レッド・メモリアル Episode23 第3章


「アリエルぅ…!」
 そのように言いながら、ボロボロの服を着て、起き上がってきたのは、赤毛の少女、シャーリ
だった。彼女はショットガンを構え、その銃口をリー達へと向けてきている。
「シャーリ。何を!」
 アリエルはジュール語でそのように言った。アリエルはショットガンの銃口をこちらへと向け、
迫ってくるシャーリのこの表情を知っていた。
 逆上している。その事がアリエルにもはっきりと分かった。こんな様相になったシャーリは怒ら
せてしまうとまずい。何をしでかすか分からない、爆弾のようなものとなってしまう。
「あんた達、あんた達が…!」
 ハワードはショットガンを構え、それをシャーリへと向けて撃ち放った。爆発音が響き渡り、シ
ャーリはその身に高威力のショットガンの衝撃を受ける。だが、彼女は軽く後ろに後退しただけ
だった。
「無駄だ!彼女の体は鋼鉄のような金属でできている!銃など通用しない!」
 と言いつつも、リーはシャーリへと、ベレッタの銃を向けた。
「何をやろうと無駄だ!貴様らを殺してやる!殺してやるんだ!」
 シャーリはジュール語でそのように言い放ちながら、ショットガンの銃口をリー達へと向け、接
近してくる。
「私は違う」
 リーはそう言って、銃を発砲した。その瞬間、リーの体は金色に輝いていた。
 同時に、シャーリもショットガンを発砲していた。その両者の銃の銃声が響き渡り、制御室内
が破裂したかのような音の衝撃に揺れる。
 リーはショットガンの弾が掠り、そのまま背後へとよろめいた。肩に散弾が命中する。リーは
背後へとよろめく。だが、倒れはしなかった。何とか持ちこたえる。
「この程度の銃で、このわたしを!」
 一方で、リーの放った銃弾程度ではダメージを受けなかったシャーリはそう言って、凄むのだ
が、直後、彼女は自分の体を取り巻いている光の線に気が付いた。
 その糸はシャーリの体を拘束し、ショットガンを彼女の手から落とさせた。
「レーザーの光を生み出す『能力』。銃ではダメージを与えられなかったとしても、お前を拘束す
る事はできるよな?」
 リーは、怪我を負った身体であっても、不敵にそう言うのだった。
「おのれ、こんなものなど!」
 そう言って、シャーリは力を込め、その場から逃れようとするのだが、糸は彼女の両腕と胴体
を拘束し、更に服に食い込んでいく。
「やめておけ、その光の糸は、ピアノ線よりも頑丈で、熱を持っている。食い込めば、例え金属
のような身体であっても、傷がついていく」
「こんなものなんて!」
 そう言って、シャーリは叫んだ。だが、糸はシャーリの体にどんどん食い込んでいくばかりだっ
た。
「ふん、余計な真似をしやがって。これであとは『レッド・メモリアル』を…」
 ハワードは無様なものを見るようにシャーリを見やり、自分は『レッド・メモリアル』の方へと近
寄っていこうとする。
 その時だった。突然、轟音のようなものが響き渡り、先程から続いていた地鳴りが激しいもの
となっていく。
 それはもはや立っていられないほどのものとなった。
 制御室の天井に一気にヒビが走っていき、立っていた姿勢のリー達は思わずその場に倒れ
てしまうのだった。
「何が!」
 アリエルは叫ぶ。天井の一部が崩れて、床へと激しい音を立てて落ちた。
「危ないぞアリエル。頭を上げるな!」
 リーは叫ぶ。地震のような揺れは続いたままで、リーは素早くアリエルの頭を守ろうとした。
 制御室の天井が、瓦礫となってどんどん崩れてくる。それは止まらない。
「ついに…、始まってしまったか…、最悪の出来事が…」
 ベロボグがそう呟いていた。彼は虚空を見上げたまま、もはや口だけしか動くことは無い。
「最悪の出来事だと、何が?」
 リーはそうベロボグの方に向かって叫びかける。
「臨界、爆発だ…。制御装置に限界が来てしまった。エネルギーが爆発的に解放されてしまう。
もはや、止める手立ては…」
 すると、ベロボグはそこで言葉を切ってしまい、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「おい!ベロボグ!」
 リーは叫び、ふらつきながらも、彼の元へと向かう。
「おい!」
 リーはそう言って、ベロボグの顔を見た。そして、様々な修羅場をくぐって来た彼でも、思わず
青ざめてしまっていた。
「どうしたんですか!」
 アリエルが叫ぶ。
 すると、リーは一呼吸おいて、アリエルの目を見て言うのだった。
「死んだ。ベロボグ・チェルノは今、死んだ」
「えっ…」
 思わずアリエルは絶句した。リーの傍らには、血だまりに浮かび、虚空を見つめたまま無残
な姿と化したベロボグがいた。
 そしてその体は、もはや亡骸と化していた。
「そんな…」
 彼女がそう言った時、制御室の中心にある円筒形の柱に亀裂が走り、そこから真っ赤な光
が漏れ出した。
「危ない」
 叫んだのはジェフだった。彼はリーとアリエルの体を庇った。赤い閃光のようなものが、レー
ザーのように漏れる。それは、熱を持ち制御室の壁を溶かした。
(おい、リー。何が起こっている?答えろ!)
 耳の通信機越しにタカフミが言って来る。
「ベロボグが死んだ。この制御室内は危険だ。アリエルは救出したが…」
 その身を起こしながら、そして酷い揺れの中をリーは通信機に言い放った。
 一呼吸の間がある。タカフミは、ベロボグが死んだという事について、驚かされたに違いな
い。
(本当か?)
 と、タカフミ。だが、今はいちいち答え返している暇はリーには無かった。
「ああ、私の目の前で死んでいる。それよりも、早くここから…」
 そのように言いかけるタカフミ。しかし、
(『レッド・メモリアル』は確保できそうか?)
 そのように言って来るタカフミの声。リーは思わず言い返した。
「今はそれどころじゃあない。アリエル達を救出して、ここを脱出する」
 リーがそう言い放った時、天井の一部が崩れ、瓦礫がアリエルの側へと落下した。
(『レッド・メモリアル』の確保が、組織の目的の最優先の…)
 タカフミがそう言って来る、だが次の瞬間、リーは銃を抜き放ち、それを『レッド・メモリアル』
が挿入されているスロットへと発射した。
 派手な音が響き渡り、回路がショートした。そして、赤いガラスの破片のようなものが飛び散
り、火花が飛び散る。
「おい、貴様!何を…!」
 ハワードがそう言って来る。
「『レッド・メモリアル』を確保しようとする命令など、私は受けていないからな。それに、ここにい
る全員を一度に素早く目覚めさせる方法はこれしかない」
 リーの眼は確固たる意志を見せていた。彼には何も迷いは無い。今、自分がした行為に対し
て、罪の意識も、間違いも感じてはいない。
 リーのその行動によって、『レッド・メモリアル』は破壊された。その衝撃によって、まるで突
然、激しい頭痛にでも襲われたかのように、寝台に横たわっていた者達が頭を抱え、一斉に起
き出してきた。
「おい、大丈夫か?急がなければならない、私達は、ここから脱出しなければならない」
 リーはそう言って、自分が肩に怪我をしているにも関わらず、一人の若い男の元へと向かっ
た。彼は頭を抱え、今起きた衝撃が何だったのか、それさえも分からない様子である。
「俺も手伝うぜ、残された時間は、ものすごく少ないようだ」
 そう言って、寝台に横たわっていた者達を起こすのには、ジェフ、ハワード、残った隊員と、更
にアリエルも参加した。
 その様子を、拘束されたままの状態であるシャーリは、まるで苦虫をかみしめたかのような顔
で見ていた。
(やめろーッ!お父様の!お父様の王国を!壊すなーっ!)
 絶叫のような声で、シャーリは、ジュール語でそのように叫んでいた。だが、今は彼女に構っ
ている暇は無い。
 アリエルは、必死になって、もはや叫ぶしかないシャーリの方を見て、同情のような表情を浮
かべたが、今にも全てが崩れていきそういなっているこの状況では、シャーリの方など構ってい
る暇は無いのだ。
 アリエルの側に、一つの瓦礫が崩れ落ちた。彼女は、レーシーの横たわっている寝台の前に
いた。
 彼女は怯みながらも、レーシーの体を起こそうとする。だがおかしい。彼女も『レッド・メモリア
ル』が強制的に接続された事によって、目覚めるはずだった。
 しかし、レーシーの体をいくら揺さぶっても、彼女が目覚める事はなかった。
「どうして!早く目を覚まして!ここにいたら危険なんだよ!」
 アリエルはそう叫ぶ。だがその時、彼女の頭には何かが響いてきた。それは最初、聴きとる
事ができないものだった。しかし、だんだんと増幅を初めて来ている。
 声だった。雑音に混じって聞き取りづらいが、声が聞こえていていた。
(わた…、しは…、だい、じょ…ぶ)
 アリエルは頭を上げた。このあたかもテレパシーであるかのように聞こえてくる声。
 これは、アリエルの頭の中に埋め込まれているチップの影響だ。そして聞こえてくる声をアリ
エルは知っている。
(あなたは、レーシー?何をしているの?早く目覚めて!)
 アリエルはそう叫んだ。同じベロボグ・チェルノという父を持つ者同士、脳に埋め込まれたチッ
プを使って、テレパシーのような無線連絡を取れる。
(ふふふ…、もう…、できたの。わたしは、目覚める必要なんてない)
 レーシーはそうアリエルに言ってきた。
(一体、何を!死んでもいいの?あなただって、私の妹なんだよ!)
 必死になってアリエルは呼びかける。彼女とレーシーのいるすぐ上の天井に幾重にも亀裂が
走り、今にも天井が落ちてきそうだった。
 塵が上からこぼれてくる。細かな破片も、レーシーが纏っている、まるで人形のような白い装
束が埃にまみれていく。
(いいの。いいんだよ、“お姉ちゃん”。わたしは、ついに一体になる事ができたの。これが、お
父様の最後の目標。この装置とわたしが一体化する事で、完全にエネルギーを操れるように
なる。もう、わたしには肉体は必要ないの)
 レーシーの声。アリエルはしっかりと耳にした。だが、直後には理解する事ができなかった。
彼女は一体何を言っているのだろう。装置と一体化をした?それはどういう事か。
その時、突然、アリエルの手を引っ張るものの姿があった。
「アリエル、危ない!もう駄目だ!」
 それはリーだった。リーはアリエルの手を無理矢理に引っ張り、アリエルはかなり乱暴に彼の
元へと引き寄せられた。
 直後、レーシーのいる寝台の上へと、大きな瓦礫、それこそ彼女の体よりも大きな瓦礫が崩
れ落ちた。激しい音と砂埃。その崩落によって、制御室の半分近くが押しつぶされてしまった。
「ああ、そんな」
 アリエルはそのように漏らすしかなかった。
 レーシーは決してアリエルと親しかったわけではない。むしろ彼女には酷い事さえされてもい
た。だが、レーシーもアリエルにとって妹なのだ。
 今、そのレーシーは瓦礫の下敷きになってしまったのだ。
「もう、ここは無理だ。今にも崩落してしまう!」
 リーはそう叫んで、アリエルの体をさらに引っ張る。
「でもまだ、シャーリが!」
 そうだ、まだシャーリがいる。彼女だって、自分の姉妹なのだ。
「無理だ!もう助からない!」
 瓦礫がどんどん崩落していく。制御室の中心軸の部分からは光がどんどん溢れてきていて、
視界が赤く染まる。
 シャーリはアリエルから見て、丁度制御室の反対側にいた。手を伸ばしても届かない。
 彼女はがっくりと膝をつき、その体をまだ光の線によって拘束されたままだ。
「シャーリ!」
 アリエルがそう呼びかけても、シャーリは顔を上げようとしない。
 彼女も理解しているのだろう、誰よりも慕っていた、まさしく狂信的なまでに慕っていた自分の
父親が、目の前で死んだのだ。
 あまりのショックに彼女は打ちのめされ、もはや生きる気力さえも失ってしまった、そんな姿だ
った。
「もう無理だ、アリエル。ここは逃げるしかない!」
 そう言われて、アリエルはリーに強く腕を引っ張られる。だが、助けたかった。シャーリには
散々酷い目に遭わされてきたけれども、アリエルは彼女を助けたかった。
 血を分けた異母姉妹なのだから。
 だが崩れゆく瓦礫は無情にも、アリエルの視界からシャーリを消していってしまった。もう二度
と、彼女の姿を見る事は無い。



(シャーリ、シャーリ!)
 シャーリは自分の頭に聞こえてくる、『レッド・メモリアル』越しの通信によるレーシーの声を聞
いていた。
 自分の父親が目の前で死んだ。お父様はいつか死ぬ。シャーリにもそれは良く分かっていた
けれども、まさか、最期は自分の放った銃弾で死ぬなんて。
 そうするしかなかった。そうしなければ、お父様の計画は奪い取られてしまっていたのだか
ら。
 何度もシャーリは自分にそう言い聞かせる。だが、シャーリが受けていたショックはあまりにも
大きなものだった。
(シャーリ!)
 頭の中でレーシーの声が炸裂する。ようやく彼女は少し頭を上げ、レーシーの言葉に反応し
た。
(何よ、レーシー。計画は成功したの?)
 そのように問いかけるシャーリ、するとレーシーの声が返ってきた。
(少し、まずいよシャーリ。どうも制御が上手くいっていないみたい。外部からでしか解除コード
を入力できないから、このままでは暴走してしまう)
 レーシーの言う通りだった、シャーリの頭の中にも内蔵されている、『エレメント・ポイント』を制
御している装置が、危険域、臨界状態にある事を示していた。
(何とかならないの)
 シャーリはそう尋ねる。このままではお父様の崇高な計画が、世界にとって非常に危険なも
のへと化してしまう。
(他の子達も、逃げちゃったみたいだし、このままじゃあ、あたし一人じゃ、無理だよう!)
 レーシーの声が聞こえてくる。
「お父様…、申し訳ありません…、シャーリには、何もできませんでした…」
 シャーリはそのように呟いていた。瓦礫の崩落は次々と進んでいき、もはや彼女に逃げ場な
どない。父の倒れた体だけが見える。
(シャーリ!シャーリ!気を確かに持って!)
 レーシーはそう言って来る。だが、体も拘束されたままの状態で置き去りにされたシャーリに
は、もはやどうする事も出来ない。
 無念、失意。それがシャーリを包み込んでいた。彼女は絶望の淵に立っていた。
 このまま終わってしまうのか。自分の人生の全てが、この地で瓦礫と共に埋もれ、海中に没
してしまうのか。
 シャーリは熱い涙を流していた。
「シャーリよ。案ずる事はない」
 そのように聞こえてくる声があり、シャーリは思わず顔を上げた。
「お父様!」
 それは確かにお父様の声だった。シャーリは思わず顔を上げる。するとそこにシャーリは見
ていた。自分の父の姿を。
「お父様!お父様!ああ、あああ!」
 まるで迷子になった子供が、ようやく自分の親を見つけたかのように、シャーリは声を上げ、
ただ一心不乱に涙を流した。
「我が最愛の娘よ。もう泣かなくていい。全て、完成したのだ。私達の計画が。私はお前を誇り
に思う」
「本当に、本当に完成したのですか?」
 シャーリは穏やかな表情で自分に手を伸ばしてくる。
「ああ、もちろんだ。シャーリ、レーシー、アリエル。私の娘、息子達によって、輪は繋がった。
新しい世界が出来上がったのだ」
 そして父の姿は、シャーリの体を、まるで生まれたばかりの子供を抱きしめるように抱きしめ
た。
 シャーリは確かに、父のぬくもりを感じていた。彼女自身、赤子に戻ってしまったかのように、
そのぬくもりを感じていた。
 全てのしがらみ、使命から解放されていき、何とも穏やかな気持ちだった。自分がこんなに穏
やかになれるなんて。
「ありがとう、お父様」
 思わずシャーリはそう呟いていた。
(シャーリッ!)
 レーシーが叫んだその声も、シャーリには届いていなかった。
 シャーリの頭上から巨大な瓦礫が崩れていく。ベロボグの亡骸も、残されたシャーリも、全て
崩れていく瓦礫と共に海中へと没していった。
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