが」
 そう言って、ブレイン・ウォッシャーに銃を向けながら迫るリー。
 彼女に直接触れない限りは、攻撃をされるという恐れはない。だがもちろんリーは警戒してい
た。
 ブレイン・ウォッシャーが小型の銃を取りだしそれをリーへと向けてきたのだ。やむを得ない。
彼女を撃つしかなかった。銃声が鳴り響き、鉄骨でできた床に銃が重々しい音を立てて落ちる
音が聞こえた。
「罠ってのは、今の事か?」
 と、ハワードはすぐに身を起こしながら言ってきた。
「いや、彼女は。知り合いだ。それだけだ」
 そのように言って、倒れたブレイン・ウォッシャーの姿を見やるリー。
 まだ光の拘束が彼女らの足元に取り巻いたままだったが、リーはその『能力』を解いた。もう
これ以上攻撃される心配はないだろう。
「ふん、随分と敵方に知り合いが多いものだな」
 ハワードは頭を押さえていた。一瞬だったとは言え、ブレイン・ウォッシャーに頭を触れられれ
ば、卒倒してしまう。すぐに起き上がるのは、めまいを起こすだろう。リーも同じ目に遭わされた
からよく分かる。
「そんな事よりも先に進まなくてはならないな」
 リーはそう言って銃を構え直した。携帯端末にあるこの施設のデータを確認する。目的地ま
ではそう遠くない。
 リーとハワードは先を急いだ。

 一方、制御室ではベロボグ達と、ストラムこと、セルゲイ・ストロフが対峙をしている真っ最中
だった。
「制御装置が限界まで来ている。ここで安定させないと、エネルギーが臨界状態を超えてしまう
ぞ」
 ストロフに銃を向けられたままのベロボグが、そのように言った。先ほどから警報が鳴りっぱ
なしであって、警告灯が点滅をしていた。このままでは、非常に深刻な出来事が起ころうという
事は、誰が見ても分かる。
「いいや、俺達が欲しいのは、『レッド・メモリアル』という装置だけだ。この施設がどうなろうと知
ったことではない」
 ストロフはそのように言って、崩れかかった皮膚の中にある目を、制御室の中心にある大き
な柱の方へと向けるのだった。
「お前が、その『レッド・メモリアル』とやらを、1本でいい。俺の方へと持って来い。それだけで
いい。後は回収部隊がやって来るのでな」
 とストラムは言って、シャーリへと命令した。
 シャーリは躊躇していた。自分の父親を人質に取られ、彼女はどのように行動するのか。
「10秒でこちらへと持って来い。さもなくば、お前の父親を撃つ。死なない程度にな。死なない
程度に苦痛を与えていくぞ。お前のせいでそうなるのだ」
 と、ストラムは言って、ベロボグの頭に乗せている銃口をその足元へと降ろしていく。
「お前は私が絶対に許さない。地の果てまで追い詰めていって、最も残酷な方法で始末してや
る」
 それはシャーリの捨て台詞だった。政府の捜査機関にいたストラムにとっては、そんなものは
ただの負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
「おい、言った事が聞こえていたのか?」
 ストラムはそう言ってシャーリを促す。彼女は『レッド・メモリアル』をこっちに持ってこようとは
していない。
「ええ、聞こえていないわ。だれが貴様なんかに…」
 シャーリがそう言いかけたので、ストラムはベロボグの右脚に向けて銃口を向け、ためらいな
く発射した。
 ベロボグの呻くような声が上がる。
「おい、さっさとしろ。お前の大切なお父様とやらがもっと苦しむことになるぞ!」
 ストラムは焼け爛れたその顔をさらに歪ませてシャーリに向かって言い放つ。だが代わりに、
シャーリはショットガンの銃口をベロボグとストラムへと向けた。
「何のつもりだ?」
 と、ストラムは驚いたように言った。
「お父様の信念は…、命よりも尊い。わたし達の命よりも、お父様の命よりも、誰にも代えられ
ないほどに尊いもの…」
 そのようにまずシャーリが言い、
「だから、あたし達は、お父様の命よりも、計画を優先する」
 レーシーがそう言った。レーシーは小さな子供でしかないのに、ストラムは彼女らが、何かと
てつもないものに突き動かされている事を知った。
「止めろ、そんな事をしたら、お前の父親もただでは…」
「いいのだ、シャーリよ。それでこそ私の娘だ」
 ベロボグがそう口を開く。しわがれた声などではない、はっきりとした意志と、威厳、ストラム
などが到底及ばないような声だった。
「貴様…」
 ストラムはそう言いかけた時だった。警報が鳴り響く制御室に大きな銃声が響き渡る。それ
はシャーリが持っているショットガンから放たれた銃声だった。
 シャーリの持っているショットガンからは硝煙が上がり、静寂に包まれた。
 彼女は銃を発砲した瞬間は、その目を死なせ、まるで感情でも抜けてしまったかのような表
情を見せていたが、やがてはっとしたように正気を取り戻した。
「お父様!」
 そう言って、シャーリはショットガンを手放し、父に駆け寄る。
 シャーリはしっかりとベロボグの体にはショットガンの散弾が、可能な限り致命傷にならない
ように発砲したつもりだった。
 だが、ベロボグは左肩からその上半身に散弾を浴び、顔の一部にも銃弾を受けていた。
 更にその背後にいたストラムは、とっさにベロボグの体を盾にしようとしたが間に合わず、焼
け爛れた顔面の左半分を撃ち抜かれていた。
 致命傷であるはず。だが、ストラムは、
「くそ…」
 そのように声を漏らしながら、彼は手に持っていた銃の銃口をシャーリに向けて発射したが、
シャーリの体に銃は通用しない。彼女はためらわず前身する。
 だが、最後の断末魔か、ストラムはさらに銃弾を発砲する。あらぬ方向へと銃弾が飛んで行
った。
 それは制御装置の中央、ベロボグの子供達が繋がれている制御装置の中枢へと向かって
飛んで行ってしまった。
 火花が飛び散り、機械が破壊される。
「いけない!」
 そう叫んだのはレーシーだった。ストラムはすでにこと切れているはずなのに、銃弾を次々と
発射してくるではないか。
 レーシーは目にもとまらぬようなスピートでストラムの背後に回り込む。そして、倒れ来る彼に
向かって、彼女と一体化している刃を取りだし、それを使い、彼の首をはねた。
 ストラムの体は、血にまみれ、床へと倒れ込むのだった。
「お父様!」
 シャーリはそう言い放ち、ベロボグの元へと駆け寄るのだった。
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